子宮頸がんの予防に有用なHPVワクチン。実は男性にも効果があるとのことです(写真:Xeno/PIXTA)

「息子にHPVワクチンを打たせるべきでしょうか」

このような質問を受けることが増えた。とくに今春、息子が大学に進学した母親から聞かれることが多い。そこで本稿では、男性へのHPVワクチン接種について解説したい。

その前に、まずはHPVワクチン開発の歴史をご説明しよう。

HPVとはヒトパピローマウイルスのことだ。性交渉によって感染し、子宮頸がんを引き起こすことが知られている。

国立がん研究センターのがん情報サービスによれば、子宮頸がんは年間に1万879人(2019年)が診断され、2887人(2020年)が亡くなっている。5年生存率は76.5%(2009〜2011年)だ。

この病気が厄介なのは、30〜40代の女性の発症が多いからだ。子育て世代を直撃する。かつて、「マザーキラー」と呼ばれていた由縁だ。

子宮頸がんは古くから性行為が関係すると考えられてきたが、HPVの感染によって発症することを解明したのは、ドイツのハラルド・ツア・ハウゼン博士だ。2008年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。

がんの原因となる感染症を防ぐ

がんの原因が感染症なら、感染を予防すればいい。世界の製薬企業がワクチン開発に乗り出した。ただ、これはなかなか成功しなかった。

麻疹や風疹のような激しい炎症症状とともに病原体が排除されるものと違い、HPVは感染してもほとんど炎症を起こさず、感染が慢性的に続く。こういう病原体は、ワクチンを作りにくい。エイズの原因となるHIVや、C型肝炎ウイルスなども同じ状況だ。

この状況を克服したのがアメリカ・メルク社だ。アジュバントという特殊な化合物を添加し、HPVに対する免疫を引き起こすことに成功した。2006年、アメリカ食品医薬品局(FDA)は、同社が開発したHPVワクチン、ガーダシルを承認した。翌年、欧州でイギリス・グラクソスミスクライン社が開発したサーバリックスも承認される。

HPVには複数のウイルスの型があり、ワクチンもそれに合わせてガーダシルは 6、11、16 および18型、サーバリックスで16、18型の感染を防ぐ。

日本では2009年にサーバリックスが、2011年にガーダシルが承認されている。予防接種法に基づく法定接種の対象となり、小学6年生〜高校1年生の女性を対象に公費接種が実施されるようになった。

ところが、副反応騒動が起こる。その後の迷走はご存じのとおりだ。2012年には欧州医薬品庁(EMA)、2013年には、世界保健機関(WHO)の諮問機関である「ワクチンの安全性に関する諮問委員会」が安全性を保証する声明を出している。いずれも、日本での騒動を念頭においた対応だ。

日本が迷走している間に、世界は進んだ。性交渉前の年代の女性への接種で、子宮頸がんを激減させることがイギリスや北欧から報告された。2021年12月にはイギリスのキングス・カレッジ・ロンドンなどの研究チームが『ランセット』誌に発表。その研究では12〜13歳に接種した女性は子宮頸がんを87%、前がん病変を97%減らすと推計している。

HPVワクチンの効果は、接種していない者にもおよぶこともわかっている。

2012年7月、アメリカ・シンシナティ子ども病院の医師たちは、シンシナティ市内の若年女性のHPV感染率は、ワクチンが標的とする4つの型に関する限り、非接種者でも49%減っていたと報告している。一定以上人が免疫を持つことで、他の人への感染が予防できる集団免疫効果が示唆されたことになる。

厚労省によれば、2019年時点でのわが国のHPVワクチン接種率(3回接種完了)は1.9%だ。確たるエビデンスもなく、安全性に対する懸念をあおったメディア、一部の医師には猛省を求めたい。

HPV関与の頸がん以外の「がん」

実は、HPVが関与する悪性腫瘍は子宮頸がんだけではない。

腟がんの70%、陰茎がんの50%、肛門がんの80%、咽頭がんの25〜60%はHPV感染が関与することが明らかになっている。陰茎がんは男性のがんだし、咽頭がんも、もっぱら男性に起こる。ちなみに、性器やその周辺だけでなく、咽頭にも感染するのは、オーラルセックスのためだ。

HPVワクチンが開発された当初、女性のHPV感染を防ぐために、男性も接種すべきという意見はあった。今、世界では、男性をがんから守るためにHPVワクチンを接種しようという意見が主流となっている。

では、HPVワクチンは男性にも効くのだろうか。どうやら、男性においてもHPVの感染を予防しそうだ。2009年10月、アメリカFDAは9〜26歳の男性に対して、外陰部や腟にイボができる陰部疣贅(ゆうぜい) の予防目的にHPVワクチンのガーダシルを承認している。

2017年6月、アメリカ・ウォマックアーミーメディカルセンターの研究チームが、『米医師会誌(JAMA)腫瘍版』に発表した研究によれば、ワクチンを打った男性では、陰茎のHPV感染が75%減少していたという。

HPVワクチンは、男性の一部のがんも予防するようだ。2011年11月には、男性の同性愛者における肛門の前がん病変を半減させたという臨床研究が、アメリカ『ニューイングランド医学誌(NEJM)』に報告されている。この臨床研究を受けて、アメリカFDAは9〜26歳の男女に対して、肛門がんや関連する前がん病変などの予防目的にガーダシルを承認した。

HPVワクチンの口腔・咽頭感染への影響については、まだコンセンサスはない。メルク社は、2020年2月から6033人を対象に、後述する「ガーダシル9」が口腔や咽頭の感染を予防するか検証する第三相臨床試験を実施中だ。

頭頸部がんの予防は重要だ。アメリカ政府は事態の重大性を鑑み、臨床試験でがんの予防が証明されるのを待つことなく、2020年6月、頭頸部がんの予防に対して、「迅速承認制度」という仮免許の形で承認した。現在、メルク社が臨床試験を実施中だが、希望するアメリカ国民は接種可能だ。

余談になるが、HPV感染は思わぬところにも影響しているようだ。

まだ十分なデータは出揃っていないが、男性不妊との関係も報告されている。詳述しないが、HPVウイルスが精子表面に結合し、精子の運動能などに影響することや、すでに感染した患者でも、HPVワクチンを接種することで、精液への感染を減らすことができたという研究が発表されている。今後、この領域の研究が加速するはずだ。

世界は男性への接種を推進

話を戻そう。世界は男性に対するHPVワクチン接種を推進している。

2011年10月にはアメリカ疾病対策センター(CDC)、2012年2月にはアメリカ小児科学会が男児への接種を推奨し、北欧やイギリスとともに定期接種として接種を進めた。この結果、青少年の接種は進み、2013〜2018年の間に18〜26歳の男性の接種率は8%から27%と、女性(54%)の半分まで上昇した。

HPVワクチンの改良も進んでいる。メルク社は、HPV-6、11、16、18型の4つの型を標的としていた従来型のガーダシルを、HPV-31、3、45、52、58の5つの型にも有効な「ガーダシル9(日本名シルガード9)」を開発した。2014年12月、FDAに承認されている。

同社は、ガーダシル9の適応拡大を進め、2018年10月には、アメリカで27〜45歳の男女への接種も承認されている。約3200人の27〜45歳の成人を対象に実施した同社の治験で、子宮頸がん、子宮頸部前がん病変、外陰・腟前がん病変、陰部疣贅などを88%予防したという。既感染者に対しても一定の効果が期待できる。

世界は、接種率をさらに向上させるために、さまざまな研究を進めている。例えば、2018年にアメリカ・ルイビル大学の研究チームが『パピローマウイルス・リサーチ』誌に発表した研究によれば、若年世代のワクチン接種には、親の態度(オッズ比5.32倍)、ワクチンの無料化(同1.90倍)が影響すると報告している。

このような研究を基に、親への啓蒙活動を強化するとともに、ワクチンの公費負担を進める議論が進んでいる。極めて合理的な対応だ。

このような研究が進むのは欧米だけではない。男性大学生のHPVワクチンの認知度が低く、ワクチンを打とうとしないことを問題視した論文が、中国やサウジアラビアなど世界各国から大量に発表されている。

では、日本はどうか。厚労省は2020年12月に、男児に対する4価のガーダシルの接種を承認した。適応は肛門がんと尖圭(せんけい)コンジローマの予防だ。最新の9価ワクチンは男児に対して未承認だが、咽頭がんなどを起こしやすいHPV-16型をカバーする。

アメリカではすでに4価のガーダシルは市販されておらず、男児にもガーダシル9が接種されている。

日本では、9歳以上の女性に対してはすでに承認されているが、男性に対しては未承認だ。現在、メルク社の日本法人であるMSD社が、2020年11月から16〜26歳、2021年5月から9〜15歳の男性の第三相臨床試験を開始しており、現在、進行中だ。このあたりも、日米では大きな差がある。一刻も早い承認を期待したい。

男性の接種は自己負担で5万円

日本の問題は“ガーダシル9が使えないこと”だけではない。お金の問題も深刻だ。女性への接種と違い、男性への接種は法定接種の対象となっていないため、費用は自己負担で、多くの医療機関で3回接種の費用は約5万円となる。これでは、多くの家庭が接種に躊躇するだろう。

政府は一刻も早く法定接種に加えるべきだが、それには時間がかかるだろう。当面、私は、保護者や大学生から相談を受けると、接種を勧めている。それは、高額だが、5万円でがんから身を守ることができるからだ。日本人の初体験の平均年齢は男女とも約20歳という。大学生になると性交渉の経験が増える。つまり、HPV感染のリスクが増える。大学入学時にHPVワクチンの接種をお勧めしたい。


2020年12月に男児に対する接種を承認した4価のガーダシル(写真:MSD提供)

(上 昌広 : 医療ガバナンス研究所理事長)