信じきった末の、偉業だった。信じきったからこそ、目標を掴み取った。

 FIBAワールドカップに出場した日本男子代表チーム(世界ランキング36位)が、激闘の末に幕を閉じた。4年前の前回大会と2年前の東京オリンピックでの全敗を含め、世界大会で10連敗中だった同チームが躍進した。

 9月2日には、日本にとって最終5試合目のカーボベルデ(同64位)戦を80-71で破ったことでアジア勢のトップとなり、今大会一番の目標だった来夏のパリオリンピックへの出場権を見事に獲得した。


パリ五輪の切符を掴み取ったメンバー12人の集合写真

「最高の5試合だったと思うんで、本当、すごく自分たちが誇らしいです」

 それぞれ全敗を喫した2019年のワールドカップと2021年の東京オリンピックでプレーしている渡邊雄太(SF/フェニックス・サンズ)は、笑顔を弾けさせながらそう話した。

※ポジションの略称=PG(ポイントガード)、SG(シューティングガード)、SF(スモールフォワード)、PF(パワーフォワード)、C(センター)。

 いくつもの苦難を乗り越えてたどりついた山頂から見た景色は、あまりに感動的だった。

 予選ラウンドでは、ドイツ(同11位)、フィンランド(同24位)、オーストラリア(同3位)という格上の相手と同じグループに組み込まれた。さらにはチーム1の実力者である八村塁(SF/ロサンゼルス・レイカーズ)が出場を辞退し、大会直前には選出が濃厚だったビッグマンの渡邉飛勇(PF/琉球ゴールデンキングス)が故障してしまった。

 事前の合宿や強化試合では、渡邉やジョシュ・ホーキンソン(PF・C/サンロッカーズ渋谷)らが負傷。十全な準備ができずに大会入りした。暗雲がたちこめていたのは間違いなかった。

 そして本大会。ドイツやオーストラリアといった強豪には力の差を見せつけられて敗れるも、難敵のフィンランドやベネズエラ(同17位)との試合ではそれぞれ、18点差、15点差から、終盤のなかば「神がかった猛攻」で逆転勝ちを収めた。

 予選ラウンドを1勝2敗で終え、順位決定ラウンドでは2連勝。通算では3勝2敗と勝ち越した。大会の形式等が異なってはいるものの、ひとつの大会で3つの白星を挙げたことも、勝ち越しも、日本にとっては初めてのこと。開催国枠ではない形での五輪出場は1976年のモントリオール大会以来、48年ぶりとなる。

【ふだんはクールな富樫勇樹も興奮した口調で語った】

 日本が開催国枠を持たない時、世界大会に出場するというハードルは近年まで高かった。2014年には、国内に男子のトップリーグがふたつあるといった理由で国際バスケットボール連盟(FIBA)から国際大会への出場停止等の制裁を受けるなど、暗黒の時代も経験している。

 今回のチームでキャプテンを務めたベテランの富樫勇樹(PG/千葉ジェッツ)などは、かつてのそんな日本バスケットボール界の惨状を覚えている。それだけに、今回のパリ行きのチケットを自分たちで獲得したことを喜んだ。

 ふだんはクールな男も、カーボベルデ戦後は興奮気味の口調だった。

「僕が子どもの時に見ていた日本のバスケット界と、今のバスケット界の違いを見て、すごくうれしく思いますし、ここからまたつなげていきたいなという気持ちがあります」

 八村や東京オリンピックに出場したトップ選手の多くがその後の代表活動に参加してこなかったため、日本の最高のタレントが集結したとは言いがたかった。

 吉井裕鷹(SF/アルバルク東京)や井上宗一郎(PF/越谷アルファーズ)といった、所属チームでは外国籍選手たちのバックアップとして出場時間が著しく限られてきた若者たちが、トム・ホーバスHC(ヘッドコーチ)から才能を認められて招集されてきたことで、力を伸ばしてきた。

 前から当たるしつこくいやらしいディフェンスや、スピードと3Pシュートを生かした戦術・スタイルを導入し、サイズのなさを補いつつ、世界との「差別化」を図ってきた。

 しかしどれだけ優れた戦術も、選手たちがその手法で勝てるのだと心から信じることができなければ、意味がない──。

 それこそが、ホーバスHCが何よりも選手たちに求めるものであり、真髄なのだ。彼が率いた日本女子代表が東京オリンピックで史上初の銀メダル獲得という快挙を成し得たのも、それがあったからこそだ。

【ホーバスHCが選手たちに求め続けた「信じる力」】

「ホーバスHCが選手たちにモチベーションも自信も持たせてくれる」と富樫は言う。この指揮官の存在なしには「この結果もありえなかった」と振り返った。

「(ワールドカップ)2戦目でフィンランドに勝ったあとの帰りかな。ちょっと一緒になった時間があったんです、(ホーバスHCと)ふたりで。

 その時には僕の目を見て『次の試合に勝ったら次のラウンドに行ける』と。オーストラリアを相手にどこまでやれるか、そして2次ラウンドに進むことがどれだけ厳しいことか、いろんな人がわかっていたと思いますけど、トムさんの目はもう勝つ気でしかなくて。

 その気持ちで、チームも2次ラウンドに進もう、オーストラリアに勝ってオリンピック(出場)を決めようとなっていました。本当にひとつひとつ、そういう言葉が僕も含めてチームを動かしてくれたなと思います」

 ホーキンソンは、いかにホーバスHCが選手たちにコミットメントを求めるかがわかる、こんな話を紹介した。

「彼は我々ひとりひとりに、自分たちの目標を信じているかどうかを聞いてくるのです。僕らが『信じています』と言うまで、次の選手へと移ることはありませんでした。選手たちは自分たちのやっていることを信じています。だからこそ、我々はこのワールドカップで成功を収めることができたわけです」

 カーボベルデ戦の第4クォーター。日本は第3クォーター終了時で18点のリードを築いていた。しかしその後、得点がパッタリと止まってしまい、相手に追い上げを許した。

 この時、日本で開催された2006年の世界選手権(のちにワールドカップへと改称)で、決勝トーナメント行きを逃してしまったことを思い出したファンやメディアもいたことだろう。日本は優勢な状況から金縛りにあったかのように点が入らず、残り1分を切って逆転のシュートを決められ敗戦した。

 当時のジェリコ・パブリセヴィッチHC率いる日本代表でアシスタントコーチを担い、現在は日本協会の技術委員会委員長を務める東野智弥は、世界選手権のこの局面で日本にはまだ確固たる自信が備わっていなかったと振り返る。

「あの時はぜんぜん、信じていなかった。不安とか、恐れとか、負けちゃうんじゃないかとか......そういうのが大きかった。今日も危ない試合ではあったけど、このチームなら大丈夫だと。お互いを信じ、コーチを信じる......このチームにはそういう目に見えない力がものすごくあった」

【日本の実力を世界の強豪国に示すことができた】

 この「信じる力」の浸透は、河村勇輝(PG/横浜ビー・コルセアーズ)や富永啓生(SG/ネブラスカ大)といった若い選手が物怖じせず、コート上で堂々とプレーできたところにもつながった。

 フィンランド戦の逆転勝利はこのふたりなしではありえなかったし、カーボベルデ戦でも富永が3Pを6本沈めるなどで22得点を挙げ、河村は8アシスト3スティールをマークし、前半でリードを築くのに大きく寄与した。

「今の若手はすごい選手たちです。河村勇輝、富永啓生......(最終メンバー)12人には残らなかったですけど、合宿に参加した若い子たちもいて、逆に僕たちが刺激を受けるくらい、下からの勢いを感じました」(東野)

 ホーバスHCのスタイルによる躍進は、数字でも如実だ。

 2019年は1試合平均66.8得点だったが、今回は83.2得点にまで上昇。3Pシュートの試投数も前回の18.8本から32.6本へと大幅な伸びを見せている。

 ここ最近の日本の「球技代表チーム」は、昨年末のサッカーワールドカップや今春のワールドベースボールクラシック(WBC)の優勝などで、世界を驚かす結果をもたらしている。

 では、バスケットボールワールドカップでの日本代表はどうか──。

 ドイツやオーストラリアを破っていたらそう言えたかもしれないが......と、ホーバスHCは言う。ただ、そのドイツやオーストラリアを相手に、いずれの試合でも後半の得点だけで言えば上回るなど、強豪国からリスペクトを得ることは一定程度できたとホーバスHCは語る。

「自分たちのできることを世界に示すことができたと思いますし、各国の『レーダー』にひっかかる存在になったと思います。大きなステップです。(2016年の)リオオリンピックで日本女子代表は9位に終わりましたが、その戦いぶりで他国から尊敬を集めることができました」

 世界最高峰の舞台で強敵を相手にする戦いは、選手たちの体を容赦なく痛めつけ、精神的にもきつかったはずだ。しかし終わってみれば、パリオリンピックへの出場権を獲得するという好結果を得て、見るものを惹きつけた代表チームの「旅」は甘美なものとなった。

 チームの支柱であり、NBAでこれまで5シーズンプレーしてきた渡邊は、今大会でチームをパリへ連れて行くことができなければ「代表を引退する」と明言していた。結果的に代表引退は当面、先延ばしとなったわけだが、すべての試合が終わってこのチームから離れることに名残惜しさを感じているようだった。

「このメンバーで、ずっとまだまだバスケをやっていたい。でも、パリに行くことができて、まだまだこのメンバーで一緒にバスケができるので。一旦、それぞれのチームでがんばって、またパリでみんなが成長して戻ってこられたらと思います」