角田裕毅がベルギーで見せた成長と取り戻した自信「プッシュし続けよう!」
「P10だ! イエス、ボーイ! ファンタスティック! 本当にファンタスティックなレースだった!」
ベルギーGP決勝の44周のレースを終えた瞬間、角田裕毅・担当レースエンジニアのマッティア・スピニが叫んだ。角田にとっても、スピニにとっても、そしてチームにとっても、待ちに待った入賞だった。
「みんなありがとう、クルマは本当にすばらしかった。この3戦は本当にタフだったし、僕自身もラフだった。でも、こういうかたちで前半戦を終えられてよかった」
当の角田は、冷静にそう答えた。
ベルギーGPで10位入賞を果たした角田裕毅
「とりあえず安心したのと、もうちょっと......8位か9位だと思っていたので(笑)。でも、入賞できたのはよかったなと思います。昨日の散々だった流れのまま夏休みに突入したくなかったですし、チームに対してお詫びの気持ちとともにお返しができて、夏休みに向けてポジティブなエネルギーを与えることができたんじゃないかと思います」
スタートで前の混乱をうまくすり抜けて8位に上がり、さらにペースの上がらないランド・ノリス(マクラーレン)とカルロス・サインツ(フェラーリ)をぶち抜いて6位に上がる力強い走りを見せた。
実力としては下から1番目か2番目のアルファタウリのマシンで上位勢に次ぐ位置を走る角田の姿は、日本のファンのみならず世界中のF1ファンに強烈な印象を与えたはずだ。しかもペースは上々で、前のフェルナンド・アロンソ(アストンマーティン)についていって後続を引き離していった。
「1周目は自分のスキルをすべて使って攻めましたし、楽しみました。第1スティントは特にペースがよくて、アストンマーティンと同等のレベルで走れていたと思います。あの速さが今日のポイント獲得のカギだったと思います」
雨の予選は苦戦を覚悟のうえで、決勝がドライになると信じてダウンフォースを削った。それがピタリとハマり、決勝のペースは上々だった。
ライバルをしっかりと押さえて走る角田裕毅
レース序盤から後続勢が続々とピットインしはじめたため、まだタイヤが十分に保たせられていた角田もピットイン。アレクサンダー・アルボン(ウイリアムズ)にアンダーカットを許すかたちにはなったが、翌周のケメルストレートでアウトから並びかけてオーバーテイクを完了し、ストレートの速いアルボンに抑え込まれるリスクを排除することに成功した。
そのまま好ペースで走行する角田は、スタートからノンストップで走り続けるピエール・ガスリー(アルピーヌ)に追いついてオーバーテイクを果たした。
「彼にはいつもオーバーテイクされる側でしたけど、今回ようやくオーバーテイクできてよかったです。彼が去年くれた経験と知識に感謝していますし、彼がいなければ今の僕はいなかったので、感慨深かったですね」
レースは中盤を迎え、23周目にアルボンとガスリーがピットイン。これに対してアルファタウリは24周目に角田をピットインさせ、彼らのアンダーカットを阻止してポジションを守った。
1ストップ作戦のジョージ・ラッセル(メルセデスAMG)とランス・ストロール(アストンマーティン)に先行されるのは、マシン性能差を考えれば仕方のないことだが、翌周ピットインしたエステバン・オコン(アルピーヌ)もこの2台のうしろになり、角田は9位でレース終盤戦へと入っていった。
想定外だったのは、最下位まで後退していたノリスが小雨の降るたった5周の間に1周3〜5秒も速いペースで走り、ここだけで角田と比べて23秒もタイムを稼いだことだ。その後のペースは同等だったが、これで7位まで一気に浮上し逆転されてしまった。しかし、これは苦境のなかで雨という幸運をしっかりと結果につなげたマクラーレンの戦略の巧さであり、自分たちにどうにかできることではない。
最終スティントになると、後方からはソフトタイヤのオコンが角田より0.4秒速いペースで追いかけてきた。僚友ガスリーとアルボンを抜き、角田の背後へ。ただ、DRS(※)を使われても角田はストレート車速とエネルギー回生量の豊富さ、そしてターン5へのブレーキング時の巧みなポジション取りでオコンを押さえ続けていた。
※DRS=Drag Reduction Systemの略。追い抜きをしやすくなるドラッグ削減システム/ダウンフォース抑制システム。
【リカルドから見て学んだこと】完全にスリップストリームに入られた38周目のターン5でも、ブレーキングを完了してうまく抑えきったかに思われたが、そこからターンインでオコンがアウトから巧みにスピードを残してスペースにかぶせてきた。これに対して、角田は深追いせず、引いた。
「アルピーヌはかなり速かったですし、まだうしろにもガスリーが控えていたので、タイヤをできるだけセーブすることにしました。あそこは押し出すと5秒加算ペナルティを科される可能性もありえましたし」
タイヤマネージメントを考えろ──というのは、エンジニアからも指示されていた。ここで無理をせずタイヤをいたわったからこそ、後方を走るガスリーに追いつかれることなく走りきれたとも言える。
そしてなにより、あのスペインGPで周冠宇(ジョウ・グアンユー/アルファロメオ)を押し出したとして5秒加算ペナルティを科され、9位入賞を掴み損ねた苦い経験から、しっかりと学んで結果に結びつけることができた。
角田としては戦いたかっただろうし、戦える力もあっただろう。だが、その気持ちをグッと抑えて、ポイント獲得というもうひとつ先のターゲットに目を向けることができた。これは大きな成長だったと言える。
ブレーキトラブルで9位を失ったモナコGP、そしてペナルティで9位を失ったスペインGPからバランスを崩し、チームも角田自身も細かなミスが散見されるようになってしまった。シーズン序盤のマシン性能をすべて出しきったレースとは別人のようになってしまっていた。
その自分たちの姿と向き合い、改善し、再び完璧で「ファンタスティック」な角田が戻ってきた。チームもそれに応えた。
事実、レース中の角田はこれまでになく細かく、丁寧にタイヤの状況をエンジニアに伝え、エンジニアも角田に寄り添うように情報を伝え続けた。土曜のスプリントレース前には、予想される展開とそれに対する自身の希望や提案を伝えたりと、角田のコミュニケーションは明らかに変わっていた。
それは間違いなく、前戦ハンガリーGPでチームに加入したダニエル・リカルドの振る舞いを見て学び、成長したところだろう。
【夏休み明けは日本GPも目前】「シーズン序盤戦はうまくいっていて満足のいく内容でしたし、快適に走れてリズムを掴むことができていたと思います。でも、モナコGPとスペインGPの2戦連続で不運なかたちで獲れたはずのポイントを逃し、あそこからリズムが崩れてしまったんです。
苦戦していて改善しなければならない点が多々あるな、ということを認識しました。また、彼(リカルド)のチームでの振る舞いは僕と真逆だったので、そこから学ぶこともたくさんありました。
もちろんプレッシャーにもなりましたし、そのせいでここ数戦は少し焦りもあっていくつかミスも犯しました。だけど、シーズン前半戦最後のレースでようやくシーズン開幕当初のような状態を取り戻すことができました。簡単ではなかったですが、チームにとってもシーズン後半戦に向けて、いい後押しになったと思います」
角田としても、チームとしても、会心のレース。10位入賞と1ポイントという結果だけでなく、内容が最高だった。そしてなにより、自分たちはやれるんだ、ということをあらためて確認することができた。
F1は3週間の夏休みを挟み、そこから怒濤のシーズン後半戦に突入する。日本GP(決勝:9月24日)も目の前。改善の兆しが見え始めたマシンも、コンスタントに入賞を争っていくにはさらなる進化が必要だ。
後半戦へ向けて、ようやく取り戻した自信。角田が最後に無線でチームに呼びかけた言葉に、すべてが詰まっていた。
「このままプッシュし続けよう!」