中村憲剛×佐藤寿人
第16回「日本サッカー向上委員会」前編

 1980年生まれの中村憲剛と、1982年生まれの佐藤寿人。2020年シーズンかぎりでユニフォームを脱いだふたりのレジェンドは、現役時代から仲がいい。気の置けない関係だから、彼らが交わすトークは本音ばかりだ。

 ならば、ふたりに日本サッカーについて語り合ってもらえれば、もっといい未来が見えてくるのではないか。飾らない言葉が飛び交う「日本サッカー向上委員会」の第16回は、2021年春の対談で語り合った「若手プレーヤーの成長」のその後にスポットを当ててみる。

※参照=第2回「中村憲剛と佐藤寿人に聞いた『増加する若手の海外移籍』どう思う?」

 この2年間でさらに加速した「若手の海外移籍」──。彼らがJリーグから世界に飛び出したことで、果たして日本サッカーは順調にレベルアップしているのだろうか。

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中村憲剛氏と佐藤寿人氏に聞いた「若手は成長している?」

── 先日、ちょっと気になって調べたところ、Jリーグのベストヤングプレーヤー賞の対象となる「21歳以下の選手」の出場機会が今年は少ない、という事実があります。

 U-20ワールドカップにおける早期敗退を踏まえても、20歳前後の若い選手が育っていないんじゃないか......と感じているのですが、おふたりの見解をお聞かせください。

寿人 僕はU−20ワールドカップの解説をしたんですが、力がなかったわけではないので、勝ち上がれなかったのはもったいなかったなと。監督の采配を疑問視するような報道も見ましたけど、監督だけじゃなくて選手自身も、ピッチ上でもっと判断できる部分はあったと思います。

憲剛 あの世代はコロナの影響で、なかなか海外相手の経験を積めなかった世代です。もちろんそれだけじゃないですけど、結果的にそこも大きな要因のひとつになっているのかなと感じます。

 海外に行かないとわからないことは山ほどあります。それはピッチ上もそうだし、ピッチ外もそう。しかも、今大会の開催国はアルゼンチンでしたから。季節も逆だし、慣れない環境にアジャストするのも難しかったはず。経験が少ないまま世界との真剣勝負を戦うのは、酷な側面もあったと思います。

寿人 でも、本当にもったいなかったですよね。最後のイスラエル戦は引き分けでも突破できる状況で、先制して数的優位に立ちながら、逆転負け(1-2)を喫してしまったわけですから。どういうふうにこの試合を終わらせるか──というところが、曖昧でしたよね。

 もちろんベンチワークが重要ですけど、選手もある程度、リスク管理とか、相手を見ながら対応する必要があった。そこが一番、物足りないなと感じましたね。

憲剛 そこもやっぱり、行き着くところは経験になるのかなと。強化はしていたけど、海外での経験が足りなかった。海外移籍した選手のなかには、向こうでなかなか試合に出られず、コンディション的によくなかった選手もいただろうから。

寿人 やっぱり個人的には、日本である程度、結果を出してから海外に行くべきだと思うんですよね。まだ何者にもなれていないのに、海外組として扱われるのはどうなのかなと。いくら「超高校級」と言われようが、そこはアマチュアのなかの評価ですから。

 もちろん、将来性を買われて海外に行っているのは間違いないです。だけど、プロの世界で数字が残せているか否かでジャッジされるべきだと思うんですよね。

憲剛 あの年代が一番、強化が難しいんですよ。今のJリーグを見ても、高卒1〜2年目の選手がなかなか試合に絡めていないのは事実としてあって。だったら大学に行ったほうが実戦経験を積めるという流れが生まれているけど、その実戦経験はJリーグとはまた別のレベルですし。

寿人 Jリーグも手を変え、品を変え、若い選手に実戦機会を与えようとしているじゃないですか。ルヴァンカップのスタメンの年齢規定もそうだし、エリートリーグというのもあったけど、今年は開催されていない。

── 昔はサテライトリーグがありましたよね。

寿人 あれは今、振り返ると、本当によかったと思います。僕自身、プロ1年目はリーグ戦にあまり出られなかったんですけど、リーグ戦の次の日にサテライトリーグがあって。

 浦和レッズとやった時は、相手に井原(正巳)さんがいましたからね。プロでまだ何も成し遂げていない18歳の選手が、日の丸をつけてきた選手と対峙できるというのは、公式戦ではないけど間違いなく大きな経験になりました。

 しかも、サテライトリーグは年間を通してやっていて、会場もちゃんとしたスタジアムでしたし、順位もつけていた。シーズンを通して、目的を持ってやれたことは大きかったと思います。

── 先ほど憲剛さんもおっしゃっていましたけど、Jリーグで出られないなら大学に行って経験を積んだほうがいい、という流れになっていますよね。

憲剛 (三笘)薫や守田(英正)など大卒(三笘=筑波大、守田=流通経済大)からでもヨーロッパに行ける時代になったのも、その流れに拍車をかけていると思います。大卒から直接、海外に行く選手も出てきていますから。

 つい数年前までは、考えられない現象です。いろんなルートが開通し始めているんですよね。

寿人 ヨーロッパの人たちからすれば、「大学って何?」って感じでしょうね。

憲剛 大学でも選手を育成できる懐(ふところ)の広さというか、選択肢の多さというのは、日本ならではの文化だと思います。

 今までだったら、大学に行ったらプロでは年齢的にも後れを取ってしまうし、大成できないという雰囲気だったけど、今はむしろ「大学に行って成長したい」という選手が増えてきた。そこは完全に変わったし、新しい流れが生まれてきているのは間違いないです。

寿人 大学に行くと、プレーヤーとしての強度もそうだし、人間性というところでも経験値が上がって、プロに入ったあとでも生きる部分があるんでしょうね。

憲剛 大学出身者(中央大学卒)としては、それは感じるところ。高校までは管理されたなかで切磋琢磨する。でも、大学はある種、自分次第。もちろん大学でも管理される部分はあるけど、高校の時のようにかっちりとではなくて、ある程度、自由ななかで自立性が育まれるし、なかには学生主導でやっているチームもある。

 マネジメントの部分も含めて、どうやって自分たちでチームを作っていくかを考え・養える期間が4年あるんだよね。高校の時には経験できないことを大学では経験できる。社会性とか、協調性とか、順応性とかが養われて、それを4年間かけて身につけた状態でプロに入れるのは、大卒のメリットだと思いますよ。

寿人 以前は、早くプロの世界に身を置ける高卒のほうがメリットが大きいと考えられていましたけど、今は大卒のメリットのほうが大きくなっている。そうなれば、みんな大学に行こうと思っちゃいますよね。

憲剛 一方で、僕はロールモデルコーチとしてU-17代表に関わっていますけど、17歳でプロ契約して、どんどん上のカテゴリーに上がっていくということを目標にするグループにいるので、大卒ルートばかりに目を向けるのもどうなのかなという考えもあります。

 これはどっちがいいという話ではなくて、いろんなルートがあっていいということ。日本の選手は身体的成長も人それぞれです。17歳でプロになれる選手もいれば、17歳で輝けなくても、のちに大学に行ったことで輝ける選手も当然いる。その選手を汲み上げられるのは、日本のいいところではあると思うんですよね。

寿人 若手に出場機会を与える手段のひとつが、レンタル移籍ですよね。J2やJ3にレンタルして、実践経験を積ませることはどこのクラブもやっていることだと思うけど、ここで重要なのは、レンタル元のクラブがちゃんとした育成のビジョンを持っているかどうかということ。

 ほかのクラブもうまく使いながら、どういうふうに育てていくのかというビジョンがなければ、なかなか選手は伸びていかない。契約だけして、あとは選手の責任で戦力になってくださいというスタンスだと、厳しいですよ。

── J2へのレンタルから這い上がっていったのは、寿人さんがまさにそうでしたよね。

寿人 僕も当時J2だったセレッソ大阪に行ったことが大きかったですけど、僕だけじゃなくて、特に攻撃の選手はカテゴリーを下げてでも実戦で成功体験を得たり、自分の型を作っていったほうがいい。実戦に比べると、練習だけで吸収できるものには限界がありますからね。

憲剛 ルーキーだと、紅白戦に入れないこともよくあるしね。寿人の時代はサテライトリーグがあったり、去年まではエリートリーグがあったけど、ちょっと前にはJ3にアンダー23のチームが参戦していたじゃないですか。セレッソとガンバとFC東京が。

 あれが思いのほか、効果があったのではないかと考察されているんですよね。(久保)建英や堂安(律)があそこで実戦経験を積めたのは大きかったと、協会の関係者も言っていましたから。

 今、Jリーグの理事会やフットボール委員会でも、若手にいかに経験を積ませるのかというのは、大きなテーマのひとつになっていて......。実際にいろんなアイデアも出ています。

── 具体的には?

憲剛 そこは立場上、コメントは差し控えますが(苦笑)、個人的な意見を言わせていただくと、たとえばですが、同様に試合になかなか出られていない大学の1〜2年生と、Jリーグの若い子たちの対抗戦みたいなものがあってもいいのかなと。トレーニングマッチではなく、しっかりとした冠をつけて。

 もちろん、地理的な問題もあって大きくは作れないでしょうけど、地域レベルであればやれるのかなと。大学も大学で、一定数出られない子がいますから、Jクラブと大学の同世代でバチバチ戦うのは、お互いにとってメリットがあるのではないかなと思います。

── 今回のU-20日本代表のメンバーに関して言うと、J2所属選手が多かったですよね。

憲剛 大学生もけっこういましたね。そう考えると、やっぱり実戦経験が重要なのかなと。J1で試合に出られていない選手よりも、J2や大学で試合に出ている選手のほうが選ばれる。

 ただ、世界大会に臨むということを考えた場合、日常をどこで過ごしているのかはとても大事。実戦経験を積めることはいいことだけど、対世界を考えれば、日常とのギャップが生じてしまう。

 だから、この世代の強化は本当に難しい。出場機会を確保すべきだと言っても、やっぱりJ1のピッチに立たないと得られないものは、たくさんあると思います。

(中編につづく)

◆第16回・中編>>「U-20W杯で優勝することがゴールじゃない。ここからがスタート」


【profile】
中村憲剛(なかむら・けんご)
1980年10月31日生まれ、東京都小平市出身。久留米高校から中央大学に進学し、2003年にテスト生として参加していた川崎フロンターレに加入。2020年に現役を引退するまで移籍することなく18年間チームひと筋でプレーし、川崎に3度のJ1優勝(2017年、2018年、2020年)をもたらすなど黄金時代を築く。2016年にはJリーグMVPを受賞。日本代表・通算68試合6得点。ポジション=MF。身長175cm、体重65kg。

佐藤寿人(さとう・ひさと)
1982年3月12日生まれ、埼玉県春日部市出身。兄・勇人とそろってジェフユナイテッド市原(現・千葉)ジュニアユースに入団し、ユースを経て2000年にトップ昇格。その後、セレッソ大阪→ベガルタ仙台でプレーし、2005年から12年間サンフレッチェ広島に在籍。2012年にはJリーグMVPに輝く。2017年に名古屋グランパス、2019年に古巣のジェフ千葉に移籍し、2020年に現役を引退。Jリーグ通算220得点は歴代1位。日本代表・通算31試合4得点。ポジション=FW。身長170cm、体重71kg。