女優・北香那、350人の中から抜擢された出世作。バイトの経験が“リアリティ”に「無駄なことはないですね」
『バイプレイヤーズ〜もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら〜』(テレビ東京系)に登場する中国人・ジャスミン役で注目を集めた北香那さん。
遠藤憲一さん、大杉漣さん、田口トモロヲさん、寺島進さん、松重豊さん、光石研さんという錚々たる俳優陣を相手にカタコトの日本語でタメ口をたたくユニークなキャラが話題に。アニメーション映画『ペンギン・ハイウェイ』(石田祐康監督)の声優、『アバランチ』(フジテレビ系)、『事件』(WOWOW)、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』、『どうする家康』(NHK)など多くの作品に出演。
ヒロインを務めた映画『春画先生』(塩田明彦監督)が公開中の北香那さんにインタビュー。
◆中学1年生で舞台のオーディション
東京で生まれ育った北さんは、小さい頃は人見知りが激しく、保育園のお絵描きの時間に何を描いているのか先生に聞かれただけで堪えられず、カーテンの陰に隠れてしまうような子どもだったという。
「誰かに見られているとか、自分を気にしていると思うことが耐えられない子どもだったみたいですけど、承認欲求もすごく強かったんですよね。
だから、テレビで活躍している芸能人の方とか、きれいな人が好きで、幼い頃から女優に憧れていたので、いつかこうなりたいとは思っていたんですね。だけど、見られることへの抵抗感もあって、すごく葛藤していたのを今でも覚えています」
――芸能界に進みたいというのは、いつ頃から思っていたのですか?
「5歳ぐらいからです。具体的にやりたいと言葉にしたのは、小学6年生のときに原宿でスカウトされたことがきっかけでした。
母親に『どうする?』って聞かれて、『実はずっとやりたかったから、やらせてもらえるならやってみたい』って言って、(スカウトしてくれた人の)事務所に所属することになりました」
――それからわりとすぐにミュージカル『赤毛のアン〜アンからの手紙〜』に出演することに?
「はい。中学1年生のときにオーディションを受けて、そこで初めて長いオーディション期間を経てアン役に決まって。作品の役というものをいただいたのは初めてでした」
――初舞台で主人公のアン役に決まったと聞いたときは?
「そのときの私は、なぜか自信満々で『アン以外やりたくないです』ってオーディションで言っていたんですよ(笑)。赤毛のアンの作品に出るんだったら、私はアン役以外考えられなくて。自分の中でなぜかこだわりがすごく強かったんですよね。
3歳からずっとバレエをやっていたので、歌審査、バレエ審査、演技審査を何とかくぐり抜けてアン役に決まって。そのときは、信じられないぐらい自信に満ち溢れていたんですよね。何でなのかわからないんですけど(笑)」
――若いときは、特有の“根拠なき自信”があったりしますからね。
「そうですね。ある意味、怖いもの知らずで、世間も知らず…何だかすごく、そのときのアンへのこだわりというのは、今考えても自分の中でちょっと強かったな、尖っていたかなって思います」
――でも、それが度胸の良さというように見られたのでは?
「そうかもしれないです。子どもにしては度胸があったかなって思います」
――実際にお稽古が始まっていかがでした?
「中学1年生だったので、学校で6時間授業を終えてから、自転車と電車で1時間半ぐらいかけてお稽古に通っていました。
毎日、学校が終わると制服のまま行って…というのを繰り返していて、夜10時ぐらいまでお稽古をしていたのですが、しんどいというのもなく、そのときは平気でしたね。やっぱりずっとそれだけこだわった役ができるということがうれしくて、夢中になってやっていたんだと思います」
――そうして迎えた初日はいかがでした?
「すごい景色でした。それまで学芸会とかバレエの発表会はありましたが、規模が違うし見ている人が全然違うので、いろんな人に囲まれて、人前で踊って歌って芝居して…そのときに『楽しい!』という快感を覚えたんですよね(笑)。
『自分がずっと積み上げてきたものを人に見てもらうことは、こんなに達成感があるんだ』って。それで、また舞台がやりたいという気持ちになりました」
※北香那プロフィル
1997年8月23日生まれ。東京都出身。2010年、ミュージカル『赤毛のアン〜アンからの手紙〜』にアン役で出演。2013年、映画『震動』(平野朝美監督)にヒロイン役で出演。2017年、オーディションで『バイプレイヤーズ〜もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら〜』のジャスミン役に抜てきされる。大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(NHK)、『隕石家族』(フジテレビ系)、『ガンニバル』(Disney+)、『インフォーマ』(関西テレビ)、主演ドラマ『東京の雪男』(NHK)、『口説き文句は決めている』(ひかりTV・Lemino)、映画『なんのちゃんの第二次世界大戦』(河合健監督)、舞台『赤シャツ』(演出:宮田慶子)、『広島ジャンゴ2022』(演出:蓬莱竜太)などに出演。映画『春画先生』が公開中。
◆初めてヒロインを演じた映画で手話に挑戦
2013年に公開された映画『震動』で北さんが演じたのは、児童養護施設で暮らす耳の不自由な少女・直。直にだけ心を開いていた春樹(川籠石駿平)を兄のように慕っていたが、春樹がクラスメイトに誘われて音楽を始め、彼の世界が広がるにつれてしだいに距離を感じるように…という展開。
「あの映画は、オーディションだったんです。耳が聞こえない役だったのですが、受かった後、そこから手話の練習を始めました」
――耳は聞こえないけれども、震動で音楽が伝わる。難しい役柄でしたが、撮影はスムーズにいきました?
「そのとき、私は映像の経験がなかったので、本当に一からチャレンジするという感じでした。やはり手話は大変でした。
手話を意味で覚えるというよりは、このセリフのときにこうするという風に映像を見て全部覚えていったので、たまに手話が飛んだりするとわからなくなってしまい、もう一度映像を見るという感じでした。私の祖母が手話の先生で、すごくはっきりものを言うので、かなりプレッシャーを感じていた記憶があります」
――撮影前に手話を教えていただいたのですか?
「いいえ、映画が完成するまでは教えてもらわなかったです。それで、映画を見てもらってから感想を聞こうと思っていたのですが、『ちょっと違う。もうちょっとこうしたほうが良かった』とか、いろいろ言われました(笑)。『意味は伝わるから大丈夫』とは言ってくれたんですけど」
――完成した映画をご覧になっていかがでした?
「自分が演じた作品を映像で見るのが初めての経験で。それまでは、『赤毛のアン』のときもそうですが、すごく自分に自信があったというか、突っ走るしかないみたいな気持ちでいたのですが、自分のお芝居を見て反省しました。
『このとき私は何でこうしちゃったんだろう?』とか、『もう1回やりたい』とか、そういう気持ちが芽生えて、あのときにあらためて『もっとお芝居に向き合いたい、もっとお芝居がやりたい、映像の仕事がしたい』と思いました。
でも、そのときはまだはじめたてで、オーディションを受けるしかなくて。いろいろオーディションを受けて、『この役を勝ち取るぞ』という気持ちがすごく芽生えたきっかけが『震動』だったと思います」
◆バチバチのオーディションに受かって「キャーッ」
2017年、北さんは、オーディションで350人の中から『バイプレイヤーズ〜もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら〜』のジャスミン役に抜てきされる。
このドラマは、海外の動画配信サイトからドラマのオファーを受けた6人の名脇役たち(遠藤憲一さん、大杉漣さん、田口トモロヲさん、寺島進さん、松重豊さん、光石研さん)が、監督からの要望で、絆を深めるためにシェアハウスで3カ月間の共同生活を送ることに…というもの。北さんは、ドラマのアシスタントプロデューサーの中国人・ジャスミンを演じ、キュートなルックスとカタコトのタメ口日本語が話題に。
「オーディションを受けることが決まったときに、キャストの方々を聞いて、『このメンバーはすごい。皆さんと共演したい』と思いました。
脚本がカタコトの日本語、ナチュラルなカタコトの日本語という風にパターン分けされていて、自分でたくさん練習しました。高校生のときにお弁当を作る工場のアルバイトをしていたのですが、そこは8割が中国の方で、毎日話しかけてくれたんです。
そのアルバイトを何年もやっていたので、カタコトの日本語というのが耳にこびりついていて、リアリティを求めるんだったら、あの皆さんがしゃべっていた言葉を真似すればいいんだと思って。真似してオーディションでやったら、4次オーディションまで通過して。
私は監督の松居(大悟)さんが大好きでしたし、何より『このキャストの皆さんと、このタイミングでご一緒できたらものすごく経験値が上がる』という思いがあったので、どうしてもやりたくて。
自信があったかどうかはわからないですが、『絶対にやりたい』という気持ちでいっぱいでしたね。キャラクターがキャラクターだったので、何か普通のことをやっていたらほかの人と同じになってしまうと思って、どれだけみんなと違うことをして、アピールできるかということを考えていました」
――最終オーディションは何人だったのですか?
「4人です。今も覚えていますが、すごく活躍されている方ばかりで、みんなすごかったですね」
――バチバチだったでしょうね。
「はい。バチバチでした(笑)。『いかにこの3人と別のことをするか』ということだけを考えていたので、最終オーディションで、私は付けていたイヤリングを架空のケーキに思いっきり刺すというお芝居をやったんです(笑)。奇行に走ったわけではないですが、後に松居さんが、『あれが一番良かった』って言ってくれました(笑)」
――松居監督が何かのインタビューで、「北さんの気合いがとにかくすごかった」っておっしゃっていました。
「そうだと思います。通常ではあり得ないことを演じようという気持ちが強かったので。私は最終オーディションで別の監督さんに『用意、スタート』が始まったときに『カット、カット、カット!声が小っちゃい』って言われたんですよ。それがショックすぎて、『落ちたかも。落ちたな』って。
母に『あれだけカットカットって言われたから、ダメだったかもしれない』って言っていたら次の日に電話が来て、『受かった』って言われたときに悲鳴を上げていました。『キャーッ』って(笑)。
母が誰よりも喜んでくれたと思います。泣いて喜んでくれました。母は大杉漣さんの大ファンなので大号泣。『いつか大杉さんと一緒にお芝居をやってね。そうしたら私はもう悔いはない』って言われていたんですよ(笑)。思いのほかこんなに早く大杉さんとご一緒できることになったので、母がものすごく喜んでいました」
――大杉さんは本当に優しくてステキな方でしたね。『バイプレイヤーズ』の皆さんはステキな方ばかりですが、皆さんと最初に会ったときはいかがでした?
「緊張しました。それまでオーディションはほとんど受かってこなかったのに、突然大先輩の中に入れてもらって、最初は怖かったです。
いつもドキドキしていて、深呼吸して現場にも入っていたのですが、皆さん本当にステキな方で、優しく接してくださって。可愛がってくださったので、本当にご一緒させていただけて幸せでしたし、感謝しています」
――個性豊かなオジサマたちの中に無色で純真な北さんが加わって、バランスもとても良かったですよね。
「ありがとうございます。テレビで自分の名前が出るというのは、このドラマが初めてだったんです。そのときはSNSもまったくやっていなかったですし、誰も私がどんな人かということをまったく認識がなかったと思うので、本当に中国の人だと思っていた人が多かったみたいです(笑)。
名前も『北香那』なので、今でも『本当に中国の人だと思っていた』と言ってくださる方がいらっしゃいます(笑)。でも、それだけリアリティが出せていたのかなって。工場のアルバイトは結構つらかったですが、無駄なことはないですね」
『バイプレイヤーズ』は放送開始直後から話題を集め、これまでにテレビで3シリーズ、映画も1本製作され、北さんは広く知られることに。
次回は大杉漣さんとのエピソード、念願の声優に挑戦したアニメ映画『ペンギン・ハイウェイ』のオーディション裏話も紹介。(津島令子)