瀬戸大也はパリ五輪で「大どんでん返し」を狙う 厳しい現実を痛感しても前向きな理由
7月23日から福岡で開催された、世界水泳選手権2023で瀬戸大也(CHARIS&Co.)は、目標としている来年のパリ五輪「金メダル獲得」に向けて、水泳とどう向き合うべきなのか、何をすべきなのかを考えさせられる厳しい現実を受け止めていた。
瀬戸大也がパリ五輪の金メダルを目指す上で、最大のライバルとなるのがレオン・マルシャン(中央)だ
2年前に自信をみなぎらせて臨んだ東京五輪では、400m個人メドレーでまさかの予選敗退。200m個人メドレーで4位、200mバタフライで11位と金メダルどころか、表彰台に登ることすらできず、何が起きたのかわからないような戸惑いの表情を見せていた。
それから1年が経ち、今大会の目標は「銀メダル以上と日本記録更新」と語っていた瀬戸の表情は明るく、「その準備はできている」と自信を見せていた。
加藤コーチも「最低限が日本新記録。絶対に4分5秒台は出せるはず」と言い、本人も「うまく泳げば4秒台もあるかなと思う」と意気込んでいた。
しかし、瀬戸の前に大きく立ちはだかったのが、レオン・マルシャン(フランス)だ。昨年のブダペスト大会で個人メドレー2冠を達成し、過去400m個人メドレーでは怪物と称されたマイケル・フェルプス(アメリカ)の世界記録に迫るタイム(4分04秒28)を出している。そして、今大会も好調を維持していた。
瀬戸としては、現時点ではマルシャンに及ばないにしても、パリ五輪での金メダル獲得のためには、他のライバルは破っておきたいところ。また、個人メドレーは200m、400mともに萩野公介の日本記録(1分55秒07/4分06秒05)を超えられていない。だからこそ、その記録を更新することが、パリ五輪で勝負するために必要だと考えていた。
しかし、23日午前の400m個人メドレーの予選ではその勢いを見せられず、4分10秒89で予選3位。決勝に向けては、「パリ五輪のためにも前半から積極的にいきたい」と話していたものの、最初のバタフライが予選より遅く入ってしまい、200m通過も2分00秒50と遅れてしまう。その結果、マルシャンと昨年の世界選手権2位のカールソン・フォスター(アメリカ)に先行を許してしまい、目標とする順位も記録も遠のいてしまった。
優勝したマルシャンのタイムは、世界記録を1秒34更新する4分02秒50。2位のフォスターも4分06秒56と、3位に入った瀬戸の4分09秒41とは差が開いた。しかし、4位のチェイス・カリシュに対しては平泳ぎで差をつけられながらも最後に意地の泳ぎで逆転し、銅メダルを死守した。
「ここぞという時にタイムが出せないのは自分らしくないなと思うけど、最後は『意地でもメダル』と思ってチェイスと勝負をしました。ただ、これまでかなりトレーニングをしてきたからこその銅メダルだと思います。これまではこういう展開になったらチェイスに競り負けていただろうけど、加藤コーチと自由形を一生懸命追い込んできたので、きつかったけど最後の50mは自信がありました」
パリ五輪で金メダルという目標を考えると厳しい結果だったが、瀬戸はスッキリしているようで、マルシャンとの今後の戦いに向けてこう語った。
「自分のベストラップと比較しても1秒くらい前にいかれている状況だから、パリの金メダルは果てしなく厳しい戦いになるのを今回体感しました。ただ金の確率は0%ではないし、今は少ないパーセンテージをいかに大きくできるかは、ここから1年間の頑張りだとも思います」
前向きな姿勢は変わらず、具体的にはこう話す。
「まずは前半のスピードを取り戻すトレーニングや、コーチが求めている以上のタイムで泳ぐことをこれから連発していかないと戦えない。来年の五輪でマルシャンの隙を突くとか、加藤コーチが出せると言っているタイムに少しでも近づいて大どんでん返しができるかどうかも、これからのトレーニング次第。すごく気合いを入れられる結果だったし、来年に向けて喝を入れられたと思います」
27日の200m個人メドレーも、自己ベストで優勝したマルシャンらに敗れて6位。瀬戸は「400mを終わった段階で感じていたことですが、全体的にスピード不足を痛感した」と振り返った。
一方、加藤コーチは「レースの直後に本人と話したけど、そこでもう『これからはこういう強化をしたい』と話してきた」と瀬戸の前向きな姿勢に笑顔が溢れた。
「今回の調整も大也のやりたいようにやらせてきました。それでも、最後は『コーチ、どう思いますか』と聞いてきたので、『アップでも出だしでバーンといっておかないと、レース本番でスカスカして終わってしまうから』と、最後の1週間だけスピード練習を入れてやったんです。元々彼はピッチ泳法というかリズムを重視するタイプなので、今まで我慢していたのを彼のやりたいようにやらせてみました。でも、その調整が難しかったですね。車に例えると、600馬力のエンジンが1000馬力になり、シャーシも全然違ってテクニックも上がっているのに、まだ暖まってないタイヤで走り出して、スピンをして終わったような感じです」
また、瀬戸自身は、自らの状態をこう分析している。
「日本選手権前の練習パターンは頑張って、頑張った分だけダメージがきて休むという練習をしていましたけど、その時のほうが絶対的なスピードが出ていたんです。今回もすごく練習ができていたという自信はあったし、実際に泳いでみてその成果が出ていると思ったのですが、練習を休まないように(力を)セーブしていたのかもしれない。
以前やっていた50mのスピードの反復練習も今回は全然やっていなかったので、最後のほうに入れてもらったけど、それも自分のやりたい練習とは少し違っていて。200m決勝の前に平井伯昌コーチとも話して『いいところがなくなっている』と言われたので、これから加藤コーチと話し合って、自分のいいところを引き出しつつ、弱いところを塗りつぶしていく練習をしていけたらなと思います」
やるべきことが、これまで以上に明確になったという瀬戸は、「もう一度強くなりたい」という強い覚悟があるからこそ、これだけポジティブになれるのだろう。
「パリ五輪までの2年5カ月の挑戦の第1幕が閉じたところ」と言う加藤コーチは、「4分1秒8は出せると考えていますし、秘策はまだいっぱいあります」と笑顔でこう続ける。
「(瀬戸は)レースに向けた集中モードに入っていく時は、ストイックになっていくタイプですけど、今回はパリ五輪へ向けての第1幕の締めなので、『会場の声援を力に変えて泳ぎたい』と音楽を聴くのを止めるなど、新しいことにも挑戦をしていました。本来ならレース翌日に熱を出して寝込むほど自分の力を出しきる能力がある選手ですけど、今回は考えながら、感じながらやったので力を残していたと思います。一緒に練習をしていた後輩たちの士気を高めたりして、人間的にも成長していると思うので、そういったところもこれから生きてくると思います」
「新怪物」とも称されるようになった21歳のマルシャンの強烈な進化を目の当たりにしたこの大会で、瀬戸の五輪金メダル獲得への本格的な挑戦が始まった。