奥野一成のマネー&スポーツ講座(31)〜分散投資のすすめ(前編)

 野球部の顧問を務めながら、家庭科の授業で生徒たちに投資について教えている奥野一成先生から、経済に関するさまざまな話を聞いている3年生の野球部女子マネージャー・佐々木由紀と新入部員の野球小僧・鈴木一郎。実際に株式投資の経験がある先生の話は、ふたりの株式投資への興味をかきたてるとともに、ふだんの生活や考え方にもあてはまることがしばしばだ。

 前回は「投資と情報の関係」、前々回は「投資と時間の関係」についての話を聞いたわけだが、ふたりがひっかかったのは「自分の財産を守れるようなチームを編成する」という話だった。

由紀「『チームのメンバーをドタバタ変えたら試合にならない』『成果が出るまで見守ることも必要』とおっしゃっていたわ」
鈴木「『なるほどな』と思ったんだけど、そもそもどういうメンバーを選べばいいのかな、と。うちの野球部でいうと、だいたいいつも同じメンバーで試合をやるのは、部員がそんなに豊富にいるわけではないという理由だし......」
由紀「それはそうだけど、一方で先生は、貯金と株式とか、円とドルとかに資産を分けてチームを編成するともおっしゃっていたじゃない? これって結構、野球にもあてはまると思ったの。ホームランが打てるような強打者も必要だし、パワーがなくても足が早い選手も必要。チームって、いろいろな人が9人いて成り立っているじゃない」
鈴木「大谷翔平が9人いたら、それはそれですごいチームだと思いますけど」
由紀「そんなこと、あり得ないでしょ」

「たとえばこんな試合も考えられるよね」と、奥野先生が会話に入ってきた。

奥野「相手の投手が剛速球の持ち主で、味方の強打者たちも手が出ない。そんな時、つまったサードゴロでも内野安打にできる快足の持ち主や、粘って粘って四球を選べる選手がいると、チャンスが生まれると思わないかい?」
鈴木「あるある!」
由紀「投資でも同じようなことが考えられるんでしょうか」

【分散させるメリットとは?】

奥野「僕たちにとって関係の深い野球で話をしてみようか。

 野球は9人で1チームだけど、9人全員、足が速くて、肩が強くて、強打者であるなんてことはない。俊足だけれども、肩があまり強くない選手もいれば、打撃は上手だけれども、それほど足が速くない選手、打撃はからっきしダメだけれども、投手としてのセンスがある選手など、選手としての得手不得手は皆、バラバラだよね。これが集団スポーツの面白いところで、お互いの欠点を、お互いの利点で補い合うことによって、チームとしての総合力を高めることができる。それと同じことが、投資にもあてはまるんだ。

 投資の世界では、『いい会社』に投資することが大事なんだけど、だからといって投資した5社が全社、自動車メーカーだったりしたら、それは『強打者だけれども、全員守備に穴がある』な選手だけでチームをつくっているようなものになっちゃう。だから、自動車メーカーもあれば、商社もあり、コンビニエンスストアや半導体メーカー、通信会社もあるというように、さまざまな業種に分けて、それぞれの業種で『いい会社』を探し、分けて投資するようにする。これが分散投資の基本になるんだ』

鈴木「分散させると、どんなメリットがあるんですか」
由紀「いろいろな企業に投資するよりも、1企業で勝負したほうが効率的な気もするんですけど」

奥野「由紀さんが言うように、株価が必ず上がる企業がわかっているならば、ひとつの企業だけ持つのが最も効率的なんだけれども、それがわかれば誰も苦労しない。そもそも東京証券取引所に株式を上場している企業の数は、2023年4月時点で3885社もあるんだ。ここから、一番値上がりする企業をひとつだけ選び出すなんて、絶対に無理と言ってもいいくらいなんだよ。

 だから、1企業だけに投資資金を集中させるのではなく、たとえば500万円の資金を株式投資に回すなら、1企業100万円ずつ5企業に分散させる。そうすれば、5つの企業のうち2つの企業の株価が値下がりしたとしても、残りの3つの企業の株価が値上がりすれば、損失額を小さく抑えることができるし、場合によっては5企業全体で見て利益を得ることも可能になるかもしれない」

【値動きの方向性が異なるものの組み合わせを】

奥野「複数の企業に分散投資すると、5企業のポートフォリオ(金融商品の組み合わせ)全体の評価額が上昇することだって、十分に考えられるんだ。企業Aが10%下落しても、企業Bが15%値上がりすれば、企業Aと企業Bを組み合わせたポートフォリオのリターンは確保できる。

 もちろん、企業Bだけに集中投資すれば、15%のリターンが得られたわけだから、分散投資は効率が悪いように思えるかもしれない。

 でも、選んだのが企業だけだったりしたら、10%も値下がりしてしまうことになる。この場合、企業Bにも分散させたおかげで、プラスのリターンが得られたと考えることもできるんだ。現実に、企業Aを選ぶ可能性もあるわけだから、1企業だけで投資するのは、まさに「勝負」することと同じになってしまう。これは、長期的な資産運用においては、あまり相応しくない投資法といってもいいだろうね。

 分散投資の効果を高めるためには、AとBのように値動きの方向性が異なるもの同士を組み合わせることが肝心なんだ」

由紀「でも、1企業への集中投資がダメだから分散させるといっても、何社に分散すればいいんですか」
鈴木「分散するものを増やせば増やすほどリスクはなくなると考えていいんでしょうか」

奥野「投資の世界で言うところの『リスク』とは、リターンのブレを指しているって、前にも説明したと思うんだけど、覚えているかな。

 だから、鈴木君が言っているのは、たくさんの企業に分散するほどリターンのブレがなくなるかというのと同じことになるんだけど、『リスクがなくなる』ことは基本的にないと言っていいだろうね。

 たとえば日経225平均株価は225企業、東証株価指数(TOPIX)に至っては東証プライム市場上場全企業の1836の企業を用いて算出される株価インデックスなんだけど、TOPIXの値動きを追っていくと、案外、大きく動くこともあるんだ。1836の企業ってかなりの企業数なんだけど、それでも値動きはある。だから、どれだけたくさんの企業に分散したとしても、リスクがなくなることはないんだ。

 じゃあ、どのくらいの企業に分散すればいいのか、という由紀さんの質問に対する答えなんだけど、1000企業に分散するのも、1836企業に分散するのも、実は得られる分散投資効果はほとんど変わらないんだ。

 もちろん、まったく変わらないわけではないんだけど、分散投資による効果が薄れていくんだ。

 たとえば,投資する企業数を1から2に増やした時、非常に大きな分散投資効果が得られて、リスクが減る。2企業を3企業にすると、1企業を2企業にした時よりは効果が若干薄れるものの、それでも結構な分散投資効果が得られて、やはりリスクが減る。さらに10企業、15企業、20企業というように分散する先を増やしていくと、徐々に効果は薄れていくとはいえ、やはり分散投資効果は得られる。

 このように、分散させる企業数を増やすほど、分散効果は得られるんだけど、その効果は徐々に薄れていき、たとえば1000企業を1001企業に増やしても、効果がほとんど得られなくなるんだ。つまり、ある一定数を超えると、どれだけたくさんの企業に分散したとしても、ほとんど何も変わらなくなるというわけ。

 じゃあ、最も分散投資効果が得られる企業数は、ということになるんだけど、これは投資の教科書にも書かれていて、だいたい30銘柄なんだ。30社まで分散させられれば、分散投資効果の大部分を取ることができるというわけ。

 個人で株式に投資する場合、30社でも多いし、その分だけ投資金額も大きくなるから、これだけの企業に分散投資するのはなかなか難しいかもしれないけど、ひとつの目安として覚えておくといいかもしれないよ」

【profile】
奥野一成(おくの・かずしげ)
農林中金バリューインベストメンツ株式会社(NVIC) 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)。京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2014年から現職。バフェットの投資哲学に通ずる「長期厳選投資」を実践する日本では稀有なパイオニア。その投資哲学で高い運用実績を上げ続け、機関投資家向けファンドの運用総額は4000億を突破。更に多くの日本人を豊かにするために、機関投資家向けの巨大ファンドを「おおぶね」として個人にも開放している。著書に『教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』『投資家の思考法』など。