激闘来たる! カタールW杯特集

注目チーム紹介/ナショナルチームの伝統と革新 
第9回:スペイン

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輸入物だった不変のスタイル

 昨年10月、ネーションズリーグの決勝でスペインはフランスと対戦し、1−2の逆転負けを喫している。80分のキリアン・エムバペの決勝点がオフサイドか否かで物議を醸す際どい決着だったが、印象的だったのがフランスの変わり身である。


不変のスタイルでカタールW杯に臨むスペイン代表

 簡単に言えば、この試合のフランスは中堅国化していた。ハイプレスでスペインからボールを奪うのは無理と判断したのだろう。ハイプレスを強行すれば、逆にスペインにカウンターを食らう危険がある。

 そこでフランスはリトリートして守備を固め、スペインの攻撃を迎撃してカウンターに転ずる戦い方を選択していた。ボール支配+ハイプレスという強豪国の王道とも言えるスタイルから、自ら撤退したわけだ。そして、この判断が吉と出た。

 一方のスペインはいつもどおりだった。2008年のユーロ優勝でパラダイムシフトを起こした時から変わっていない。不変のプレースタイルと言えばブラジルが思い浮かぶが、スペインは今やブラジル以上に自分たちのスタイルに固執するナショナルチームになっている。よくも悪くも頑固であり、自分たちのスタイルに誇りも持っている。

 ただ、スペインのプレースタイルは自然発生的に生まれたものではない。オランダからの輸入で、しかもそれほど年月も経っていない。大元をたどればアヤックスの監督だった英国人ビク・バッキンガムがバルセロナに着任した1970年代になるのだろう。その後任となったリヌス・ミケルス監督も種をまいた人に違いない。

 しかし決定的だったのは1988年のヨハン・クライフ監督招聘である。「ドリームチーム」でリーグ4連覇を成し遂げたバルセロナの衝撃的なプレースタイルは、スペイン全土に影響を与え、20年後にジョゼップ・グアルディオラ監督によってクライフのイメージが完全な形で提示されるに至った。時を同じくして代表チームも同種のスタイルでユーロ2008を制し、スペイン黄金時代が始まっている。

 つまり、代表に関しては現在のプレースタイルになってから15年ほどしか経っていないのだ。しかも輸入物、外から与えられたものでもある。にもかかわらず、他に類を見ないほど自分たちのスタイルに自信と愛着を持っていて、今やあのサッカーはオランダというよりスペインのものになった感さえある。

オランダ方式のスペイン語化

 オランダのサッカーは理詰めだ。かつてルイス・ファン・ハール監督が日本とのフレンドリーマッチのあとで、劣勢になった要因として「左側のセンターバック(CB)が右利きだったから」と話し始めたのは印象的だった。違う機会ではあったが、ビルドアップにおいてなぜ左側のCBが左利きであるべきか延々と説明していたこともあった。

 1つ1つのポジショニング、ボールの扱い方、動き方にすべて意味があるのがオランダ方式だ。それを輸入したスペインは、クライフのバルサのプレーについて分析と議論を重ね、1つ1つのプレーの意味をスペイン語で言語化し直している。

 これはオランダのサッカーを血肉化するうえで、非常に重要な作業だったと思う。仮にオランダ語のまま、あるいは英語を用語として使っていたら、オランダのサッカーがスペインのサッカーになることはなかったのではないか。

 オランダ方式を事象として分析するだけでなく、スペイン語に落とし込んだことで理解が進み、全土に浸透していく推進力を得たと考えられる。外国語のままなら、どこか根づかないふわふわとしてた状態になっていただろう。外来のサッカーではあったけれども、それを翻訳して自国の言葉に置き換えたことで自分たちのサッカーにできた。

 レアル・マドリードやバルセロナは1950年代から世界トップレベルのクラブチームだったが、それが代表に反映されることはなかった。外国人選手が主力だったため、そのまま代表に転用するのが難しかった。

 2008年にはじめてスペイン代表のサッカーというものが確立されたのだが、そこからは全くブレていない。それ以前はレアル風だったりバスク風だったり一定していなかったのが一転して、まるで百年間も続けてきた伝統であるかのような扱いになっているのだ。もはやプレースタイルは聖域化している。

 ゾーンディフェンスが世界的に浸透しきった時点で登場したスペインのパスワークは、言わばゾーンの天敵として独り勝ちの様相を呈する。2010年南アフリカW杯で初優勝し、ユーロ2012も制覇した。

 ただし、この黄金時代の最中にもいくつかの「壁」は垣間見えていた。現在でもスペインは世界の強豪と言っていいが、かつての絶対的な優位性はすでになくなっているし、優位性があった時代でも常に圧勝していたわけではない。しかし、依然としてスペインは変わる気配をみ見せていない。

自分たちのサッカーへの揺るぎない自信

 2008年ユーロ優勝のシャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタ、ダビド・シルバ、セスク・ファブレガスの「クワトロ・フゴーネス」(4人の創造者たち)は画期的だった。守勢になったら脆そうな、テクニカルなMFばかり並べた構成は、守勢にならないことを前提としている。クライフ監督が守備的MFのポジションに強力な守備者ではないグアルディオラを起用した発想そのものと言っていい。

 自分たちの長所だけを考えて編成し、それを相手に押しつける。プレースタイルについてさんざん迷ってきた歴史を経ての、開き直った選択でもあった。歴戦の老将ルイス・アラゴネス監督は最後の賭けに勝ったわけだ。

 アラゴネスの後あとを継いだビセンテ・デルボスケ監督の下、ワールドカップ初優勝の偉業を成し遂げる。しかし、すでにこの時には「壁」に直面している。ノックアウトステージに入ってからのスペインは1−0の連続だった。スコアだけみ見ればまるで新種のカテナチオである。ボール支配力が圧倒的なので、1点とればそのままゲームを終わらせることができた。

 1−0でも勝ちは勝ち。ただし、ボール支配力を得点に結びつけられなかったのも事実である。2014年ブラジルW杯、2018年ロシアW杯のスペインもボール保持率の高さは変わらなかったが、グループリーグ敗退とラウンド16での敗退という結果に終わっている。弱点もそのままだったからだ。

 そして、カタールW杯に臨むスペインもそこは変わっていない。

 プレーの基本構造は全く変わっていないのだが、少し変化したところをあげるなら、ボール支配力を直接得点に結びつけるよりも、敵陣でボールを奪って得点にしようとする意識が高いところだろう。


スペイン代表の主要メンバー

 ハイプレスはスペイン方式の基本なので、プレースタイルを変えたわけではない。むしろ崩しきっての得点が減っているので、敵陣ボール奪取からのショートカウンターが露出していると言うべきかもしれない。

 そもそもシャビ、イニエスタの時代でも崩しまくって大量得点していたわけではなく、世代交代して小粒化した現在のスペインが効率的に得点するにはそれしかない状況なのだろう。ボールを保持できるので押し込める、押し込んだ結果としてのハイプレスというより、ハイプレスするためのポゼッションになっている感さえある。

 ルイス・エンリケ監督が率いたバルセロナには、リオネル・メッシ、ルイス・スアレス、ネイマールがいた。ハイプレスは理想的な強度ではできないかわりに、3人のカウンターで点はいくらでもとれた。

 その経験がある監督だけに、逆にMSNクラスのアタッカーがいない以上、プレスを強化して得点に変えようという割りきった姿勢がとれるのだろう。その結果、スペインはいかにもスペインらしいスタイルを貫いている。10代のガビ、ペドリの才能を信頼し、徹底したポゼッションで押し込み、高い位置でボールを奪って仕留める。ノックアウトパンチはないかわり相手には打たせず、細かいパンチを入れ続けて弱らせる。

 スペインは変わらない。だから対戦相手は作戦を立てやすい。グループリーグで対戦する日本にとっても、これほどわかりやすい相手はないはずだ。

 ただ、だからといって戦いやすいわけではない。相手にわかられても勝てる。その自信が揺らいでいないから変わらないし、世界一まで導いてくれた自分たちのサッカーを放棄するつもりもない。

 例としてどうかとも思うが、カレーやラーメンが日本の国民食になっているように、スペインのサッカーは疑う余地のない、アイデンティティに関わるものになっているということなのだろう。