三笘薫のもうひとつの魅力が浮き彫りに ブライトンはFAカップ敗退も好機を演出していた
マンチェスター・ユナイテッド対ブライトン。プレミアリーグの現在の順位に置き換えれば4位対8位の試合である。勝ち点では59対49の差になるが、このFAカップ準決勝の内容に、その差はなく、全くの互角だった。0−0、延長PK(7−6でマンUの勝利)は内容に合致した結果と言える。
舞台となったウェンブリーは、言わずと知れたサッカーの母国イングランドを代表するサッカーの殿堂、まさに聖地である。
2003年に取り壊された旧スタジアムでプレーした日本人選手は存在した。1995年に行なわれたアンブロカップという冠大会に出場した当時の日本代表=加茂ジャパンの面々で、地元イングランドを相手に2−1で敗れている。スコアこそ1点差ながら、試合内容は一方的だった。
ボール支配率は68対32を示した。日本の攻撃は可能性の低いカウンターに終始した。分不相応な場所でプレーさせていただいたという感じで、取材者としても気恥ずかしい思い出がある。
クラブチームに所属する一個人としてここでプレーした日本人選手はドルトムント時代の香川真司(2017年のチャンピオンズリーグ、トッテナム戦)。今回の三笘薫がふたり目となる。
FAカップ準決勝マンチェスター・ユナイテッド戦にフル出場した三笘薫(ブライトン)
惜しいチャンス、決定的なチャンスも数多く、0−0というスコアから考えられる限りにおいて最上位にランクされるエンタメ性に溢れる熱戦だった。何より貢献していたのは両軍GKのハイクラスの美技で、そうした意味では日本ではまず拝むことができにくい種類の0−0だったと言える。PK戦の結果、敗れたのはクラブの格で劣るブライトンだったが、勝利していたとしても番狂わせが起きたというムードにはなっていないはずだ。
ブライトンはいつものように、センターバック(CB)の2人(ルイス・ダンク、アダム・ウェブスター)と守備的MFの2人(モイセス・カイセド、アレクシス・マクアリスター)で四角形を形成。最終ライン付近で"偉そうな"ボール回しができていた。相手を呼び込むようにそこでパスをつなぎ、ビルドアップの基盤を作った。
【呪いにかからなかったマンUの右SB】
たいていのチームがそうであるように、マンチェスター・ユナイテッドも、ある種、変態的なそのパス回しの呪いにかかるように、ペースを乱されることになった。支配率でブライトンに上回られる不快感のようなものを最後まで漂わせながら、プレーしていた。
だが、三笘が対峙したコンゴ出身のイングランド人の右SB、アーロン・ワンビサカは例外で、その影響を受けていなかった。三笘と1対1になっても落ち着いていた。なぜか三笘の仕掛けるモーションと波長が合っていて、逆を取ろうと試みても乗ってこない。縦を取ろうとしてもタイミングを合わせてついてくる。アワを食うことはなかった。
となると、選択肢はカットインか、折り返しを狙い、走り込んでパスを受けるかのどちらかになる。
開始6分。三笘がドリブルでカットインすれば、援軍として駆けつけた相手の右ウイング、フランス代表のアントニー・マルシャルに倒され、FKのチャンスを得る。あと50センチ侵入すればPKという惜しいシーンだった。
30分にはエクアドル代表の左SBペルビス・エストゥピニャンとのコンビネーションで最深部に走り込み、マイナスの折り返しを鮮やかに決めた。
さらにその2分後には再びカットインを試みる。ワンビサカの反則気味のタックルに潰されるも、そのこぼれ球を拾ったパラグアイ代表の19歳、フリオ・エンシーソが、あわやという際どいシュートを放ち、マンチェスター・ユナイテッドを慌てさせた。
絶好のチャンスが巡ってきたのは後半10分。ブライトンのキャプテン、ルイス・ダンクの縦パスが左サイドを走る三笘の鼻先に送られる。併走するワンビサカに走り勝ち、優位な態勢で1対1に及んだ。縦抜けを図る絶好のチャンスだった。しかしワンビサカは、時間が経過しても三笘のリズムに波長が合っていた。タイミングよく身体を合わせ、三笘からボールを奪っていった。
そこからしばらく、三笘にはボールが回らなくなる。後半31分にはミスも犯す。こぼれ球を拾い、ドリブルを開始した矢先、相手に引っかけられ、奪われる。ブライトンの守備陣は逆モーションとなり、ピンチを招いた。
【常時、チームの役に立っていた】
しかし、ロベルト・デツェルビ監督は、それでも三笘を延長戦の最後までフルタイム出場させた。縦に抜けなくても、ミスをしても、プレーする機会が少なくても、腐ることなく平常心を維持していたからだ。
勤勉、忠実、真面目。そのうえ熱くならず、顔色ひとつ変えずクールに飄々とプレーした。感情を爆発させるなどして、ムダなエネルギーを消費することがないのだ。ドリブルが得意なウインガーと言えば、概して感覚派でムラッ気が多いものだ。三笘にはそうした負の要素がない。頭は常に冴えている。冷静だ。
マイボール時のみならず、相手ボールにもキチンと的確に反応できる。試合が90分から120分の戦いに延長されても、常時、チームの役に立っていた。舞台がウェンブリーで、相手がマンチェスター・ユナイテッドであっても、そのスタイルを貫くことができる。三笘のもうひとつの魅力が浮き彫りになった試合でもあった。
三笘にこの試合最大の得点機が訪れたのは延長後半8分だった。中央で右ウイング、ソリー・マーチからパスを受け、ダブルタッチで相手をかわすと、その足でドイツ人MFパスカル・グロスに縦パスを送り、リターンを受けた。ゴール正面、マンチェスター・ユナイテッドのGKダビド・デ・ヘアと瞬間、1対1になった。トラップが決まればゴールと思われた瞬間、右足のタッチが流れ、チャンスを逸した。
PK合戦もまた、両軍7人目のキッカーまで及ぶ熱戦だった。外したのはブライトンの7番目、マーチで、三笘が登場する前に勝敗は決着した。三笘に先に蹴らしていればと思わずにはいられなかった。三笘には余力があった。マーチに試合中の活躍度では若干劣ったが、冷静さでは勝っていた――そんな印象を抱くほど、このFAカップ準決勝は紙一重の接戦だった。