宇野昌磨は「練習につながる試合、試合につながる練習」を意識。優勝したスケートカナダで見えた精神面の安定
10月29日に開催されたグランプリ(GP)シリーズ・スケートカナダの男子フリー。演技を終えた宇野昌磨(24歳、トヨタ自動車)は、わずかに苦笑を浮かべた。
スケートカナダを制した宇野昌磨
この日の課題としていた演技後半の4回転トーループ+3回転トーループは、GOE(出来ばえ点)加点2.44点をもらうきれいなジャンプにして決めたものの、最後の4回転トーループは両足着氷になり、予定していた1オイラー+3回転サルコウをつけられずに終わったからだ。
GPシリーズへ向けた記者会見では、今季の自身のテーマは「スタート」だと宇野は言った。
「昨シーズンは満足できるものだったと思いますが、そういうシーズンだったからこそ、今季は自分がシニアに上がった時のように成長していきたいという意味で、『スタート』にしました」
フリーに関しては「今できる可能性のあるジャンプをすべて入れた構成にして、失敗しても挑戦し続けていきたい」と話していたように、自身のGPシリーズ初戦でも、前だけを向くフラットな姿勢を崩さなかった。4回転トーループがいちばんの課題
前日のショートプログラム(SP)は最終滑走。スケートアメリカから連戦の三浦佳生(17歳、オリエンタルバイオ/目黒日大高)が、94.06点でトップに立った状況での演技だった。ステファン・ランビエルコーチによるこのプログラムの振り付けについて、宇野はこう説明する。
「試合よりエキシビションに寄った感じのプログラムになっているのが僕自身、好きなところ。難しいジャンプは入っているが、表現という面でもステファンコーチが振り付けてくれたものを、すべて体現できるようにしていきたい」
宇野は落ち着いた雰囲気で滑り出すと、最初の4回転フリップを3.46点加点のきれいなジャンプにした。
だが、課題にしている4回転トーループは着氷で片手をついてしまい、1回転トーループをつけたが連続ジャンプと認められずに大きく減点される結果に。さらに後半のトリプルアクセルも軸が斜めになり着氷が安定せず、加点を稼げなかった。
それでも「好きなプログラム」と言うように、続くステップでは音に身を任せるような柔らかく大きな滑りで自分の世界をつくり出した。結果はタイムバイオレーションの減点1があり89.98点と三浦に届かない2位だったが、演技終了後はスッキリした表情をしていた。
「今日の演技は、こっち(カナダ)に来てからジャンプに不安があって失敗も出ましたが、今の自分のいいものでもなく、悪いものでもない、日本でやっていた練習どおりの滑りになりました」
ひとつのヒントを得る滑りにもなったと、顔をほころばせた。
「4回転トーループとトリプルアクセルは練習では何本もやれば安定してしまうので、それがよくなかったと思います。根本的に100%いい跳び方をしていないので、練習では跳べても試合では失敗することが多くなる。
だから自分でこれだと思うジャンプを開発して、練習で正しい跳び方をしなければダメだとこの試合で思いました。コンビネーションでも1本目が跳べれば2本目は普通につけられると思うので、4回転トーループの正しい跳び方が一番の課題だと思いました」
そこでの気づきを、宇野は翌日のフリーで活かした。
フリーの前半は音の流れもゆるやかで、ジャンプを力強く跳びにくい曲調。そのなかで4回転ループは尻が下がる着氷になって、続く4回転サルコウと4回転フリップは4分の1の回転不足と判定される耐えるジャンプになった。
次のトリプルアクセル+ダブルアクセルをしっかり決めてリズムを取り戻すと、曲調が力強くなった後半に、4回転トーループ+3回転トーループをきれいに決めた。
そのあとのトリプルアクセルと4回転トーループは回転不足と判定されて得点源にはできなかったが、全身を大きく使って滑るステップシークエンスは宇野らしさを存分に出す滑り。小さなミスを連発したが、183.17点を獲得して合計は273.15点。最終滑走の三浦が得点を伸ばせなかったため、7.86点差をつけて優勝を決めた。
昨年のNHK杯に続く、GPシリーズ7勝目。それでも宇野は落ち着いた表情を崩さなかった。
「今日の演技はショートと同様に、練習でのいい部分も悪い部分もしっかり出た演技だったと思います。ただショートで失敗した4回転トーループ+3回転トーループに関しては、一日という短い期間だったが、『これ!』というのを見つけられたので、次のNHK杯に向けていい練習ができるなと思いました」
自身の演技を振り返り、続けた。
「最近気をつけているのは、試合で練習以上のことをやろうとはしないことです。仮に試合で練習以上ができたとしても、それはその場限り、その日限りの演技なので。だから練習につながる試合をするために、試合につながる練習をするために......。どちらも活きるようにするために、いつもどおりにするということを心がけています。
今回は回転不足を多く取られてはいるけど、より回転を回さなくてはと思うのではなく、いいジャンプをすればしっかり認定されるジャンプを跳べるという自信はある。今日の演技は自分にとって本当にいい課題になったと思うし、このまま続けていけば僕はいい演技ができるのではないかな、と考えています」
これまでずっと目標とし追いかけ続けていた羽生結弦やネイサン・チェンが競技から離れ、同じ土俵で戦えなくなった今季、宇野が意識するのは自分を限界まで成長させるということ。10月上旬のジャパンオープンの公式練習でイリア・マリニン(アメリカ)が4回転アクセルを含む4回転6種類7本の構成に挑んだ姿に影響された。
「4回転ルッツはちょっと諦めた時期も長かったんですが、彼(マリニン)が相手になるとこのままでは終わってしまうと思って、練習を再開しました」
だが、焦りはない。自分ができること、そして今やるべきことをしっかり見つめ、そこに集中するだけ。この大会の宇野の落ち着いた表情からは、自分の足下を見つめながら進化しようとする思いが見えた。
そんな精神面の安定こそが、宇野の新たな一歩を確実なものにする。きちんと勝ちきった今回のスケートカナダは、その期待が明確に見えてくる大会になった。