■ロシア機の墜落事故が急増している

ロシアの航空業界に深刻な異変が起きている。

ある機では離陸後の上昇中にドアが開き、乗客の荷物が機外へと消えた。また、ある軍用機は特に戦闘中ではなかったところ、突如エンジンが火を噴きマンションに墜落。少なくとも住人13人の命を奪った。

写真=EPA/時事通信フォト
ロシアのプーチン大統領(=2023年2月8日、ロシア・モスクワ) - 写真=EPA/時事通信フォト

こうした重大インシデントが昨年秋以降相次ぎ、最悪期には10日間で16件というペースで発生している。

独立系メディアのモスクワ・タイムズ紙は、ロシア航空業界が「ウクライナをめぐる欧米の制裁により、最も深刻な影響を受けた業界のひとつ」であると指摘。昨年は28件の墜落事故を含む計130件以上のインシデント(重大事故)が発生し、専門家たちから安全性を懸念する声が上がっていると報じている。

その原因として、ロシアへの経済制裁による部品不足が挙げられている。昨年3月にはエアバス社とボーイング社がロシアへの保守パーツの供給を停止。プーチン大統領自身が仕掛けた侵攻は、ロシア航空業界を窮地に立たせ、自国民の命を危険にさらす結果となった。

■飛行中にドアが開き、乗客の荷物は空へと消えた

荷物が吸い出されるインシデントが生じたのは、双発プロペラ機のAn-26(アントノフ26)だ。貨物機としての運用が想定されており、機体後部の床部分に設けられた大型ドアが斜めに開閉する。旅客の輸送も可能となっており、事故当時は25人が搭乗していた。

航空情報サイトのエアロタイム・ハブによると1月9日、同機の後部ドアが離陸後の上昇中に開き、減圧とともに荷物などが機外へ吸い出された。同機は世界一寒い都市といわれる東部ヤクーツクの街のマガン空港を発ち、事故当時の高度はすでに数千メートルに達していた。

乗客は恐怖に震えた。英デイリー・メール紙は、「An-26が離陸中に後部の床を開き、乗客25人に恐怖を与えた」「彼らがかぶっていた帽子は飛ばされ、ぽっかり開いた穴に消えていった」と報じている。

ロシアの航空機 An-26(写真=RUSSIANPLANES.NET/Igor Dvurekov/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

航空機は一般に25年程度で引退となるが、同紙によるとロシア政府寄りのウェブサイト「Life.ru」でさえ、当該機は製造から43年が経過していたと認めている。

事故当時の様子を収めた動画を、ウクライナ内務省顧問のアントン・ゲラシュチェンコ氏がTwitterでシェアしている。

動画は飛行中の機内後部から乗客が撮影したものだ。後部ドアが開き轟(ごう)音が響くなか、機内に結ばれた布が強風に翻弄(ほんろう)され激しくはためいている様子を確認できる。

ゲラシュチェンコ氏は「ロシアン・ルーレットの新たな名前……『ロシアン・プレーン(飛行機)』?」と投稿に書き添えた。ロシアで安全な機に乗れるか否かは、あたかもロシアン・ルーレットのように運頼みになっているとの指摘だ。

■軍用機がマンションに突っ込み13人が死亡

不幸な事故は絶えない。北極圏では同日、小型機が墜落した。ロイターによるとロシア非常事態省は、北西部ネネツ自治州にて、乗員乗客12人を乗せたAn-2旅客機が墜落したと発表した。この事故で2人が死亡している。

モスクワ・タイムズ紙によると、1月10日までの6日間だけで、少なくとも8件のインシデントが生じている。前掲のドア解放事故および2人死亡の墜落事故に加え、滑走路からのオーバーラン2件が発生したほか、フロントガラスの破損、ギア(着陸装置)の格納失敗、空調の故障、そしてラバトリー(トイレ)の故障に見舞われた。

機体のメンテナンスのみならず、路線の維持にも支障が生じている。デイリー・メール紙は、燃料不足により一部路線の運行を見合わせていると報じている。

軍用機では昨年10月、南西部エイスクの街にて、複座式戦闘機のSu-34(スホーイ34)がマンションに墜落した。パイロット2人は墜落前に脱出したものの、英BBCは少なくとも墜落先のマンションで住人13人が死亡したと報じている。

ロシアの戦闘機 Su-34(写真=Airliners.net/Alex Beltyukov/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

■民間機にも不具合が続出

事故により、9階建てマンションなど2棟が焼ける大火災が発生。68人が現場から救出された。パイロットは離陸中にエンジンから出火したと証言しており、当局はこの火が墜落後、燃料に燃え広がったとみている。

さらに、そのわずか1週間後には、Su-30戦闘機がシベリアの住宅街に墜落した。

Su-34、Su-30両機はウクライナでの戦闘に関与しておらず、被弾しての墜落というわけではなかった。米インサイダー誌は、前者の事故調査では初期段階の報告書において「航空機の技術的不具合」が指摘されたと報じている。

米シンクタンクのランド社のアナリストであるマイケル・ボナート氏は、同誌に対し、ウクライナ戦での消耗に起因する可能性がある墜落も含めるとさらに数が膨らむと指摘している。ボナート氏によると、昨年9月から11月下旬までの約3カ月間で、少なくとも6機の軍用機が墜落したという。

ボナート氏はインサイダー誌に対し、民間機および軍用機の墜落が「続いており、ことによると増加している」との見方を示しており、重大事故の発生は収束しそうにない。

■全旅客機の3分の2が整備不良になっている

このように絶えないインシデントは、決して自然発生したものではない。ウクライナ侵攻のしっぺ返しによるとの見方が濃厚だ。

ロシアの航空各社は、ウクライナ侵攻後の国際的な経済制裁を受け、国外の航空機製造大手から保守パーツの供給を断たれている。侵攻からほぼ1年が経過したいま、これが数々の事故につながっていると専門家らは指摘している。隣国の急襲を試みたプーチン氏の行動は、自国の航空産業の首を絞めることに帰結したようだ。

墜落の大半は、こうしたパーツ不足を受けての整備不良に起因するとみられる。米国公共放送協会の傘下にあるラジオ・フリー・ヨーロッパは、今年1月に発生した7件の重大事故のうち、2件の人為的ミスを除き、大半の5件が機械的な不良によるものだと指摘している。

現在ロシアでは、全旅客機の3分の2が満足な整備を受けられていない可能性がある。英ガーディアン紙は昨年3月、オランダに拠点を構えるエアバス社とアメリカのボーイング社がともに、ロシア航空各社に対するサポートを停止したと報じている。

写真=iStock.com/Ranimiro Lotufo Neto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Ranimiro Lotufo Neto

■経済制裁で部品が調達できない

記事によると両社とも、国際的な経済制裁の枠組みにのっとり、メンテナンスの提供、技術サポートの提供、およびスペアパーツの納入の停止に踏み切った。同紙によるとロシア航空業界では、ボーイング332機およびエアバス304機が使用されている。

さらに、独航空整備企業のルフトハンザ・テクニック社も対ロシアのサービスを凍結した。ガーディアン紙は「こうした動きにより、ロシア航空業界はますます孤立してゆくだろう」とみる。

ラジオ・フリー・ヨーロッパによると、12月にはメッセージアプリ「Telegram」の航空専門チャンネルを通じ、国営の航空エンジン企業が業界内に苦肉の策を案内しているとの情報が拡散した。

同社はリージョナル・ジェットであるスホーイ スーパージェット100の燃料フィルターについて、本来は新品交換が求められるところ、ブレーキオイルを用いて洗浄し再利用するよう推奨し出したという。

デイリー・メール紙も、1月10日までの10日間で16件の重大インシデントが発生したことを挙げたうえで、制裁による部品の調達不足が一連の事故の原因であるとの見方を示している。

EUやアメリカから新しい機体をリースすることも不可能となり、「老朽化した航空機が毎日ロシア中を飛び続けている」状態だと記事は指摘する。

■クリミア侵攻後と同じパターン

このように民間機の墜落では、経済制裁の影響が主因と考えられている。

一方、軍用機に関してはさらに、旧型機を酷使せざるを得ない状況によって事故が加速しているようだ。専門家は、ウクライナ侵攻後の事故増加は、過去とまったく同様のパターンを描いていると指摘する。

ロシアでは過去、2014年のウクライナ紛争で軍用機を重用した翌年にも、墜落事故が相次いで発生した。匿名のロシア国防省関係者は2015年、米軍事ニュースサイトのディフェンス・ニュースに対し、古い航空機の酷使と慢性的なパイロット不足がこうした事故の原因になっているとの内情を明かしている。

また、米シンクタンクである戦略国際問題研究所のポール・シュワルツ上席分析官(ロシア担当)は同サイトに対し、「過去1年半で軍事行動が加速したことと、軍用機関連で事故が増加している事実には、明白な関連がある」と断言している。

ロシア軍ではもともと機体の更新が滞っており、設計上の寿命を超えて運用しているケースが少なくない。そこへウクライナ侵攻により許容範囲を超えた負荷がかかるようになり、敵方から直接被弾するまでもなく自ら墜落するケースが発生しているようだ。

写真=iStock.com/Sergii Zyskо
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sergii Zyskо

■航空機の「共食い」でその場をしのぐ

苦境のロシアは、航空機同士を「共食い」させることで急場をしのいでいる。すなわち、航空機を補修するにあたり、別の同型機を解体することでパーツを工面している。

インサイダー誌は今年1月、「ロシア航空各社はすでに、制裁で入手不可となったスペアパーツを確保するため、ジェット機を共食いさせている」と報じた。

この結果、保有機の8割が使用不能という航空会社も現れた。ラジオ・フリー・ヨーロッパは、ロシアのビジネス紙『ベドモスチ』が昨年11月に報じた内容を伝えている。

記事によると、ロシア連邦内サハ共和国に本拠を構えるヤクーツク航空では、保有機の実に80%が運航不能となった模様だ。整備不良に加え、共食いの対象となったことで飛べなくなる事態が起きているという。

一部には、ロシアが国外航空会社へのリース返却を一方的に拒んだ機が犠牲となっているとの観測もある。

航空業界向けにコンサルタント・サービスを提供するIBA社のピーター・ウォルター氏は昨年3月、ロイターに対し、「パーツが限られていることから、ほかの機体が飛べるようにするため、ロシアに留め置かれている航空機が強奪の対象となることが予想されます」との見解を明かしている。

■プーチンの戦争はもう限界を迎えている

プーチン氏が始めたウクライナ侵攻は、ウクライナ国民の命を奪っただけではなかったようだ。ロシア国内の機体のメンテナンスが滞り、次第にロシアの乗客たちの安全を脅かす事態に発展している。

ウクライナ侵攻に投入された戦闘機が消耗するのはある程度織り込み済みだった可能性があるが、民間の旅客機や戦線に加わっていない軍用機でも墜落などの重大インシデントが相次ぐ事態は明らかに異常だ。

苦肉の策の「共食い」により、本来ならばまだ飛べるはずだった航空機が解体されその寿命を終えている。こうして急場しのぎの代替パーツで保守を受けた機も、新品の部品を用いたあるべきメンテナンスの形と比較すれば、最適な措置を受けたとは言い難い。

現在では前述のように、ロシアを飛び交う旅客機のうち3機に2機を占めるエアバスやボーイング製の機体が、満足に整備されないまま飛び交っているおそれがある。乗客や乗員はもとより、万一の墜落の危険を考えれば、路線付近の住民も命の危険にさらされている状態だ。

軍用機でも整備不良は問題となっており、質の低い代替パーツを緊急的にイランなどから調達しているとの報道もある。この影響と完全に断定されたわけではないが、ウクライナ戦線と関係のないところで軍用機が墜落した一件は、少なくともロシアのマンションに平穏に暮らしていた13人の命を奪った。

プーチン氏の描いた侵略計画は、当初の展望からすっかり様変わりした。いまでは国民、軍人、航空業界関係者たちの命を「ロシアン・ルーレット」のように奪う恐ろしい装置へと変貌している。

ウクライナの市民が直接的に受けている恐怖とは比べるまでもないにせよ、それでもなお侵攻は、ロシア国民にとってさえ確実に生活の質を蝕(むしば)む病巣となっているようだ。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)