開幕まで残り約1カ月となったラグビーワールドカップに向けて、日本代表に暗雲が立ちこめたと言わざるを得ない試合となった。

 2万2千人を超えるフルハウス(満員)となった8月5日の東京・秩父宮ラグビー場──。国内最後の強化試合「リポビタンDチャレンジカップ 2023」最終戦で、ラグビー日本代表(世界ランキング12位)はフィジー代表(同10位)と戦った。


試合後の稲垣啓太に「笑顔」はなかった

 前半6分すぎ、今年初出場となったFLピーター・ラブスカフニ(クボタスピアーズ船橋・東京ベイ)が危険なタックルを犯し、いきなり一発退場となる。2週間前に行なわれたサモア代表戦のFLリーチマイケル(東芝ブレイブルーパス東京)に続き、まさかの前半早々でのレッドカード。日本代表はまたも14人で戦わなければいけない状況に陥ってしまった。

※ポジションの略称=HO(フッカー)、PR(プロップ)、LO(ロック)、FL(フランカー)、No.8(ナンバーエイト)、SH(スクラムハーフ)、SO(スタンドオフ)、CTB(センター)、WTB(ウイング)、FB(フルバック)

 対戦相手のフィジー代表は、過去のワールドカップで2度もベスト8に進出している強豪。メンバーはスーパーラグビー組と欧州組を中心に構成され、東京オリンピックの金メダリスト(7人制ラグビー)も4人在籍している。

「試合開始時にキープレーヤーをひとり失ったことで、状況は厳しいものになった」

 日本代表を率いるジェイミー・ジョセフHC(ヘッドコーチ)が振り返ったとおり、前半はほとんどいいところなく3トライを喫し、0-21のワンサイドゲームで折り返した。

 日本代表がようやくトライを奪えたのは、後半のラスト10分。フィジー代表に疲れが見えはじめた頃、WTBジョネ・ナイカブラ(東芝ブレイブルーパス東京)とWTBセミシ・マシレワ(花園近鉄ライナーズ)のフィジー出身コンビが意地のトライを挙げた。

 だが、最後は12-35でノーサイド。日本代表はワールドカップ前の国内5連戦を1勝4敗という結果で終えた。

【稲垣啓太に敗因を聞いてみた】

 フィジー代表はセブンズでオリンピック連覇の実績どおり、ボールの展開力やつなぎの部分は世界随一と評されているチーム。そんな相手に、日本代表はボールを保持して攻め続けるプランで臨んだ。

 しかし、このプランは成功とは言えなかった。前半に相手陣の奥深くに攻め込んだ時も、FB松島幸太朗(東京サントリーサンゴリアス)やナイカブラのノックオンでチャンスが途切れ、逆にその流れからトライを与えてしまった。

 後半もチャンスを自らミスで失っていた。売り出し中のCTB長田智希(埼玉パナソニックワイルドナイツ)が自陣から抜け出し70メートルほどゲインしたものの、最後にボールを落下。また、日本代表の武器であるべきスクラムでもプレッシャーを受けてチャンスにつなげられず、モールも押されてしまった。

 光明が見いだせない試合を「笑わない男」PR稲垣啓太(埼玉パナソニックワイルドナイツ)はどう思ったのか。2015年・2019年と2度のワールドカップを経験してきた33歳は、表情を変えずに振り返った。

「14人でも、自分たちのラグビーができると思っていました。ですが、それができたのは後半の最後だけだった。結果が出なかったことが、何よりも非常に悔しい......」

 フィジカルの強いフィジー代表のアタックに対し、日本代表はひとり目の守備がボールに関与したあと、ふたり目もすぐにコンタクトして押し下げる「2インタックル」を試みた。前半早々のレッドカードは、そのタックルのリスクが悪い形となって出たとも言える。

「ヘッドコンタクトがどれだけ厳しくレフリングされるかも理解して取り組んできた。ただ、結果としてカードが出てしまったことは、まだまだ対策が足りない。だから(ワールドカップまでの)3週間でどこまで精度を上げていけるかは、選手個人の判断だと思っています」(稲垣)

 さらに前半の2トライは、スクラムでプレッシャーを受けた結果、与えてしまったものだった。ノックオンなどのミスが多発し、スクラムでもプレッシャーを受けてしまうと、勝つ流れに持っていくことは難しい。

【4年前と攻撃スタイルの違い】

 FLが前半早々に退場となって、代わりにWTBがスクラムに入った影響は、やはり大きかったのでないか──。

 スクラムの専門職であるPRの稲垣に問うと、「ないとは言えない」と述べた。そして「一番大事な前3人と、うしろの5人のコネクションが保たれなかった。自分たちのスクラムが組めた時の強さは理解しているが、コミュニケーションミスもあった」と冷静に分析した。

 国内5連戦についても、稲垣はこう総括する。

「ボールをロストしてしまうことが、この5試合ずっと多かった。我々のラグビーにおいて、一番もったいないのはボールロストすること。それを減らしていけば、アタックする機会、ボールを動かす機会は増えていく。そういった部分を改善していきたい」

 4年前のチームと比べて、日本代表は積極的にボールを動かす攻撃を選んだために、タックルを受けつつもボールをつなぐオフロードパスを多用している。ただしその一方で、オフロードパスを使ってボールを動かそうと意識しすぎるあまり、ノックオンも増えているという。

「オフロードパスは、相手の背後まで出られた時に初めて選択肢として生まれる。しかし、ボールをつなぐことばかり考えて、無理な体勢で無理やりオフロードパスをやってしまった結果、ボールをロストしている。無理な状況でオフロードパスはするべきではないと思います。そういった判断が、今日は特によくなかった」

 ワールドカップに過去に2度出場し、日本人PRとして初めてスーパーラグビーでプレーした稲垣は、その豊富な経験をどのようにチームに還元できるか──。そう尋ねると、またも表情を崩すことなくこう答えた。

「苦しい状況になると『あれができない。これもできない』と、いろんなところに手を伸ばそうとします。でも、ラグビーって実はシンプルで、進むべき方向もまたシンプルだと思っています。一番大事にしていることをひとつ、しっかりと直せば、チームはまっすぐに進んでいきます」

【次のイタリア戦が調整ラスト】

 ワールドカップの最終スコッド33名は、8月15日に発表される。選ばれた33名は東京でミニキャンプを行なったのちに渡欧し、8月26日に本番前の最終調整としてイタリア代表と激突。そして9月10日、チリ代表とのワールドカップ初戦を迎える。

「自分たちがやってきたことには自信を持っているので、それを信じてグラウンドで100%の準備を出せるかどうか。プレッシャーを受け止め、自分たちのやるべきことをもう一度しっかりとやりたい」

 イタリア代表戦に向けて、稲垣は自分に言い聞かせるように言った。

 ワールドカップまで残された時間は、そう多くはない。

 個々の選手が規律の意識をより高め、自分たちの強みを生かしたスクラムを組み、アタックではキックを使いつつボールも積極的に動かす「ジャパンラグビー」を見せることができるか。イタリア代表戦では、ワールドカップ開幕に向けて期待が高まるスカッとした勝利が見たい。