意欲作がそろった夏ドラマ中でも、「VIVANT」の存在感はズバ抜けているが…(写真:「VIVANT」サイトより)

堺雅人さん、阿部寛さん、二階堂ふみさん、松坂桃李さん、役所広司さんにシークレットキャストの二宮和也さん。さらに林遣都さん、竜星涼さん、高梨臨さん、檀れいさん、濱田岳さん、小日向文世さんら連ドラ主演経験者をそろえたキャストは、まさに壮観。

加えてチーフ演出の福澤克雄さんは、「半沢直樹」を筆頭に「砂の器」「華麗なる一族」「南極大陸」「下町ロケット」「陸王」「ノーサイド・ゲーム」「ドラゴン桜」ら日曜劇場の名作を手がけてきた日本を代表するドラマ演出家。各局の強みを生かすような意欲作がそろった夏ドラマ中でも、「VIVANT」の存在感はズバ抜けています。

数字上は上々のスタートを切るも、不満の声も

夏ドラマトップの視聴率に加えて、第1話の見逃し配信再生数もTBS歴代最高の約400万回を記録。「局を挙げた大作」という前評判どおり、数字上の結果は上々のスタートを切りました。

しかし、その一方でネット上のコメントで少なからず目立つのは、「けっきょく逃げただけで終わった」「ストーリーがスカスカ」「誤送金とか架空の国の話でわかりづらい」などの物語に対する不満。さらに、同枠の前作「ラストマン―全盲の捜査官―」より視聴率が低いことや、同じ堺さん主演で福澤監督の「半沢直樹」と比べた盛り上がりの不足を挙げるウェブメディアの記事も散見されます。

ただ、これらの不満や盛り上がりの不足には、はっきりとした理由があり、それは決して後ろ向きなものではありません。むしろ前向きなもので、少しの誤解やミスによるところが大きいのです。

物語より「映像重視」の徹底した逃亡劇

まず「けっきょく逃げただけで終わった」「ストーリーがスカスカ」「誤送金とか架空の国の話でわかりづらい」などの物語に対する不満について。制作陣からしたら、これらの声は想定内であり、「おっしゃるとおりかもしれません」という感覚ではないでしょうか。


(写真:「VIVANT」サイトより)

そもそも「VIVANT」は、演出家の福澤監督が原作から手がけているように、「物語より映像重視」という感の強い作品。大量の車を豪快にぶっ壊し、テロリストの爆破を食らい、遊牧民にまぎれて逃げ、大使館の地下通路から脱出を図り、ラクダと果てしない砂漠を歩くなどの日本ドラマ史に残るであろうダイナミックな映像を楽しんでもらうことが前提の作品です。

一部で「字幕が多くて見づらい」という声も挙がっていますが、画面の小さいスマホでの視聴や、ながら見する人に合わせた作品ではないのでしょう。「他では見られないスケールの映像を大きな画面で楽しんでほしい」「字幕が苦手な人も映像で魅了しよう」というトライが感じられます。さらに言えば、小さな画面で見る人より、世界各国の人々に見てもらうことにプライオリティーを置いているのかもしれません。


(写真:「VIVANT」サイトより)

番組ホームページの“はじめに”には、「敵か味方か、味方か敵か―冒険が始まる」「前例のないエンタメが今夏幕を開ける!」「“限界突破!アドベンチャードラマ”始動!」と書かれていました。「冒険」「アドベンチャードラマ」は希少なジャンルであり、さらに「限界突破」することで「前例のないエンタメ」に昇華させるということでしょうか。

少なくとも「VIVANT」序盤の本質は、「逃げただけで終わった」「ストーリーがスカスカ」ではなく、「逃亡劇を徹底的に追求することで見たことのない作品にしよう」というスタンス。映像のスケールやハラハラドキドキの逃亡劇を見せて「凄い」「痛快」という感情につなげようとしている意図が伝わってきました。

だからこそ「どんな物語?」と聞かれても答えるのは難しい一方で、「どんなシーンがよかった?」と聞かれたら答えやすいのではないでしょうか。これまで福澤監督が手がけてきた作品は、池井戸潤さんの小説に限らず「善悪がはっきり分けられ、つねにヒリヒリとした戦いのムードを漂わせつつ、結末でスカッとさせる」という特色がありました。そんな時代劇にもたとえられた「正義が悪を成敗する」というわかりやすいベースが「VIVANT」の序盤にはありません。

テーマやゴールを伏せて考察を加速

確かに誤送金や架空の国の話は難解ですが、それ以前に「物語のテーマが何で、どんなゴールへ向かっているのか」をあえて伏せていることが「わかりづらい」という声につながっているのでしょう。

たとえば「半沢直樹」のように、「半沢が大ピンチを切り抜けて、週替わりの敵をクライマックスで倒して、みんなで盛り上がろう」という勧善懲悪の物語ではないのです。むしろ「VIVANT」は福澤監督自身、「誰が敵で誰が味方なのか、視聴者の予想を次々と裏切っていくエンターテインメント」と語っていました。むしろ物語のテーマやゴールを伏せるほか、謎を次々に提供して「考察で盛り上がってもらおう」という姿勢が感じられます。


(写真:「VIVANT」サイトより)

実際、「VIVANT」の意味を筆頭に、乃木憂助(堺雅人)の過去やもう1つの人格、なぜ警視庁公安部・野崎守(阿部寛)はあれほど乃木を守るのか、テロリストやCIAの関与はあるのか、役所広司さんと二宮和也さんが演じる親子との関連性など、謎が目白押し。主役級の人気者に加えて外国人の俳優も多いため、さまざまなキャラクターが裏切り者に見える面白さもあり、考察は回を追うごとに盛り上がるのではないでしょうか。公式X(旧名ツイッター)で「皆さんの今後の感想・考察、お待ちしております」と呼びかけるなど、制作サイドが意図的に仕掛けていることが、そのスタンスを裏付けています。

そのスタンスから「半沢直樹」のように扇情的な脚本・演出でわかりやすさを追求した作品とは違うことがわかるのではないでしょうか。ここまでの「VIVANT」は、「どんなジャンルのどんな物語か言いづらい」という感がありました。これがおおむね好発進ではあるものの、爆発的なロケットスタートにならなかった理由であり、誤算と言えるのかもしれません。

ただ、バルカ共和国から脱出して帰国し、丸菱商事に戻った乃木が「半沢直樹」のように、社内外の悪を成敗していく……という可能性もあるでしょう。また、池井戸潤さんの小説を贅沢に2冊ずつ使った「半沢直樹」のようなハイテンポな展開が盛り込まれたらネット上は盛り上がりそうです。

砂漠や動物の映像は「CG」の誤解

ネット上の声を見ていたとき最も驚かされたのは、モンゴルでの長期ロケで撮影した映像を「CG」だと思っている人が意外に多かったこと。


(写真:「VIVANT」サイトより)

実際はモンゴルに約250名のキャストとスタッフ、3000頭以上の馬、ラクダ、ヤギ、ヒツジなどを集めて、約1000キロを縦断しながら2カ月半にわたる長期ロケが行われました。ドラマに限らず日本のエンタメシーンでは前代未聞のスケールだけに、その挑戦や努力がうまく伝わり切れていなかったのなら残念です。

「VIVANT」は第1話の放送までほとんどの情報を伏せるという異例のPR戦略が採用されました。視聴者に明かされたのは、タイトル、出演俳優とスタッフ、モンゴルでのロケのみ。TBS局内でも秘密が徹底されるなどの情報管理が行われました。このPR戦略は、出演俳優の豪華さや福澤監督の実績に自信があるからこそ行えるものであり、「どんな作品なのか」という期待感を高める一定の効果は得られたでしょう。

しかし、秘密を徹底したことで、モンゴルでのロケが十分に伝わらなかった感は否めません。「そんなに凄いロケをしたことを聞いていたら見たのに」という人は少なくなかったのではないでしょうか。

また、スマホなどの小さい画面で見た人も同様に「事前に聞いていたらテレビで見たのに」という人がいたかもしれません。映像のスケールや努力の跡は、一度でもテレビ画面で見たらわかりそうなものだっただけに、この点はもったいなかった感があります。

先を見据えた日曜劇場と福澤監督

もう1つ、制作サイドがPR戦略で伝え切れていなかったのは、業界最長の約67年もの歴史を持つドラマ枠「日曜劇場」と、その第一人者である福澤監督が前例のないチャレンジをすることの凄み。予算面でハイリスクであるほか、精神・肉体両面での負担を考えると、なかなか他局にできるチャレンジではないでしょう。

その背景に感じられるのは、「国内の放送収入だけで稼げる時代は終わった。これからは海外を含めた配信でも稼いでいかなければいけない」「そのためにはNetflixなどの作品にも勝っていかなければいけない」という危機感。相変わらず国内のメディアは視聴率ばかりを報じていますが、国内屈指のドラマ枠と演出家は先を見据えているからこそ、リスク覚悟のチャレンジを選んだのではないでしょうか。

そんな「VIVANT」に唯一の懸念材料をあげるとしたら、脚本のクオリティー。もともと福澤監督のかかわる作品は、「演出主導でそれに脚本が合わせていくという傾向がある」と言われていました。決して脚本を軽視しているわけではないものの、「大物脚本家に1作丸ごと任せて書いてもらう」というケースはほぼなく、中堅の2〜4人で構成し、実際に今作でも4人の脚本家が名を連ねています。

ましてや、これまで原作のある作品が多かった福澤監督が初めて原作を手がける「VIVANT」は、脚本のクオリティーが未知数。プロデューサーも含め、演出で楽しませながら、脚本でもどのように引きつけていくのか。演出に力を入れた作品だからこそ、全10話の成否を分けるのは脚本なのかもしれません。主演級をそろえた豪華キャストの演技だけでなく、「日曜劇場と福澤監督の進化が見られるのか」も注目ポイントと言っていいでしょう。

(木村 隆志 : コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者)