「ここに負けにきたんちゃうぞ!」

 ウォーミングアップ中、生光学園のある選手はそう叫んでからダッシュした。彼らにとってはただの練習試合ではなく、大いなる挑戦だということが伝わってきた。


今夏の徳島大会で2年生ながら153キロをマークした生光学園・川勝空人

【大阪桐蔭相手に9回3失点】

 この日、大阪・パナソニックベースボールスタジアムで大阪桐蔭と生光学園の練習試合が組まれていた。甲子園で熱戦が繰り広げられるなか、秋に向けた戦いがひっそりと始まっていた。

 気合の入った野手陣とは少し離れ、生光学園のバッテリー陣は静かにマイペースに試合前の調整を進めていた。

 その中心にいるのが、川勝空人(かわかつ・そらと)だった。身長180センチ、体重84キロの厚みのある体に、こんがりと日焼けした愛嬌のある顔つき。いかにも「豪傑」のムードがある。大阪桐蔭が生光学園に練習試合を申し込んだのも、この川勝の存在があってこそだった。

 今夏の徳島大会を勝ち抜いた森煌誠(徳島商)が甲子園で話題をさらったが、1学年下の川勝も負けず劣らずのインパクトを残していた。最速149キロの森に対し、川勝は最速153キロをマーク。もちろん、投手の価値はスピードガンの数字で決まるわけではないが、川勝が2024年ドラフト戦線で見逃せない存在なのは確かだった。

 ところが、キャッチボールを始めた川勝のエンジンは一向に温まらない。ブルペンに入っても、高めにシュートして抜けるボールが続いた。のちに本人に確かめたところ、「いつもより悪くて、ヤバイと思った」と感じていたという。

 大阪桐蔭は徳丸快晴、ラマル・ギービン・ラタナヤケといった夏の大会でもレギュラーだった強打者が先発メンバーに名を連ねた。このままでは川勝は火だるまにされるのでは......。客観的に見て悪い予感が浮かんだが、それは杞憂だった。

 川勝は初回に徳丸、ラマルに連続四死球を与えたものの、続く打者をスプリットで空振り三振に抑えてピンチを凌ぐ。

 川勝はどんなに調子が悪くても、マウンドに立つと豹変するという。

「いつもマウンドに立ったら(調子が悪いことは)忘れるんです」

 2回以降もピンチは招くものの、要所を切り抜ける。スコアボードには両チームとも0が並び、川勝は5回までに8個の三振を奪った。

 川勝の投球フォームには四肢がしなるような柔らかさや、リリース時に指先でボールを爪弾くような繊細さがあるわけではない。ゴツゴツとしたたくましい体を目いっぱい使い、パワフルに右腕を振る。コントロールは暴れるが、適度な荒れ球になって打者は的を絞れない。

 6回にタイムリーヒットを浴び、8回にはラマルに二塁打を打たれた直後に2ラン本塁打を被弾。それでも9回を投げきり、大阪桐蔭を3失点に抑えた。試合は0対3で敗れたものの、生光学園の幸島博之監督は「夏の疲れが残っていい状態ではなく、守備にも足を引っ張られるなかで桐蔭相手に3失点なら十分」と川勝を称えた。

【目指す投手像は勝てるピッチャー】

 だが、グラウンド挨拶を終えてベンチ裏に現れた本人は、浮かない顔をしていた。「納得がいかないですか?」と尋ねると、川勝は「はい」とうなずいた。

「全然ダメだったので。初球にストライクが入らないし、2アウトからフォアボールを出してるし......」

 川勝は大阪府出身で、中学時代は藤井寺ボーイズでプレーしている。大阪桐蔭という存在の大きさを誰よりも理解しているのではないか。そう想像して本人に聞いてみたが、川勝は首をひねった。

「いや、別に。そんな興味ないです」

 大阪桐蔭打線の感想は「振りが強いと感じた」。強烈なライト前ヒットを打たれた徳丸については「やっぱりすごい。今まで対戦したなかではいなかった」と語った。人懐っこい笑顔とは裏腹に、「人見知りなんで」と取材には不慣れのようだ。

 川勝に目指す投手像を尋ねると、真っ先に「勝てるピッチャーになりたい」という答えが返ってきた。重ねて「0対1で好投して負けるのと、10対9で打ち込まれて勝つのではどちらがいいですか?」と聞くと、川勝は迷わず「勝ちたい」と答えた。たとえ相手が大阪桐蔭であろうと、川勝にとっては悔しい負けなのは変わりなかった。

 また、大阪桐蔭にしても新チーム結成間もない時期の練習試合であり、例年のようなスキのないチームへと仕上げてくるのはこれからなのだ。

 徳島県には高野連に加盟している私立高校が生光学園のひとつしかなく、私立高校の甲子園出場がない唯一の都道府県になっている。川勝が「勝てるピッチャー」を追求したその先に、新たな歴史の扉が待っているはずだ。

「空人」という名前には、「空に大きく羽ばたく人になってほしい」という両親の願いが込められているという。

 まだ飛び始めたばかりの豪傑は、誰よりも高く羽ばたこうとしている。