先日、『野菜たっぷり! 夫婦ふたりの簡単大人ごはん』(扶桑社刊)を上梓した料理ブロガー・てんきち母ちゃんこと料理研究家の井上かなえさん。子どもが独立したあとの日々のごはんレシピに悩んでいる読者さんからは「今のわが家に必要な情報!」「大人世代に刺さる内容です」と共感をいただいているそう。今回はこの本をつくった経緯と、井上さんご夫婦の関係について伺いました。

元祖料理ブロガーてんきち母ちゃんが語る「夫婦ふたり暮らし」のリアル

現在51歳の井上さん。3人の子どもたちは成人し、そのうち長男、長女の2人はすでに家を出て、職場近くでひとり暮らしをしているそう。

――3人のお子さんのうち上の2人は巣立ったそうですが、末っ子のお嬢さんとはまだしばらく一緒に暮らせそうですか?

井上かなえさん(以下井上):はい。次女(20歳)は大学生なので卒業まではまだもう少しあります。ただ、ゼミやアルバイト、サークル活動、お友達との遊び…と毎日それはもう忙しくしていて(笑)。家には寝に帰るだけという日がほとんど。そんなわけで、6歳上の夫と2人きりだけで過ごすことが多くなってきました。

――久々の「ふたり暮らし」ですね。

井上:27年ぶりです。ここ数年、子ども同士が同じ年代の女性同士で集まると、必ず話題になるのが『この先に訪れる夫婦ふたり暮らしへの不安』なんです。ブログや新聞のエッセイにも書いていることなのですが、『子どもたちがみんなこの家から巣立ったあと、また2人になったときに今のままの夫婦の関係、しんどくない?』って思っていて。果たして自分たちはこのままでいいんだろうか、と子どもが1人、2人と家を出ていくに連れ、夫婦関係に悩むようになっていたんですね。

●知人夫婦のラブラブ話を聞くに連れ、わが家とのギャップを感じることも…

――意外です。ブログではご主人が井上さんの大ファンで、妻大好き夫と書かれていましたが…。

井上:それはそうなんですけど(笑)。以前、お仕事でご一緒させていただいた方から、結婚してからもう15年くらい経つけれど、旦那さんとめちゃくちゃ仲よしだという話を伺ったんです。お子さんはたしか小学校高学年くらいだったかな。『いまだに旦那さんのことが好きすぎて、彼を見ていて飽きないし、言動のすべてが本当にかわいいし、かっこいいと思うし、今でも全然圧倒的に好き!』と。とにかく旦那さんのことが好きすぎて、『かまってほしくて仕方なくていつもウザがられてます!』と幸せそうに語っているのを見て、もう…マジですか!と(笑)。

新婚ほやほやの時期や、お相手が情熱的な外国の方ならばともかく、子どもがいて結婚後も長年ずっと好きでいられるってすごいことですよね。そのときに思ったわけです。私は夫のことが嫌いなわけじゃないけど、たまにめっちゃ憎たらしいことがあるのは事実…。同居人であり、家族であり、かつて好きで結婚した相手ではあるのですが、今はそう…夫にとっては私はお世話係?という存在になっている気がして。たまに『なんで私ばっかりこんなにしんどいんだろう』とか、『もっと家事のできる人を選べばよかった』とか思いながらも、なんとかここまでやり過ごして来たわけなんです。

――井上さんが先回りして家事や料理をやってしまうタイプだということもありそうですよね。

井上:その上、私は『やってほしい』とはうまく言えないタイプ。言って相手の機嫌を損なうのであれば自分でやった方がラクだと思ってしまって。でも『あのときもあのときもあなたは手伝ってくれなかった! 私はワンオペだった!』といつまでも根にもっていてもなんの解決にもなりませんし、『それでは』と置き手紙をして出ていくようなことはしたくないんですよ。

●夫に変わってもらうために、妻ができること

井上:そこで、夫にちょっとずつ変わってもらえないかと試みました。これまで、夫はごはんの用意ができるまではソファーでテレビを見ているのみ。『ご飯できたよ』と呼ばれたら無言で食卓の自分の席に着き、お皿やお茶が並ぶのをただ待っているだけでした。そこで、まずは『自分でコップを出し、これに氷を入れて冷蔵庫のお茶を入れて食卓まで運ぶ』をやってもらうことに。

これまでは夫が先に席に着き、お茶が並んでいないことに気づき、私に「俺のお茶がないな」と声をかけてきていたのですが、これは私がまだキッチンにいるから声をかけるのだなと気づいたので、夫よりも先にさっさと席に着いてしまうことにしました。

『ごはんできたよ』と言われてからくる夫は、座ってから『あ! お茶がない』と気づくのですが、私はもう座ってしまっているので自分で入れに行くしかないんです。

これを繰り返すうち、ようやく席に着く前にお茶が用意されているかどうかを自分で確認し、なかったら入れてから席に着く、ということができるようになったんです。

●数珠つなぎでできる家事が増えていくと、夫も妻もうれしい

――これまでのことを考えると、大きな変化ですね!

井上:すごい進歩です。『お茶を入れるのは自分の役割』と認識するようになってからは、私がキッチンにいても自分のお茶は夫自身が入れるようになりました。

お茶を入れるようになると、冷凍庫の氷の残量がわかるので、少なければ製氷機に水を補充するようになりました。できることがもう1つ増えたわけです。最近ではコーヒーも自分で入れてくれるんです、なんと私の分までも! ついでにお菓子を添えてくれることもあって、うれしいです(笑)。これまで私がなんでも先回りしてやりすぎてしまっていたことを深く反省しました。

――家事が1つでも減ると少しだけ余裕が生まれて優しくなれますよね。これからの夫婦ふたり暮らしを楽しむために、どんなことを心がけていますか?

井上:暮らしている間に生じた小さなひずみは、知らぬ間に大きな隔たりとなり、徐々に会話はなくなります。夫婦がお互いに空気のような存在になると、それはいつしか『いなくてもいい存在なのでは』とも思うように。関係を改善するためには、自分で努力や工夫をしないといけないんですよね。やってほしいことはきちんと伝えたり、相談したり、共通の盛り上がれる話題を提供したりして、この先を過ごしていきたいです。感謝の言葉を互いに伝えることも大切だなと思っているので、折に触れてそんな機会を設けています。

――最後に新刊に込めた思いを教えてください。

井上:この本はブログ読者さんからのリスクエストで完成しました。わが家と同じように年齢を重ね、夫婦ふたり暮らしになってきた方はみなさん、ご主人のためだけにつくる料理にモチベーションが保てないのだと思います。

そして、年齢を重ねるごとに調理はよりシンプルに、手をかけなくてもいいところは省略、よりつくりやすい大人向けの料理へと、私がつくるものも変化してきました。あれこれおかずをつくらなくてもすむよう、1品で野菜とタンパク質が摂れる優秀なおかずがあればいいなと思って、そんなおかずを紹介する本をつくりました。子どもたちが小さなころはあまりつくれなかった、塩やしょうゆといったシンプルな調味料におだしやスパイスをきかせたおかずや、ゴーヤやピーマン、いんげんといったクセのある野菜を使ったおかず、香味野菜がたっぷり入っているもの。どれも煮るだけ、焼くだけくらいでとにかく簡単。そして、子どもに媚びない味が多数掲載されているので、きっとご夫婦で楽しんでいただけるはずです。

『野菜たっぷり! 夫婦ふたりの簡単大人ごはん』(扶桑社ムック)は発売中です。