柏レイソルひと筋20年の男はどんな選手だったのか。大谷秀和が語った「ピッチの指揮官」の極意
10月31日、柏レイソルのMF大谷秀和(37歳)は、今シーズン限りで現役引退することを表明している。足首の状態は限界だった。自らケリをつけた。
中学生から柏の下部組織で育ち、2003年にトップデビュー後は20年間、「レイソルひと筋」だった。J1通算でクラブ歴代最多の383試合に出場。J2やカップ戦をすべて合計すると、出場数は600試合以上になる。柏とイコールで結ばれるほどの男だ。
海外移籍がスタンダードになった時代、彼のような選手はもう出てこないかもしれない。
「顔を上げて胸を張れるサッカー人生になったのも、柏レイソルやサッカー界に関わるすべての人たちのおかげです」
大谷はそんなメッセージを送っている。あらためて、大谷とはどんな選手だったのか。
今季限りでの現役引退を発表した大谷秀和(柏レイソル)
大谷は柏の黄色いユニフォームを身に纏った時、常に"チームを率いていた"。群を抜いたサッカーIQで、プレーメイカーとして攻守の舵を取った。"止める、蹴る"を高い精度でやってのける技術に恵まれていたのはあるだろう。何より的確なポジションをとることで優位を得て、守りでも攻撃でも味方を助け、輝かせた。
その人間性も、ほとんど生来的に「指揮官」だった。
柏のようなトップクラブで、23歳の若さで主将に就任した事実は、特筆に値する。自分を律する責任感は強いが、ケチな利己心や自己顕示欲がない。それだけに何事も押しつけがましくなく、周りとはフラットにつき合えた。結果、自然と選手たちの信望が厚く、「キャプテン」の称号が燦然と輝いた。
「ひとりひとりがリーダーシップを持てるか、は課題。若手はもうひとつの殻を破れるか」
2017年シーズン、優勝争いに最後で脱落した戦いについて話が及んだ時、大谷はリーダーの視点で語り、それは啓示的だった。
「たとえば(伊東)純也は、あのスピードで仕掛けられるんで、敵としてはすごく嫌だったと思いますよ。ただ、あれだけ活躍したら、来シーズンは相手も必ず対策を講じてくる。これまでひとりで突破できていたところが、難しくなる。そうした試合を戦うなか、そこを突き詰めたら、もう一個上の怖い選手になれるはずです」
伊東は殻を破って日本代表に定着し、今や欧州で活躍の場を得ている。
「ボランチは動きすぎてはいけない」
繰り返すが、大谷の視点は司令官のようで、いつも戦略的だった。チーム全体をどう動かすか、ひとりひとりの選手の振る舞いはどうか、何が足りて、何が足りていないのか、お互いをどう結びけたら爆発的な力を出せるか。すべてを見極め、判断し、私心なく集団を率いることができた。
「欲を出さない、もしくは隠せること。それがボランチの条件だと思います」
大谷はそう語っていたが、ボランチというポジションは天職だったのだろう。
「ボランチは真ん中のポジションにいる以上、みんなをサポートするのが仕事だと思います。リスク管理するのは当然だし、基本的にポジションはボールの後ろであるべき。ポジションを捨てるときは、サプライズですね。自分が行くことで相手にスペースを突かれるわけですから、行く判断、行かない判断が大事になります」
大谷は「チームの勝利」で際立つボランチだった。華麗なサイドチェンジや強引な攻め上がりやインターセプトの回数で目立つのは、流儀ではない。チームを動かせばもっと楽に勝てる、というアプローチを貫いた。実際、国内の主要タイトルを総なめにした。Jリーグ、天皇杯、ナビスコカップ(現行のルヴァンカップ)、ゼロックス・スーパーカップで頂点に立っている。
積み重ねた勝利にこそ、ピッチの指揮官である大谷の真実が映る。
「ボランチは動きすぎてはいけないんです。動きすぎると、ボランチ同士の距離が広がったり、近づきすぎてしまったり、相手にスペースを与える。そうなると、全体でポジションを修正しないといけなくなってしまう。それは無駄な動きになるんです。勝負では、その効率の部分が大事になりますよね」
ボランチに華やかさを求めるのは正しくない。それは浮ついたプレーにつながり、チームの勝利につながらないからだ。
日本代表が一度も大谷を選ばなかったことは、恥ずべき不明だろう。フル代表どころか、五輪代表、ユース代表にすら選んでいない。長谷部誠、遠藤保仁に比肩した実力の持ち主だったはずなのだ。
もっとも、大谷は柏を統率し、歓喜をもたらした。それは伝説として残る。彼がいなかったら、今の柏はない。重鎮のようにクラブを支える男がいたからこそ、工藤壮人、酒井宏樹、伊東などが代表に選ばれていった。それは誇るべき仕事だ。
「タニ君がいるからこそ、僕もゴールがとれるんです。頼れる柏のキャプテンですから」
急逝した工藤は、かつて誇らしげにそう語っていた。
そのセカンドキャリアは、監督か、あるいはGMか。人を見つめ、人を束ねる職務に就く可能性は高い。20年間、ピッチの指揮官として生きてきただけに、準備は万端だ。
「結局、メンタルですよ。ボールを受けるか受けないか、なんて。ピッチに立ったら、自分で考えて判断するんです」
それがピッチの指揮官の極意だった。11月5日、日立台での湘南ベルマーレ戦が"ラストマッチ"になる。