サンパウロのリスクエリアに暮らす住民に宅配便を届ける「ナポルタ」の配達人。商品が注文の翌日に届いたことを喜ぶ注文者(写真:筆者撮影)

ボーイング、エアバスに次ぐ世界第3位の航空機メーカー、エンブラエルの存在でもわかるように、ブラジルは世界をリードする先進性も持つ。しかし著しい社会格差は是正されることがなく、いずれの大都市にもファベーラと呼ばれる貧民街がある。

そこは犯罪率が高く、よそ者が気軽に足を運ぶべきではないエリア。当然、宅配便業者たちも「営業外区域」に指定していることがほとんどだ。

そうしたなか、この貧民街を専門に宅配を請け負うベンチャー企業が急成長を遂げている。その名は「ナポルタ」。ポルトガル語で「玄関で」という意味だ。

なぜよりによって貧困エリアをビジネスの対象にしたのか、そこでのビジネスは危険ではないのか。疑問が尽きないその会社を、世界100カ国以上の現地在住日本人ライターの集まり「海外書き人クラブ」の会員が密着取材した。

大手対象外のラスト1マイルを狙う

ナポルタは物流の“ラスト1マイル”をビジネスターゲットとして2021年に創業した。ラスト1マイルとはEコマースなどの配達で、注文客に商品を届ける最後の区間を指す物流用語で、同社はファベーラを含むリスクエリア(危険地帯)を主なサービスの対象としている。

創業したのはCEOのサンデルソン・パジェウ氏(30)と大手企業での勤務経験がある3人の共同経営者たち。だが、なぜファベーラへの宅配なのだろうか?

「ファベーラとその周辺のリスクエリアを“治安上の危険が伴う”という理由で配達の対象外としている大手配送業者が多いので、それらの地域の住民はネット注文がほとんどできなかったんです。都市郊外の住民の7割がネット注文を諦めたという調査結果もあります」とパジェウ氏。

「大手が参入していない未開拓な市場だからこそ、ビジネスチャンスがあるんです」と自信に満ちている。


配達用バッグと自転車を見せてくれたナポルタCEOのサンデルソン・パジェウ氏(写真:筆者撮影)

とはいうものの、多くの利益を「入れ食い」状態で獲得できる「ブルーオーシャン」のイメージとはほど遠い。何より貧民街の住人たちはどのように宅配を注文し、決済するのだろうか。

「意外に思われるかもしれませんが、実はファベーラでもほとんどの人がスマートフォン(以下、スマホ)と銀行口座を持っているんです」とパジェウ氏。銀行口座普及の背景には近年、スマホからでも簡単に口座が開けるデジタル銀行が爆発的な人気を博している経緯がある。

リスクエリアにこそ起業のチャンス

事業を始めたのは共同経営者のうち2人が在住するリオデジャネイロだった。700万人近い人口を抱えるブラジル第2の都市だ。

ナポルタはファベーラの一歩外側の比較的安全な場所に物流の拠点を構え、そこでファべーラ住民からの注文品をメーカーや販売店から預かる。そしてその先のファベーラやリスクエリアにある住宅まで配達する。


丘の上とその周辺に貧困街ファベーラがあるサンパウロ北部ブラジランジア地区(写真:筆者撮影)

創業から2年。リオデジャネイロ市内に4カ所、サンパウロ市とその隣町に2カ所の物流拠点を構え、計30人のスタッフを雇うまで成長した。取引先はアパレルやペット産業、量販店などさまざまな業種で、いずれも国内で知名度の高い企業ばかりだ。

配達件数は毎月伸びており、2023年8月はサンパウロとリオデジャネイロの合計が約2万件だったのが、9月は13日間でその数を越えた。

リスクエリアの配達人に密着

配達に危険は伴わないのか? サンパウロ市内北部にある拠点の配達員であるパウロ・ヴィエイラさん(39)に密着した。


サンパウロ市北部の配達を担うパウロ・ヴィエイラさんの前職は……(写真:筆者撮影)

その日の配達品数は計13点。大手量販店Eコマースの商品を配達拠点で受け取ると、マイカーのトランクと後部座席に詰め込み、正午過ぎに出発した。ヴィエイラさんの自動車は経年劣化が著しいが、「リスクのあるエリアでの配達には、このくらいのほうが人目につかなくていいんです」と笑う。

効率が良いとされる配達先の順番は、スマホのカーナビ機能で表示されるが、ヴィエイラさんは必ずしもその指示に従うわけではない。ときには裏道を通り、順序を変えることもある。

土地に詳しいわけを尋ねると、「以前に12年間警察官をしていたんです。パトロールしていましたから、担当のサンパウロ北部地域の道は貧民街でも頭の中に入っています」。


配達中の車の中で。「実はファベーラの注文者のほうが応対がていねいなんです」とヴィエイラさん(写真:筆者撮影)

元警察官で、エリアも熟知。そんなヴィエイラ氏と一緒なのでファベーラに入った緊張も解け、まさに大船に乗ったような気分で助手席に座っていたら、「一旦カメラをしまって! 次の届け先は麻薬の売人が多い場所だから」とギアを握っていた手で撮影を制された。

部外者への警戒心から見張りがいたり、隠しカメラもあったりするとのこと。写真を撮られて当局に通報されたりすることを恐れる売人たちに言いがかりをつけられたり、カメラを奪われる危険性があるという。さすがに詳しいのは道順だけではない。


麻薬密売人の多いエリアの衣料品店にお届け(写真:筆者撮影)

ファベーラ内は道が複雑なこともあってナビゲーションアプリが誤った地点を指すケースがあった。リスクエリアでの配達は道順や治安の把握に加えて、臨機応変な判断が必要であるため、誰にでもできる仕事ではないことを実感した。

パジェウ氏によると、「すべてのハブの管理者と配達人には地元の人を雇っています」とのこと。同行させてもらったヴィエイラさんが所属する配達拠点の責任者もまた、NGO団体を主宰することで信頼されている地域のリーダーだ。

それぞれの土地で顔が利く人に管理を任せて、各地で雇用を生みながら対象エリアを広げていくのがナポルタの経営方針。それは大手配達業者にはできないことだろうとパジェウ氏は自負する。

貧困エリアの生活改善を願って

貧困層を対象としたビジネスを始めた理由を尋ねると、自身も苦労をした経験があったのだという。10代のころには母親が作るケーキを路上で売って家計を助けたこともあった。

学業の成績が優秀だったことから、奨学金を得て進学した大学では情報システムを専攻した。在学中にはマイクロソフト社サンパウロ支部で研修を経験し、ゲーム機器をオンライン販売する会社を立ち上げるなどの経歴を積んできた。

そんな経験をしながら、ITのノウハウを活かして基本的なサービスが行き届いていない人たちの生活を改善していきたいと思うに至ったのだそうだ。

「ファベーラには確かに危険はありますが、決して成長が望めない小さな市場ではありません。ブラジル全土には1万1000カ所のファベーラがあり、その人口は1700万人に上ります。仮にファベーラ全体を1つの州と考えたら、人口規模でブラジル4番目の州になります。経済規模では年間約2000億レアル(日本円で約6兆円)の消費があるんです。これはかなり大きなマーケットです」と語るパジェウ氏。その目には広大な未開拓地が映っているようだった。


起業アイディアコンテストで優勝し、現在はグーグル社のサポートを受けるナポルタ(写真:naPorta提供)

(仁尾 帯刀(海外書き人クラブ) : ブラジル・サンパウロ市在住フォトグラファー)