絶好調の商船三井、なぜ「新造クルーズ船」を? 日本郵船は一足先に 見据える海運バブルの“次”
日本郵船に続き、商船三井も新造クルーズ船を建造することになりました。背景には海運における空前の好業績がありますが、そもそも、2社はなぜクルーズ船に注力し、どのような効果があるのでしょうか。
商船三井はどーんと2隻! 1000億円で新造クルーズ船
商船三井が2023年1月31日、2022年度第3四半期決算を発表。連結業績予想では純利益が過去最高の8000億円になると見込まれ、その好調ぶりが投資家を驚かせ、SNSでも話題になりました。同社はその勢いを、旅客部門にも波及させるべく、新たにクルーズ船2隻を建造することを決めています。
外航クルーズ船2隻の建造は2022年11月に適時開示という形で発表されています。総投資額は1000億円規模。海運市況の影響を受けにくい経営基盤を確立しつつ、拡大が期待される国内外のクルーズ需要を取り込むべく客船事業の強化に乗り出します。クルーズ船の新造はすでに日本郵船が先行していますが、計画通り進めば、2020年代後半までに、大手船社である日本郵船と商船三井がそれぞれ整備した新鋭クルーズ船が揃うことになります。
商船三井客船「にっぽん丸」。新造船2隻はこれより大きくなる(深水千翔撮影)。
商船三井が計画する新造クルーズ船の船型は、既存の「にっぽん丸」(2万2472総トン、旅客定員524人)より大きい3万5000総トンです。日本籍船となる予定で、第1船は2027年ごろに竣工するとしています。造船所は未定ですが、現在、引き合いを出しており、2023年度中には決まる見込み。運航は「にっぽん丸」と同じグループの商船三井客船が担います。
主機はGHG(温室効果ガス)の大幅な削減に向けた方針を示していることから、LNG(液化天然ガス)など新しい燃料を使用できるタイプのものを搭載すると思われます。船価は1隻当たり500億円程度と見られます。
近い規模の客船としては、セレブリティクルーズの「AZAMARA QUEST」(3万277総トン、旅客定員690人)やシルバーシー・クルーズの「SILVER MUSE」(4万700総トン、旅客定員596人)があり、いずれも充実した船内設備と接客サービスがセールスポイントとなっています。そのため商船三井の新造クルーズ船も、富裕層や外国人観光客などをターゲットにしたハイエンド仕様となる可能性が高いです。
クルーズ船の経済効果とは でも建造に踏み切れなかった
今回、商船三井がクルーズ船の建造を決めた背景には、国際クルーズの受け入れ再開によるクルーズ需要の回復が見込まれる一方、船齢30年を超える「にっぽん丸」の代替船が必要になっていたこと、さらに海運市況の高騰を受けた好業績が続き、同社の投資余力が向上していたことが挙げられます。
日本は新型コロナウイルスの感染拡大に伴って取り止めていた外国クルーズ船の受け入れを、2023年3月から再開します。コロナ禍前の外航クルーズ船寄港による経済効果は、訪日旅行消費だけでも年間約805億円。訪日クルーズ旅客数は2019年まで3年連続で200万人を超えていました。日本人のクルーズ利用客数も増加傾向が続き、2019年の実績では約38万人がクルーズ船に乗っていました。
コロナ禍によりクルーズ船の運航は休止を余儀なくされたものの、2020年7月には欧州で、2021年6月頃からはアメリカやアフリカ、中東で国際クルーズが再開。2022年後半にはシンガポールやマレーシア、インドネシアでもクルーズ船の寄港が徐々に始まっています。
郵船クルーズ「飛鳥II」。後継船の建造が進んでいる(深水千翔撮影)。
日本では商船三井客船の「にっぽん丸」が国際クルーズの再開第1号として、2022年12月15日に横浜港を出港し、モーリシャスやシンガポールなどを巡りました。国内の港湾も国際クルーズ船の寄港に前向きで、早期再開の要望が多く出されているといいます。
ただ「にっぽん丸」が竣工したのは1990年9月のこと。2010年に行った船体の塗装デザインを一新する大改装をはじめ、時代の変化に合わせて船内設備のアップデートを進めているものの、より多くの需要を取り込むには後継となる新造船の整備が課題でした。特に、1隻当たり500億円以上とされている高額な船価がネックとなり、建造に踏み切れないでいたのです。
ちなみに2022年12月末時点での船価は、LNG船で323億円程度、VLCC(大型原油タンカー)で156億円程度とされているため、クルーズ船がどれだけ高価かわかるかと思います。
2社2隻体制になった邦船クルーズ 5隻になるかも?
しかしコロナ禍以降、商船三井は高水準で推移するコンテナ船市況やタンカーを中心としたエネルギー輸送の増益といったプラスの材料が重なって好業績を挙げています。未曾有と言えるコンテナ運賃の高騰が牽引していたのはもちろん、ばら積み船(バルカー)などのドライバルク事業や自動車船の好調に加え、円安による押し上げ効果などが寄与。2023年3月期は経常利益7850億円、純利益8000億円と過去最高益が予想されています。
ただ、海運業界は常に変動が激しく、好況がいつまで続くかわかりません。商船三井の橋本 剛社長も「社会の正常化に伴い物流混乱が収束に向かう中、コンテナを中心とする一部のセグメントでは、既に運賃市況が下落に転じている。世界経済は全体的に低下傾向にあり、今後の市況悪化に備える必要も生じてきた」との認識を示しています。こうした事業環境の中で同社は投資余力の拡大を踏まえ、2022年度から2024年度にかけて、総額1兆円の投資を実施する計画を打ち立てています。
今回の新造クルーズ船の発注は、海運市況と異なる要因で損益が変動する非海運事業を拡大し、より安定的な利益構造に変革することを目指す取り組みの一環。フェリー事業と共にBtoC事業をより強化していく方針です。
一方、日本クルーズ客船の「ぱしふぃっくびいなす」(2万6594総トン)が2023年1月に運航を終了し、邦船クルーズは日本郵船グループである郵船クルーズの「飛鳥II」(5万444総トン、旅客定員872人)と商船三井グループである商船三井客船の「にっぽん丸」による2社2隻体制となりました。
日本三大豪華客船のひとつだった「ぱしふぃっくびいなす」。1月に運航を終了(深水千翔撮影)。
日本郵船は2021年3月に5万1950総トン級のLNG燃料クルーズ船を新造整備することを明らかにしており、ドイツの造船所マイヤーベルフトで2025年の引き渡しを目指して建造が進んでいます。商船三井の新造クルーズ船は、それより小さい3万5000総トン級ですが、大型客船の接岸に対応していない港湾施設が使えるほか、2隻建造するため柔軟性をもった運航が可能という強みがあります。
ちなみに、「飛鳥II」と「にっぽん丸」が新造船の就航後に引退するかは、まだ検討中とのこと。もしかすると、日本船籍の外航クルーズ船が5隻体制になる日がくるかもしれません。