甲子園で熱投の10人を山本昌がリアル解説 ひと目で「すばらしい」と直感したエースは?
今年の夏の甲子園は多くのメディアで「投低打高」と評された。佐々木麟太郎(花巻東)ら野手に逸材が多かった半面、投手の好素材が目立たなかったからだ。だが、これまで持ち前の千里眼で数々の原石を発掘してきたレジェンド・山本昌(元中日)には、そんな常識は通用しない。色眼鏡抜きに10人の好投手を分析してもらったところ、意外な"隠し玉"が潜んでいた!
初戦の愛工大名電戦で9回1失点、10奪三振の好投を見せた徳島商の森煌誠
彼のことは甲子園初戦(愛工大名電戦)をリアルタイムで見て、「こんなにいいピッチャーがいたのか」と驚きました。初回に1失点を喫したあとの2回から見たのですが、「名電と言えど、点をとるのは難しいだろうな」と思うほどいい内容でした。たくましい体つきと、真上から投げ下ろす投球フォーム。140キロ台をコンスタントに超える速球と、縦に大きく曲がるカーブと鋭く落ちるスプリット。社会人志望と聞きましたが、プロ志望届を出せばドラフト指名されるはずです。アウトステップするうえに腰高に見えるフォームですが、腰の向きは真っすぐに捕手を向いていますし、カーブが鋭く曲がる要因のひとつになっています。あとは体ができてくればボールをもうひとつ前でリリースできるようになり、高めに浮くボールが減るはず。故障することなく、このまま成長していってもらいたい大器です。
今夏の甲子園で唯一150キロ台をマークした仙台育英の湯田統真
湯田統真(仙台育英/181センチ・83キロ/右投左打)
好投手が揃う仙台育英にあって大事な試合で先発マウンドを任されていたことから、チーム内での信頼の厚さを感じました。最速153キロというストレートの球速、鋭い腕の振りから放たれるスライダーのキレもすばらしかったです。若干投げ急ぐきらいがありますが、高いレベルで経験を積んでいけばこなれてくるはずです。あとは体重移動する際、左肩がホーム方向へのラインからズレるのが少し早く見えます。左肩がもう少し長くキャッチャーミットを向くようになれば、今よりも球筋が安定しそうです。進路は大学進学希望のようですが、体づくりと並行して改善できるといいですね。
昨年夏の優勝投手、仙台育英のエース・高橋煌稀
郄橋煌稀(仙台育英/183センチ・85キロ/右投右打)
昨夏の甲子園優勝チームから中心的に投げていた投手ですし、注目していました。本人からすると今夏は本調子ではなかったかもしれませんが、能力の高さは十分に見てとれました。腕の振りの力感以上にスピードが出ているので、打者はタイミングが取りづらいのではないでしょうか。力で押すだけでなく、時には緩いボールを使うなどテクニックも感じました。あえて気になる点を挙げるなら、右肩がしっかりと回りきって投げられない時があること。肩が回って右手がトップの位置まで上がっている時は、力強いボールがいっています。このボールをコンスタントに投げられるようになれば、プロでも活躍が期待できます。
最速151キロを誇る仙台育英・仁田陽翔
仁田陽翔(仙台育英/175センチ・74キロ/左投左打)
最速151キロのストレートを投げる速球派左腕と聞きましたが、たしかにボールに力があり、楽しみな投手でした。スライダーのキレもあって、三振がとれるタイプになりそうです。ただ、今夏の甲子園ではわずか2イニングあまりの登板に終わったように、まだ発展途上の印象を受けました。腕の振りはいいだけに、あとは下半身の体重移動が改善できるか。今は右足を上げたあと、移動距離があまりなく接地して全体的にあっさりとしたフォームになっています。もう少し粘って体重移動できるようになるとボールの質がよくなり、抜けるボールも減るはずです。
大阪大会決勝で大阪桐蔭を3安打完封した履正社・福田幸之介
福田幸之介(履正社/180センチ・77キロ/左投左打)
春のセンバツで初めて見て、「こんなサウスポーがいるのか」と驚かされました。今夏の大阪大会決勝戦では大阪桐蔭を3安打完封に抑えて、さらに株を上げましたね。相変わらず体に強さがあり、ボールの角度と強さも申し分ありません。ラインの出し方もうまく、注文をつけるところがあまりありません。強いて言えば、体重移動からトップへと移る際に右肩がわずかに下に落ちる動作が気になります。上体が上下動することでリリースのブレにつながり、ボールの質やコントロールに影響しているように見えます。右肩を落とすことなく、一瞬でも粘りを出せると球質とコントロールはさらに向上するでしょう。将来的には常時140キロ台中盤をマークできるはずです。
佐々木朗希そっくりのフォームから最速147キロの速球を投げ込む日大山形・菅井颯
菅井颯(日大山形/184センチ・79キロ/右投左打)
ひと目見ただけで「佐々木朗希くん(ロッテ)みたい」と思いました。セットポジションから左足を高々と上げるところなんて、よく似ていますね。佐々木くんのフォームを相当研究し、参考にしたのでしょう。誰かのフォームをマネすると欠点が見えることが多いですが、彼の場合はいいところを踏襲しているせいか、動作に粗が見当たりません。右肩をしっかりと回してトップの上がりもよく、ボールをリリースするタイミングもいい。ただし、まだ体の芯に強さを感じませんでした。大学進学希望ということですが、これから本格的に鍛え込んでくれば大化けする可能性があります。4年後には別人のような凄みが出ているかもしれません。かなり楽しみな素材ですね。
この夏「ミスターゼロ」の異名をとった沖縄尚学・東恩納蒼生
東恩納蒼生(沖縄尚学/172センチ・70キロ/右投左打)
この夏に無失点投球を続け、「ミスターゼロ」と話題になりました。私も投球を見に行きましたが、まとまりがあるうえに体の強さもあってハイレベルな投手だと感じました。体重移動の際に左肩が上がって顔が空を向く瞬間がありますが、トップまでには戻っているので問題ありません。むしろ、ストレートの角度や変化球の鋭い変化にいい影響を与えているのかもしれませんね。今は先発投手として活躍していますが、私は将来リリーフでも面白いと感じています。というのも、私の同僚だった浅尾拓也(元中日)の投球リズムと重なって見えるからです。大学進学希望ということですが、今後はもう少し体重移動がスムーズになってくるとさらなる成長が見込めます。
チームのベスト4進出の立役者となった神村学園・黒木陽琉
黒木陽琉(神村学園/183センチ・78キロ/左投右打)
今夏の甲子園ではおもにリリーフで活躍しました。ボールに角度があるだけでなく、投球センスも感じられる。とくに変化量の大きなスライダーは、左打者にとってやっかいな球種のはずです。今年に入って台頭したと聞きましたが、冬場に相当に努力したのでしょうね。私も母校(日大藤沢)の臨時コーチをしていて、高校生はひと冬で見違えるほど伸びるなと痛感させられます。伸び盛りの素材だけに、甲子園で140キロ台前半だった球速は今後さらに速くなるでしょう。体重移動する際に軸足(左足)を折ってから捕手側に向かっていきますが、できれば自ら折るのではなくマウンドの傾斜を生かしながら自然と折れていくのがいいと思います。体重移動の距離がもっととれて、角度やボールの走りがさらによくなるはずです。
サイドハンドに近い腕の振りから最速146キロを誇る東海大熊本星翔・玉木稜真
玉木稜真(東海大熊本星翔/180センチ・76キロ/右投右打)
サイドスローに近い腕の振りから140キロ台中盤のストレートが投げられる。この個性はとても貴重だと感じます。大学進学予定と聞きましたが、上の世界でも際立つ特徴ではないでしょうか。気になる点を挙げさせてもらうと、リリース時に手首が寝ているところ。たとえサイドハンドであっても、手首が立った状態でリリースしたほうがボールに力を伝えられるからです。左肩の開きを制御する点と合わせて改善できれば、今までシュート回転が強かったストレートの球筋が安定してくるでしょう。
最速146キロを誇る北海のエース・岡田彗斗
岡田彗斗(北海/178センチ・78キロ/右投右打)
ひと目見て、「すばらしい素材だ」と直感しました。体の力がすごくあり、コンスタントに140キロ台中盤に達する球速があって、球筋もすばらしい。フォームを見るなかでとくにいいのは、左肩が開かずに体重移動ができること。体重移動の距離自体は短いのですが、右肩が十分に回ってトップに間に合っている。普通の右投手ならシュート回転が強くなるところ、彼の場合はストレートがカット気味に入ってくる印象を受けます。気になる点を挙げさせてもらうなら、軸足(右足)の使い方。今は軸足一本で立ったあと、全身が上から潰されるように体重移動しています。左腰がもう少し高い位置で移動できるようになると、ボールが低めに集まるような投げ方になるはずです。
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今年は「大学生投手に即戦力候補が多い」と聞きますが、こうして甲子園の好投手を分析させてもらうと「高校生にも原石がたくさんいるな」と感じました。とくに森くん(徳島商)と岡田くん(北海)はプロ志望じゃなかったとしても、今後も追い続けたい好素材でした。ともに体は強いし、腕の振りはいいし楽しみです。
まだ体はできていませんが、菅井くん(日大山形)のバランスのよさと将来性はピカイチ。左投手では福田くん(履正社)のフォームが光って見えました。
地方大会で敗れた投手のなかにも、おそらくすばらしい素材の持ち主がいたはずです。今年のドラフト会議ではどんな好素材と出会えるのか、今から楽しみです。