【闘病】「目が見えないから挑戦できる」 網膜色素変性症のパラクライミング日本代表
人間の受け取る情報の8割を占めるといわれる視覚。それほどに重要といえる知覚である視力が、だんだん奪われていってしまう病気が「網膜色素変性症」です。今回はそんな難病を抱えながらも、パラクライミングの日本代表として活躍している茺ノ上さんに、病気を通しての気づきや経験談を伺いました。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2021年12月取材。
体験者プロフィール:
茺ノ上 文哉
1990年生まれ。両親、妹の4人家族。現在は東京で一人暮らし中。中学2年生の頃に進行性の目の難病である網膜色素変性症の診断を受け、大学受験をきっかけに障がい者手帳を取得した。大手総合商社の子会社で勤務する傍ら、障がい者クライミング競技(パラクライミング)日本代表選手としても活動中。
Instagram:@fumiya_hamanoue
記事監修医師:
和田 伊織(Doheny Eye Institute/UCLA)
※先生は記事を監修した医師であり、闘病者の担当医ではありません。
徐々に進行する網膜色素変性症
編集部
網膜色素変性症とは、どのような病気ですか?
茺ノ上さん
網膜色素変性症は網膜に異常が見られる病気で、4000~8000人に1人の割合で発症し、難病に指定されている病気です。多様な遺伝子異常との関連が指摘されており、私の場合は、母方の祖父からの隔世遺伝が原因です。現在のところ根本的な治療方法はなく、徐々に進行し将来的には失明する可能性もあります。
編集部
病気が判明した経緯について教えてください。
茺ノ上さん
幼少期から通っていた最寄りの眼科の定期検診で、精密検査を勧められ、後日、専門病院で検査を受けたところ、この病気が発覚しました。
編集部
現在、目はどの程度見えるのですか?
茺ノ上さん
視野狭窄と視力低下の両方があります。私の場合は視野の中心部から見えなくなり、現在は左右の目の下部のみが見えている状態です。視力は両目とも0.01程度で、メガネやコンタクトレンズなどの矯正はできません。周囲の状況や物のシルエットはぼんやりとですが知覚しやすいですが、文字を読んだり人の顔を判別したりなど、細かな情報を拾うことは困難です。
編集部
治療法がないとお聞きしましたが。
茺ノ上さん
はい。現状では治療法が存在しないので、iPS細胞や遺伝子治療などの研究成果を待ちながら定期的な検診をおこなっていくと医師から言われました。
編集部
難病である網膜色素変性症と診断された時の心境について教えてください。
茺ノ上さん
当時は14歳という年齢であったことと、今よりもはるかに見えていたので、病状の進行が自身の人生にどのような影響を及ぼすのか、正直あまりイメージできませんでした。将来像にも明確な目標がなかったので、可能性を閉ざされることへの絶望や不安は特にありませんでした。
編集部
診断された後に症状が進行していったのですね。
茺ノ上さん
はい。日常生活の中でこれまで通りにできないことが増えていき、歯がゆい思いをしました。ただ、著しく不便を伴うほどでも無かったので、中途半端な目の悪さを周囲にどのように説明すれば良いのか悩みました。
自分が「障がい者」と受け入れる苦悩
編集部
障害者手帳を取得したきっかけは何かありますか?
茺ノ上さん
大学受験の際に、試験時間の延長などの特別措置を受けるために取得しました。障害者2級の認定を受け「そんなに病状が悪かったのか」という驚きと共に、これまで説明のつかなかった物事に明確な理由を見つけられ、ホッとしたのを覚えています。
編集部
気持ちの面でも変化があったのですね。
茺ノ上さん
ただ、自分が障がい者ということを受容するのに少し時間がかかりました。白い杖を使うことにも抵抗がありましたし、障がい者に馴染みのない友人達に自分の状況をどのように伝えれば良いのか、伝えることで余計な負担をかけてしまわないかと、悩みました。そのせいで、人と関わることが大変億劫な時期もありました。
編集部
辛い時期があったのですね。
茺ノ上さん
そんな中、同年代の視覚障がい者の方達と知り合い、健常者と変わらず趣味や恋愛を楽しんでいる姿を見て驚きました。また自分の中にあった障がい者像に多くの先入観や偏見があることに気づきました。これまでとは違った人間関係と知識が広がっていくにつれ、障がい者である自分が必ずしも不幸ではないと思うようになりました。
編集部
現在の生活や仕事の状況を教えてください。
茺ノ上さん
基本的な家事はだいたい自分で行い、週に一度ヘルパーさんに目の届かない箇所をフォローしてもらっています。簡単な道順であれば一人で出かけることもできますが、人影やシルエットがぼんやり見える程度で、看板や活字を読むのは難しいです。仕事は事務作業ですが、パソコンには画面の状態を音声で読み上げるソフトを入れており、見えない部分はそれで補っています。スマホの操作も同様です。
編集部
目が見えないことで辛いことはありますか?
茺ノ上さん
不便なことはありますが、辛いだとか不幸だとかを感じることはあまり無いです。障がいを持っているからこそ、気づくことができる物事があり、独自性が持てたり、仲間との出会いがあったりするのだと思います。あとは、何でも自分でやるべきであるといった思い込みを捨てて「細かなことにこだわり過ぎない」「困ったときは人に助けを求める」ことを心がけています。
パラクライミングとの出会い
編集部
障がい者クライミングの日本代表とお聞きました。
茺ノ上さん
はい。現在競技者として活動しているパラクライミングとの出会いや、新天地の東京で一から生活と仲間を築いたことなど、小さな挑戦を積み重ねることで、自己肯定感を育むことができました。今となっては、持病や障がいは自身のアドバンテージやアイデンティティにまでなっています。
編集部
普段病気を意識することがない健常者に一言お願いします。
茺ノ上さん
目の病気に限らず、世の中には病気や障がいが想像以上にたくさんあります。その数だけ、価値観も多様です。「自分とは関係が無い」と素通りすることもできますが、異なる状況にある人たちの世界の捉え方について知る良い機会でもあります。そして、そういった人たちを知ることで、自分自身に与えられているチャンスや可能性など、様々な物事に気づくきっかけにもなり得ます。
編集部
自分にとっての当たり前と、ほかの人にとっての当たり前は違いますね。
茺ノ上さん
困難や不便であることは必ずしも不幸ではありません。不幸なのは、他人と比べて、自分が持たないものにばかり目を向け、そこに捕らわれている状況です。目が見えないのに、目が見える世界の価値感や物差しに捕らわれ続けることは不幸です。目が見えなくても楽しめること、目が見えない自分だからこそ気づけること、挑戦できることがあります。限られた人生なので、そちらに目を向けることの方が有意義で幸福だと私は考えています。
編集部
最後に、読者に向けてのメッセージをお願いします。
茺ノ上さん
私は、病と「闘う」のではなく、それを「自身の一部としてとらえて共に生きていく」ことが大切であると思っています。今後、病状の進行により苦悩や挫折も待ち構えているかもしれません。でも、それも人生の一つのエッセンスとして楽しんでいけたらいいと思っています。そして私の生き様をSNSで発信していくことが、誰かの希望や励みにつながることを願っています。また、母が京都にクライミング施設を立ち上げました。障がい者、シニア、子育て世代など、どんな方でも気軽に楽しめて、挑戦する楽しさに出会えるユニバーサルな場所になることが願いです。お近くにいらした際にはぜひ遊びに来てください。
編集部まとめ
茺ノ上さんの「不幸とは、他人と比べて自分にないものにとらわれること」という言葉は、今の自分を大切にして幸せになるための魔法の言葉のように感じました。また小さな挑戦の積み重ねが自己肯定感を育むという言葉は、繰り返しの日常の中では忘れがちな大切なことだと気づかされました。茺ノ上さんの前向きな発言と姿に励まされた方も多いのではないでしょうか。
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