アメリカじゃ税関も軍隊並み? 密輸取締り用「早期警戒機」が必要な理由&スゴイ実績
海上自衛隊も使用するベストセラー対潜哨戒機のP-3「オライオン」。約800機も造られた同機の中で珍機といえるのが、中古P-3に早期警戒レーダーを乗せた「センチネル」です。税関が運用するというレア機、どんな機体なのでしょう。
税関が採用した早期警戒機P-3AEW
ロッキードP-3「オライオン」哨戒機は、1960年代初頭にアメリカ海軍が運用を開始して以降、半世紀を超えてなお、多くの国々で使われ続けているベストセラーです。この傑作機は日本でも川崎重工がライセンス生産し、海上自衛隊がいまも現役で運用しています。
このP-3「オライオン」が、ロッキード製4発プロペラ旅客機「エレクトラ」をベースに開発されたことはよく知られています。もともと旅客機として開発された機体であるため、機内の居住性は優れており、多くの機材を搭載することも可能でした。そうした特徴を活かし、哨戒機以外にも電子戦機や気象観測機など多くの派生型が作られ、さまざまな任務に用いられていますが、数多くある派生型のなかでも一風変わった外観で目を引くのがP-3AEW&C「センチネル」でしょう。
アメリカ税関・国境取締局が運用するP-3AEW(画像:アメリカ税関・国境取締局)。
「センチネル」が生まれたきっかけは、P-3「オライオン」の余剰機が出たからでした。P-3は長期間にわたって生産されたため、何回も改良が重ねられており、とくに1980年代に入ると古くなったP-3AやP-3Bを新しいP-3Cで置き換える動きが出ました。そこで余剰となったP-3Bに目を付けたロッキード社は、機内に搭載していた対潜機材を降ろし、代わりにE-2C「ホークアイ」早期警戒機の円盤型レーダーや各種電子機器を搭載して、P-3の早期警戒管制仕様を生み出すことを思いつきます。
試作機はロッキードの自社予算で作られ、1984(昭和59)年6月14日に飛行しました。同年8月にカリフォルニア州のモフェットフィールド海軍航空基地(当時)で開催された航空ショーで早くも展示されると、翌1985(昭和60)年のパリ航空ショーにも出展され、各国に対して売り込みが図られます。
最終的に軍用機として採用する国は現れませんでしたが、アメリカの税関局(現在の税関・国境取締局)が同機を採用しています。
P-3AEWの相棒、P-3LRTとは?
アメリカ税関局がP-3AEW&C「センチネル」を採用したのは、当時、メキシコやカリブ海諸国など南部で、輸送機や船を使った不法入国者の越境や麻薬の密輸などが頻発しており、それに手を焼いていたからでした。
税関局はP-3B改造の「センチネル」を8機導入。1990年代に入ると、名称も末尾の「&C」がなくなり、P-3AEWに統一されています。その後、2001(平成13)年に発生したアメリカ同時多発テロの教訓から、国土安全保障省が新設されると、その傘下に統合され、新たに税関・国境取締局ができ、そこで運用されるようになっています。
E-2C「ホークアイ」早期警戒機。このレーダーがP-3AEWに移植されている。写真の機体は航空自衛隊のもの(画像:航空自衛隊)。
2023年現在、アメリカ税関・国境取締局では、海や空からの密入国や密輸の取り締まりのために「AMO(Air and Marine Operation)」と呼ばれる航空機と船舶の合同作戦チームを運用しています。
広大なアメリカの周辺海域と国境付近の上空を監視するAMOの組織は大規模で、職員総勢1800人、航空機240機、船舶300隻を擁します。保有する航空機の多くが双発プロペラ機パイパーPA-42「シャイアン」や小型ジェット機セスナ「サイテーション」で占められるなか、唯一の4発機が前出のP-3改造機です。
AMOには前述した空中早期警戒モデルのP-3AEWだけでなく、長距離追跡を行うP-3LRT(Long-Range Tracker)というモデルも存在し、この2機種がタッグを組んで上空からの監視に当たっています。
P-3LRTは、P-3AEWと同じく既存のP-3哨戒機から対潜装備を取り去った中古機転用モデルで、P-3AEWのような特徴的な円盤レーダーなどは備えていませんが、APG-66捜索レーダーを備えています。これを使って地上や海面などを捜索・追跡するのが役割で、P-3AEWが発見した疑わしい目標の情報がP-3LRTや海上の船舶チームに提供されることで、航空機と船舶が連携して取り締まりを行うようになっています。
改造契約も締結 まだまだ飛び続ける予定
AMOではP-3AEWとP-3LRT合わせて計14機を運用しており、フロリダ州ジャクソンビルのセシルフィールドとテキサス州コーパス・クリスティーの海軍航空基地を拠点に活動しています。そのP-3チームだけで2020年度には合計11万1134ポンド(約50.34トン)ものコカインがアメリカ国内へ持ち込まれるのを阻止したと発表されています。コカインの量にまず驚きますが、だからこそ軍隊並みの航空機がないと対処できないというのがよく理解できるでしょう。
なお、2019年にはAMOが運用するP-3全機をグラスコックピットに改造する契約を、アストロノーティクス・コーポレーションと交わしています。
半世紀を超えて多くの国々で活躍してきたP-3ですが、アメリカ海軍ではボーイングP-8「ポセイドン」、海上自衛隊においては川崎P-1哨戒機に交代して退役が進んでいます。とはいえ、これらはジェット機であり、なおかつ運用コストはP-3「オライオン」よりも大きいため、費用対効果にすぐれたP-3AEW&P-3LRTは、アメリカ税関・国境取締局において、まだ当分のあいだ活躍し続ける模様です。