山梨学院の初優勝で終わったセンバツ開幕4日前の3月14日、京都府にある立命館宇治高校のグラウンドを訪れると、高校野球では珍しい光景が広がっていた。春の甲子園を控える慶応高校と立命館宇治が練習試合を終えた直後、両校の選手たちがポジション別に分かれて輪をつくり、"感想戦"を繰り広げているのだ。


試合後に行なわれる選手同士の交流もリーガ・アグレシーバの大きな特徴だ

【全国の約130校が参加】

「打席でどんな意識をしている?」(立命館宇治の選手)

「あまり意識しすぎず思いきり振り、2ストライクになったらポイントを近くにして打つよ。2番バッターなので」(慶応の選手)

 将棋の棋士が対局後に互いの狙いを語り合って向上に生かすように、野球でも投手、捕手、内野手、外野手ごとに会話をしていたのだ。興味深いのは、見学に訪れた大阪府立旭高校の選手たちも一緒に輪に混ざっていたことだった。

「アフターマッチファンクションと言って、ラグビーで試合後に行なわれている交流会を参考にしました。『リーガ・アグレシーバ』でもやってみようと」

 そう説明したのは、同リーグを発案した阪長友仁氏だ。自身も新潟明訓高校で甲子園の土を踏んだ同氏は立教大学野球部で主将を務めたあと、青年海外協力隊で中南米に赴任した際、多くのメジャーリーガーを輩出するドミニカ共和国の育成システムに衝撃を受けた。

 一発勝負のトーナメント戦を繰り返す日本と異なり、ドミニカではリーグ戦で実戦機会を増やして選手を育てることがメジャーリーガーを次々と輩出する背景にあると。

 日本でもリーグ戦を取り入れたほうが、選手の成長に結びつくのではないか。阪長氏の提案に賛同した高校が2015年から全国各地で秋にリーグ戦(非公式)を始め、今や約130校が参加するまでになった。慶応と立命館宇治の練習試合は、ともにリーガを戦う仲間として実現された。

 前述したアフターマッチファンクションに加え、リーガには独特の取り組みがいくつもある。

・球数制限(1日100球まで)
・変化球の制限(カーブとチェンジアップのみで投球全体の25%以内)
・登板間隔ルール(MLBのピッチスマートを参考に導入)
・木製or低反発バットの使用
・DH&再出場制度
・1日2試合=18イニングのうち、1人が出場できるのは12イニングまで
・送りバントの制限(1試合2回まで)
・試合終盤には無死一、二塁や無死満塁など状況設定してイニングを開始
・スポーツマンシップ講習
(※上記はあくまで目安で、細かいルールは各都道府県のリーグごとに規定)

 こうした規定が定められる理由は、故障の防止と、多くの選手に出場機会を与えるためだ。「今」だけでなく「将来」羽ばたけることを重視し、さらに「アグレシーバ」=「積極性」を大切にしている。

【スポーツマンシップの理解】

 リーガは基本的に秋の10月から11月末に各都道府県で行なわれる。神奈川県では昨年開始。その中心になったのが慶応高校の森林貴彦監督だった。

「リーガの理念を共有したくて、私立だけでなく公立の先生方にも話して共感してもらったところと一緒に始めました」

 負けても次があるリーグ戦で、スポーツマンシップを理解して相手と一緒に好ゲームをつくっていく。そうした趣旨を理解することで選手たちのマインドは大きく変わった。森林監督が続ける。

「トーナメントだと、どうしても相手を『やっつけなければいけない敵』という関係になってしまいます。でも東京六大学では卒業後、同じリーグを戦った仲間は『同期』という絆が強い。リーガをやることで、同じ高校野球を一生懸命頑張っている仲間という意識が強くなるのは大きいと思います」

 慶応では秋の関東大会までベンチ外だったメンバーを中心に、リーガに参加した。オープン戦の機会に恵まれなかった彼らは背番号をつけてリーガで出場し、「チームの代表」というモチベーションが生まれた。

 一方、ベンチメンバーにも"視点"を変える効果があった。森林監督が語る。

「関東大会の登録選手はサポートに周り、『自分たちはこうやっていつも支えてもらっている』と認識できました。チーム内の立場を変えられたのもよかったです」

 立命館宇治は2021年秋、大阪のリーガに初参加した。京都ではほかに参加校がなく、2015年に全国で初めて立ち上がった大阪のリーガに混ぜてもらった。

 メンバーは1年生を中心に、大学に進学して野球を続ける3年生が数人加わる。1年生は実戦経験を積める一方、夏に引退した3年生は大学進学までのプレー機会ができ、木製バットを試合で使えるのも大きい。

 2019年に甲子園出場を果たした立命館宇治のような強豪の場合、同じチームでも3年生と1年生が一緒にベンチ入りすることは珍しい。リーガに参加することでそうした機会が生まれ、同校の里井祥吾監督はプラスの効果を感じている。

「1年生は3年生を『うちの4番や』『エースや』という目で見ていると思うので、そういう人と一緒に野球をできるのはいいことだと思います。3年生がアドバイスしてくれていますが、僕らが言うより影響力もありますしね」

【リーグ戦だからこそできること】

 リーガは非公式だが、"枠組み"をつくることで選手たちの刺激になる。チームの勝敗や順位、首位打者や最多勝など個人成績を競いながら、アグレッシブにプレーすることで成長できる。大阪府立旭高校の3年生・上野湧也が言う。

「失敗しても次があるので、自分がやりたいことを試合で試せるのが一番いいと思います」

 同じく旭高校の安藤和真が大きく頷いた。

「負けたら終わりではないので、自分が試したいことをリーガで実践し、数字として結果が出る。課題を見つけて冬に取り組んでいく。そういう機会ができてよかったです」

 PDCA=Plan(計画)、Do(実践)、Check(確認)、Action(対策)という成長サイクルの重要性は幅広く認知されたが、大切なのは緊張感のある舞台で実行することだ。負けたら終わりのトーナメントではなかなか試せないことを、リーグ戦では積極的にトライできる。

 立命館宇治の3年生右腕、杉村颯太はリーガをきっかけに不可欠な戦力になった。1年時は球速120キロでカーブ、スライダー、チェンジアップで交わすタイプだったが、「変化球は全投球の25%」というリーガをきっかけに"スタイルチェンジ"できたという。

「以前は『自分の真っすぐでは打たれる』と変化球ばかり投げていたけれど、自分の真っすぐでも押せることがわかりました。それから真っすぐの質を高めていくことができました」

 現在は球速136キロまでアップ。大学でも野球を続けたいと立命館宇治に学業推薦で入った杉村は自信をつけたことに加え、試合後の交流もプラスに働いた。

「僕は胸郭が硬かったので、相手チームの選手から柔軟性を上げるトレーニングを教えてもらって実践し、柔らかくなってケガも減りました」

 リーガの特徴のひとつに、低反発か木製バットを使うという規定がある。先述した旭高校の安藤は投手と外野手を務めるなか、投打ともに利点を感じている。

「低反発バットでも、芯で捉えた打球は飛びます。そういうバットを使うことでミートアップできると解釈しているので、打撃でも成長する幅が広がります。金属バットなら、当たり損ないでも普通に飛んでいきますよね。でも、低反発なら芯で捉えないと飛ばないので、ピッチャーとしてはストレートでガンガン勝負できる。だから自分の得意なコースも見つかりました」

 旭高校では、ふだんから竹バットか低反発バットで練習している。そうしてバットを内側から出すスイングを身につけ、リーガで試し、公式戦では反発係数が高い金属バットで「打ちやすい」と感じる。そうした好循環があると上野は話した。

【リーガ・アグレシーバのこれから】

 一方、立命館宇治の里井監督は「リーグ戦のなかで成功体験を積めるのが大きい」と感じている。同校の西田透部長は京都府高校野球連盟の理事も務めており、リーガの輪をもっと広げていきたいと京都府立の乙訓高校、東宇治高校に声をかけて2022年は京都でリーグ戦を実施、勝ち上がったチームが大阪リーグの勝者と対戦した。

「高野連の理事として野球人口を増やしていきたいですが、公立で人数の少ないチームが秋、春、夏の公式戦でいずれも1回負けて終わりになると、『野球部に入ろう』と思いにくいですよね。リーガに興味を持ってくれているチームはたくさんあります。やってみることで新しい発見がたくさんあったので、賛同していただける学校にはどんどん声をかけていきたいです」(西田部長)

 2022年まで高校野球の硬式部員数が8年続けて減少するなか、現場の関係者は一様に危機感を膨らませている。

 対して、2015年に大阪で6校から始まったリーガ・アグレシーバは、2023年現在には21都道府県の約130校が参加するまでになった。まだ小さな動きだが、慶応や立命館宇治など甲子園出場経験のある私学や、旭高校のような公立が手を取り合い、その輪は確実に広がっている。

 甲子園を狙える強豪校だけではなく、高校野球に関わる全員が成長し、満足できるにはどういう形式に変化させていけばいいのか。注目すべきは、サステイナブルな取り組みが自発的に広がっていることだ。

 現場の意志がどこまで届くか、注視していきたい。