2万4980人を集めたフォルクスワーゲン・アレーナ。その2階席の最前列に位置する記者席からの眺望は、視角、ピッチまでの距離とも完璧で、これ以上の環境で観戦した記憶を簡単に呼び覚ますことがないほど、まさしく特等席だった。これから始まる試合、ドイツ対日本に自ずと期待が募るのだった。

 好勝負必至と踏んだ。ドイツにとってはやりにくい試合だろう。1−0、2−1で勝利してもファンは満足しそうもない。2−0ないし3−1、最低でも2点差で勝利しないと収まりがつかない。スタジアムはそうしたムードに包まれていた。日本が2−1でドイツに勝利したカタールW杯の結果が影響していることは確かだった。強国ドイツとしては、10カ月前のよもやの敗戦を事故として処理するためには、ホームで日本を叩きのめす必要があった。

 だが、それを簡単に許すほど日本は弱くない。10回戦えば2勝3分5敗ぐらいで乗りきれるのではないかとは、カタールW杯の戦いを通して得た印象である。"俺たちのほうが強いはず"というドイツのプライドが仇になるのではないか、との見立ては的中した。キックオフと同時に展開された両軍の攻防はほぼ互角。ドイツが一方的に攻め立てる展開にはならなかった。

 筆者にはそれが普通の状態に見えたが、ドイツにはそう見えなかったに違いない。互角の展開に選手のみならず、観衆まで苛つく様子が手に取るように伝わってきた。

 ドイツW杯で、日本は4−2−3−1でスタートした布陣を、後半5バックに変更して逃げきった。だが5バックにすれば、高い位置からプレスはかからない。サッカーはカウンター気味になる。その結果、保持率でドイツが上回ることになる。ドイツは日本が守備的に臨んでくることを希望したはずだ。

 森保一監督がどんな布陣を採用するか。日本の出方は試合前の大きな見どころのひとつだった。普通に4−2−3−1で戦えば展開は互角になる。日本が大きく劣ることはない――との筆者の読みどおりになった。カタールW杯のドイツ戦の後半のように5バックになりやすい3バックで臨んでいたら、ドイツは精神的にもっと楽に戦っていただろう。日本は攻撃的に出て大正解だった。勝因はそこにあったと言えるだろう。

【三笘が孤立気味だった理由】

 高い位置からプレスをかけると、ドイツは結構ミスをした。格下相手にミスをするたびに、チームとして不快感を募らせることになった。

 日本の先制点は前半12分。右SB菅原由勢が縦突破を決め、マイナス気味に折り返すとニアで構えた伊東純也が反応。シュートはドイツのCBアントニオ・リュディガーに当たりコースを変えながらドイツゴールに飛び込んだ。


ドイツ戦で先制ゴールを決めた伊東純也

 ドイツが同点に追いついたのはその7分後(前半19分)。イルカイ・ギュンドアン、フロリアン・ヴィルツとつないで右ウイング、レロイ・サネが流し込み1−1とした。

 だが試合内容は互角のまま。ドイツが1点を返しても日本の勢いが衰えることはなかった。日本の勝ち越しゴールはその僅か4分後(前半23分)、菅原が再び右サイドを突破。伊東経由で上田綺世が決め2−1とした。

 日本のゴールは2点とも右からだった。左の三笘薫が自慢のウイングプレーを披露したのは、前半21分のワンシーンに限られた。日本の攻撃は何となく右回りになっていた。4−2−3−1の1トップ下で先発した鎌田大地が真ん中より右寄りでプレーしたことと、それは密接な関係がある。

 三笘はサポートがなく孤立気味となった。左SBの伊藤洋輝はブライトンの左SBペルビス・エストゥピニャンとは異なり、専守防衛に徹することになった。対面の選手であるサネを必要以上に警戒したからにほかならない。

 28分、サネの折り返しをヴィルツがシュート。33分には再びサネが決定的な折り返しをゴール前に送り込んでいた。日本は左サイド(ドイツの右サイド)で後手を踏んだのだ。菅原と伊藤を比較すれば一目瞭然となった。

 森保監督は試合後の会見で、前半の途中から5バックにすることを考えていたという。実際に布陣をいじったのは後半頭からになるが、試合後の会見では、我慢したことを強調した。

 サイドで後手を踏むと5バックにする。この発想に何より疑問を覚えた。ドイツの右ウイング、サネは確かに強力だが、日本の左ウイング、三笘だって負けていない。伊藤がポジションを押し上げれば、サネは守備に追われる。

【なぜブレーキを踏んだのか】

 しかも、ドイツの右SBヨシュア・キミッヒはマイボールに転じると、マンチェスター・シティのジョン・ストーンズよろしく、真ん中に入り守備的MFに近いポジションを取る。日本の右サイド対ドイツの左サイドの数的な関係で、日本は優位に立っていたのである。ドイツの右サイドはむしろ狙い目だったのだ。

 にもかかわらず、森保監督は後半頭から、3バックにはけっして見えない5バックを選択した。後半14分、鎌田を下げ谷口彰悟を投入するまで、三笘はウイングバック役を演じた。日本の切り札を低い位置に据えたのである。これを愚策と言わずなんと言おう。ドイツがサネをウイングバックに下げれば日本はホッとするはずなのだ。

 後半、日本の5バックが鮮明になるとドイツはボール支配率を高めていった。攻めるドイツ。引いて守る日本。ピッチには対照的な図が描かれた。すなわち試合は噛み合わなくなった。斬るか斬られるかの好勝負を絶好の環境から観戦する喜びに浸った前半とはうって変わり、試合は退屈になっていく。

 試合後、森保監督が述べた弁に従えば「賢く、したたかに戦った」ことになる。会見場のひな壇で、森保監督にしては珍しく大きな声でハッキリと自画自賛したが、筆者はその意見にまるで賛同しない。それが世界のスタンダードではないからだ。

 前半、あれだけいいサッカーをしていながら、なぜ監督はブレーキを踏もうとしたのか。それは常道ではない。大胆すぎる作戦変更と言うべきである。森保監督には、勝ちたい気持ちが強くなると、引いて構えようとする癖がある。高い位置からプレスをかけようとする攻撃的サッカーを、究極的には信じていないからだろう。

 ドイツは結局、引いて守った日本を崩せなかったわけだが、それは紙一重の結果だったと見る。自らのペースを放棄するこの上なく危ない作戦だと考える。

 結果的に日本は後半の追加タイムに、相手のミス絡みから浅野拓磨、田中碧が立て続けにゴールを奪い4−1というスコアで勝利した。日本は大勝し、ドイツは大敗した。だが一歩間違えばスコアは変わっていた。今回はうまくいったが、次回、うまくいく保証はない。むしろ危ないと踏む。

 アウェーの親善試合である。最大の狙いは選手に自信をつけさせることだ。最後まで高い位置で撃ち合ったほうが成果はあがる。たとえ2−3で逆転負けを喫したとしても、日本はドイツからもっと恐れられる存在になっていただろう。後半、日本は逃げた。これでドイツ選手が日本を心底リスペクトするとは思えない。

 カタールW杯といい、今回といい、守備的サッカーに転じ成功を収めている森保ジャパン。監督は「守から攻へのカウンターでチャンスの数はむしろ増えていた」と胸を張る。

 だが世界の数あるサンプルに照らせば、その延長線上に幸があるとは思えない。カウンターと言いながら、その後、久保建英、堂安律というけっして快足とは言い難い小兵を両ウイングに据えた作戦に、何より疑問を覚える。

 選手の力は確実に上がっている。正攻法で戦っても、かなりやれる。その可能性を最大限、追求すべきではないか。負けを恐れず、真っ向勝負を挑むべきではないか。選手に問題はない。一番の心配は監督采配。両者の差はここにきて開いている。