4月29日の織田記念陸上男子100mは、右膝の手術をして昨年は休養し、1年7カ月ぶりの復帰戦となった山縣亮太(セイコー)と、昨年の日本選手権以降は9カ月弱休養し、今年3月にオーストラリアで再始動した桐生祥秀(日本生命)の今季国内100m初戦として注目されたが、そのふたりを抑えてグランプリ初優勝を果たしたのは、19歳の柳田大輝(やなぎた・ひろき/東洋大)だった。


雨のなかの男子100m決勝で接戦を制した柳田大輝

 朝から雨で気温は16〜17度という難しい気象条件になったレース。12時45分からの予選では第1組で桐生と山縣がいきなり対決し、桐生が追い風0.5mの条件のなかで中盤から抜け出して10秒29で1位になり、山縣は10秒48の5位でB決勝進出も逃す結果になった。

 続く第2組では10秒12の自己ベストを持つ楊俊瀚(チャイニーズタイペイ)が10秒21で1位、柳田は第3組で、10秒32の2位で通過。15時20分からのA決勝は順当なら、桐生と楊の優勝争いになるかと思えた。

 だが、雨が強くなるなかの決勝で先手を取ったのは8レーンの柳田だった。「スタートは最近のなかでは一番いい形で切れたと思ったし、中盤で顔を上げた時には周りに誰も見えなかったので勝てると思った」と本人が言うように、少し抜け出す形になった。だが後半は勝ちを意識してか「ちょっとバラついてしまったなという感じ」と、ゴール前では内側の選手たちに追い込まれた。

 それでも楊の追い上げを10秒25の同タイムながら0秒002差で交わして競り勝つ強さを見せた。3位には東田旺洋(関彰商事)、4位は竹田一平(スズキ)、5位は10秒29の桐生という混戦を制したのだ。

 小学生の頃から陸上を始め、全国中学では走り幅跳びで優勝し、100mは2位と頭角を現し、地元群馬の東京農業大学第二高校に進学すると、1年でインターハイ走り幅跳び4位になり、国体少年Bでは優勝していた柳田。コロナ禍の2020年には8月のセイコーゴールデングランプリ100mの高校生特別枠で出場して、予選で高校歴代6位の10秒27を出し、決勝でも多田修平や小池祐貴(ともに住友電工)に先着する5位になって注目を集めた。

 さらに日本選手権にも初出場して7位になると、翌21年5月には若手で構成した世界リレー代表になり、4走を務めるとブラジルとガーナの失格もあり、15年大会以来の銅メダル獲得の快挙を果たした。

 そのあとの21年日本選手権は前年と同じ7位ながら、準決勝では高校歴代2位の10秒22をマークし、東京五輪の4×100mリレーの補欠登録となり、代表チームと行動を共にした。

 そして東洋大に進んだ昨年、5月の関東インカレでも10秒19で優勝すると、6月の日本選手権では準決勝で自己記録を10秒16に伸ばしたあと、決勝ではサニブラウン・ハキーム(タンブルウィードTC)と坂井隆一郎(大阪ガス)次ぐ3位になって世界選手権リレー代表入り。

 初の大舞台だった世界選手権は4走を務めた予選を4位でゴールしたものの、2〜3走のバトンミスで失格という結果になったが、その直後の世界ジュニアでは準決勝で10秒15の自己新を出した。4×100mリレーは、ジャマイカと同タイムの39秒35ながら競り勝って優勝と結果を残している。

 昨年の日本選手権で3位になった時には、6位だった桐生が「そろそろ世代交代ですね、と言ってくるんですよ」と苦笑していたほど強気でもある柳田。今季は単独で渡米して4月15日のマウントサックリレーをシーズン開幕戦にし、ファイナル2(トップ選手はファイナル3)で10秒35の4位になってきたばかり。

「レベルの高い試合だったのはもちろんですが、日本語が通じないなかで食事をしたり、受付をしてゼッケンをもらいに行ったりとか。そういうこともほぼひとりでやったので、本当に新しい発見というか、初めての経験ばかりで楽しかったです」

 この冬はウエイトトレーニングの質を上げたことで、筋力がついてきているのも実感している。春先の合宿では筋肉の使い方がうまくいかずバランスを取れていなかったが、今はそれも解消してきて「スタートからしっかり力を発揮できるようになってきて、トップスピードも上がってきたと感じている」と手応えを口にする。

 さらに「いい条件で走れば、自己ベストももうすぐかなと思います」と明るい表情で話す。

 次の目標は、「世界大会に個人種目で出場する」こと。そのためには10秒0台はもちろん、その先には今年の世界選手権や、来年のパリ五輪の参加標準記録でもある10秒00の突破も必須になってくる。今回の勝利で柳田はその記録が夢ではなく、目指していかなくてはいけないものだと強く自覚したはずだ。