サガン鳥栖が新設したポスト、GKダイレクターとは? 守護神を育てるのにも必要な「必然のディテール」
GWの連戦で、サガン鳥栖は横浜F・マリノス、川崎フロンターレに連敗を喫している。1試合少ない暫定順位とは言え、黒星先行で15位に低迷。その下には、柏レイソル、ガンバ大阪、横浜FCと、サッカーの内容でも危機的状況のチームしかいない。
「鳥栖のサッカーはよくなっているし、期待が持てる」という"査定"は、数字を踏まえたら的外れかもしれない。しかし、鳥栖は過去6シーズン、Jリーグの優勝を分け合ってきた二強に対し、真っ向勝負を挑み、ゴールに迫っている。そこには紛れもなく「サッカー」の匂いが濃厚に漂っている。
就任2年目になる鳥栖の川井健太監督は、プレーの優先順位や連続性を浸透させ、丁寧に大胆に仕組みを作り上げている。いくつかのポジションで選手が躍動し始め、自ら考えて選択、決断できるようにもなってきた。おかげでゴール前に迫り、チャンスも増えつつある。ゴールに結びつく確率はまだ低いが、そこまでの再現性はある。サッカーの濃度は高くなっている。
大もとを辿ると、"必然のディテール"が張り巡らされている。
このチームの戦術の始まりとなっているのは、リベロプレーができるGK朴一圭の存在だろう。川崎戦も「守備の陣形を崩しても敵陣内で、という戦いをしました」(川井監督)というハイラインを布いた後方をカバーし、攻撃を援護しながら、マルシーニョのカウンターを神がかったセービングで防ぎきった。攻守にわたる安定感はJリーグ屈指だ。
攻撃的なサガン鳥栖のサッカーをリベロプレーで後方から支えているGK朴一圭
今シーズンから、クラブはGK強化を重んじ、GKダイレクターという画期的なポストを作った。初代はイタリア人バッレージ・ジルベルト(過去に鳥栖でGKコーチ経験あり)で、ユース年代も含めた鳥栖のGK部門をカバーする。GKコーチとは別で、プレーのアドバイスももちろんだが、メンター的存在になることで、GKの不安解消やモチベーションの向上に役立っている。
「GKグループ」
クラブ内では、そういう言い方でGKの力を結集しようとしている。
【「朴一圭のプレーもよくなっている」】
GKダイレクターは、Jリーグだけでなく、世界でも異例だろう。そんななかで、FCバルセロナはGKに徹底的なリベロプレーを求める特殊性もあるため、育成年代のGKダイレクター職があって、一貫性を担保している。今回の鳥栖も、通底したプレー規範でトップまで昇格できるGKを育てる狙いだ。
「GKダイレクターが世界基準を示せるようになって、パギ(朴)のプレーも確実によくなっている」と首脳陣が言うように、現在の補強と未来の育成をつなぐ企画と言える。
「攻められるなら、決定的シュートを止めることでアピールになるし、自分たちが攻めるなら、どんどんパスを散らして攻撃を組み立ててと、全部ポジティブに考えています」
そう語る朴は、今シーズンも1試合で2度、3度とビッグセーブをやってのけている。
「試合では手ごたえを感じていて、あとは(攻撃のところで)誰が"最後のひと刺し"をやってくれるのか。拮抗した試合をものにするには、やはりそこは必要ですね。ミーティングでも、クロスの入り方のところは、こぼれ球のところも詰めていけるのか、強いチームの選手はどんどん入ってくるので、それができるようになってくれば、上にいけるはずです。今はうしろから見守る"お父さん"の気分ですかね(笑)」(朴)
川井監督招聘にも大きく関わった小林祐三スポーツダイレクターが、GKダイレクターのポスト新設も推進した。まだ30代の彼を中心に、選手もスタッフも正しい査定を受け、恵まれた仕事環境を手にし、モダンなクラブに生まれ変わりつつある。今はディテールの積み上げ中だ。
横浜FMには1−3で敗れたが、選手は勇敢さを見せ、互角の戦いだった。王者に対して撃ち合い、「もしこのシュートが入っていたら......」という瞬間が何度もあった。1−0で敗れた川崎戦も、前半はほとんど相手陣内に押し込んでいた。「敵陣で戦っている限りは攻撃」という鳥栖のロジックに従えば、カウンターも折り込み済みで、狙いどおりだった。
「健太さんの言葉は的中するし、サッカーも面白い」
鳥栖は多くの選手が、ピッチに立つことに幸せを感じている。それはクラブが求める風景でもある。あとは勝利に結びつけられるか。横浜FM戦は、ブラジル人アタッカーたちのゴールに対する執念と腕力に後手に回ったのも現実だろう。川崎戦も後半開始とともに大島僚太の投入でどんどん前にパスをつけられ、混乱を収拾できないまま失点を浴びた。
「悪くはない内容ですけど、それで選手が満足してもいけない」
川崎戦後、ゲームキャプテンである小野裕二の言葉は、正鵠を射ていた。
「一度できれいに攻め崩してゴール、というのは難しい。もっと攻撃に厚みを持って、どんどん人が入って攻められるようにしないと。マリノス戦はそれができていたから、シュートまで持ち込める回数も多かったんだと思います。鳥栖は真面目でおとなしい選手が多いですが、勝負のところはもっと迫力を見せられるように......」
川崎戦はもっと崩しきって、人が湧きあがる展開に持ち込めていたら、シュートチャンスも増えただろう。
「人で解決するのではなく、グループとして戦いを挑む」
それが経営面も踏まえたチームコンセプトだが、結局は個人に行き着く。
小野のゼロトップに近い形は最善の策だが、新エースと目されたストライカー、富樫敬真のケガによる戦線離脱は計算外か。スペックを考えたら覇気が足りない選手もいる。チームの礎ができつつあるなか、誰が殻を破るのか。川崎戦は後半途中出場の堀米勇輝が右から左へパス交換をしながらプレーの渦を作り、ラインを完全に破るパスを出し、可能性を感じさせていた。
次戦は5月10日、アジア王者になった浦和レッズと敵地での対戦だ。