日本のスタジアムが進むべき未来とは? Jリーグ大好き英国人、母国現状を踏まえ分析する“あるべき姿”【インタビュー】
「イングランドで人々はスタジアムとともに育つ」
競技の根本を支え、魅力を発信するうえでなくてはならない“スタジアム”。
「FOOTBALL ZONE」では、そんなインフラにフォーカスした特集を展開する。今回は「J.League Journeys」としてSNSで日本のプロサッカーリーグが持つ魅力を発信し続ける英国人2人組、クリスさんとロロさんを取材。2回にわたって内容をお届けする。後編ではイギリスでスタジアムが人々に持つ意味やJクラブ本拠地が進むべき未来などについて訊いた。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・山内亮治/全2回の2回目)
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今年で30周年を迎えたJリーグ。着実な進歩を遂げてきたとはいえ、クリスとロロの出身地である英イングランドのサッカーリーグが持つ歴史は日本よりもはるかに古い。1888年に創設された世界最古リーグであり、同時にスタジアムにも地層のように積み重なった歴史があることを意味する。
この歴史というファクターは、日本人が考える以上に現地の人たちにとって重要な意味を持つらしい。下部リーグを含め、英国内では1800年代後半や1900年代初頭に開業したスタジアムが大半を占める。一方、ロンドンの「エミレーツ・スタジアム」(アーセナル)やマンチェスターの「シティ・オブ・マンチェスター・スタジアム」(マンチェスター・シティ)など21世紀に入ってからの新設も続く。
クリスは「クラブに資金力があればスタジアムの新設や改修はいいことかも」と前置きしつつ、それでもスタジアムが“世代間の継承”という役割を果たすべきだと主張する。
「スタジアムが古ければ、その歴史は何世代にもわたって受け継がれる。でも、一新されれば、記憶や思い出は消えてしまうよね。イングランドで人々はスタジアムとともに育つんだ」
スタジアムのリニューアルで失われるものは記憶や思い出だけではない。クリスはウエストハムが2016-17シーズンから使用する新たな本拠地「ロンドン・スタジアム」(12年の五輪メイン会場)を例に挙げ、移転のマイナス面を指摘する。
「かつてのホーム『ブーリン・グラウンド』(通称アップトン・パーク)の頃はファンがスタンドをぎっしりと埋め尽くしていて、アウェーサポーターがおっかないと感じるくらい雰囲気が激しかった。でも、今やその空気感が死んでしまったかもしれない。そういう意味でモダンなスタジアムには個性がらしさが欠落してしまう恐れもあるんだ」
Jリーグのスタジアムをめぐるソフト面の課題
プレミアリーグではアーセナルのファンだというロロ。旧本拠地「アーセナル・スタジアム」(通称ハイベリー)から現在のスタジアムへ移転した当初に抱いていた複雑な心境を明かす。
「エミレーツに移った最初の数年間は寂しさが拭えなかったよ。だって、ハイベリーでクラブ史に残る最高の瞬間を過ごせたんだからね。クラブの規模や財政状況を考えると、ホーム移転はもっともな判断だったと思う。それでも古参サポーターにとっては、クラブが収益を上げて次の段階へステップアップすることなんて正直どうでも良かったんだ」
とはいえ、スタジアムも建築物である以上は老朽化が避けられず、いつかは改修または新設しなければならない。しかも、近年はヨーロッパを中心にスタジアムの“多機能複合施設”化が進む。商業施設の併設やラウンジのビジネス利用などを通し試合日以外の稼働率を上げ、クラブが収益を確保しているのだ。Jリーグもそのトレンドを追うべきか。
この疑問にクリスは「まずはファンとサッカーによって得られる体験を大切にしてほしい」としつつ、Jリーグクラブが改善すべきと感じるスタジアムの課題を2つ挙げた。
1つはスタンドの自由席だ。もちろん指定席と比べた価格の低さや席の移動が可能といったメリットはあるものの、デメリットを感じたエピソードをこう語る。
「試合開始1時間半から2時間前にスタジアムに到着したのに、場所取りをされていて席の確保にてこずった経験を何度かした。観戦スペースの確保が難しくなる状況は、特にアウェーサポーターにとってフェアではないかもしれない。イングランドの場合はほとんどが指定席だけど、日本の自由席に関しては観戦場所を簡単に確保できる工夫があってもいいと考えているよ」
そして、指摘するもう1つの課題がスタジアムまでのアクセスだ。
「大都市圏であれば公共交通機関が充実しているから問題ない。でも、地方だと車がない場合はスタジアムまでの移動が難しいと感じるケースもある。たしかにシャトルバスのサービスはあるけど、会場までの移動を支援する仕組みや外国語での案内はまだ足りないかもしれない」
ロロも同じくハードよりもソフトに寄った課題を挙げる。ただこちらは、より海外出身者としての視点が強く反映されている。
「J.League Journysの活動をしているなかで、海外のファンから『チケットを買うにはどうすればいいの?』と聞かれることがよくある。コンビニで購入に苦労する彼らの姿も見てきたよ。チケットを手に入れることは外国人にとって言語のハードルがつきまとう難しい問題だから、状況がより改善されることを願っているよ」
今後も外国人助っ人の加入次第では、Jリーグは貴重な観光資源としてインバウンドを促進する可能性がある。そんな時に訪日客が競技やスタジアムの魅力を享受するためにも、海外ファンの視点に立った状況改善も積極的に進んでいくべきなのかもしれない。
Jリーグのスタジアムが進むべき未来とは?
では、Jリーグのスタジアムは今後どのような未来に進んでいくべきなのだろうか。海外のトレンドを追うことが必ずしも正解でないならば、理想的な状況とは?
この問いにクリスは「Jリーグ全クラブが自前のスタジアムを持つべきだ」と答える。Jリーグでは現在、スタジアムの自治体所有がほとんど。クラブ自前になれば運営の自由度が増し、より魅力的な変化を起こしていける――。こうした考えが提案の根拠だ。
ただ、スタジアムの建設と維持にかかる費用は莫大。本当にクラブ自前でなければならないのか、自治体所有でもクラブとの連携次第でスタジアムの可能性は広がらないのか。疑問の余地は残る。それでも、クリスがクラブ自前のスタジアムにこだわるのには理由がある。
「例えばJリーグにはこれまで多くの大物外国人が日本に来たけど、今後は難しいよ。中東に選手が向かう流れが加速しているのだから。そこで大切なのが、クラブが収益をスタジアムや練習場といったハードに投資して未来の選手にトップレベルの環境を用意すること。そうすれば、助っ人の獲得交渉で有利に働くケースが増えるかもしれない。好循環が生まれる可能性がある。けれども、自治体がスタジアムを所有しているままでは、そのサイクル実現は難しいんじゃないかな」
そして、「僕からも未来への提案を1つ」とロロ。こちらは「空席を埋めることに注力するべき」だとし、その対策の1つとしてイベント開催を挙げる。
「この夏にSC相模原(J3)の試合を観に行ったけど、多くのJリーグクラブと同様にスタジアム内で夏祭りの催しが行われていた。催しのお陰でスタジアムにはいつも以上に多くのファンが集まり、ほとんどの座席が埋まっていたよ。こうしたイベントの定期開催はより広いファン層の獲得につながり、スタジアムとJリーグ全体の雰囲気作りに役立っていくはずさ」
2人の母国と比べJリーグのスタジアムの歴史はまだまだ浅く、抱える課題も違う。他国を参考としつつも、さらなる進化へ独自の道を模索していくべきなのかもしれない。
(文中敬称略)(FOOTBALL ZONE編集部・山内亮治 / Ryoji Yamauchi)