●『CMF×MOOD』展の概要

ソニーは、同社の製品・サービスのデザインに関わるクリエイティブセンターによる『CMF×MOOD』展(会期:10月21日〜10月29日)を、東京・六本木のMaterial ConneXion Tokyoで開催しています。

ソニー「CMF×MOOD」展が10月29日まで開催中。写真右は、ソニーグループ クリエイティブセンター スタジオ3 クリエイティブディレクターの詫摩智朗氏

「CMF×MOOD」展のキービジュアル

CMFとは、プロダクトデザインの3大要素であるColor(色)、Material(素材)、Finish(加工)の頭文字を取った略称。ソニーがどんなコンセプトで製品をデザインしているのか、秘密の一端を垣間見られる貴重な展示会になっています。



展示の様子。10月26日にはソニーのデザイナーによるトークセッションも開催予定(後述)

「CMF×MOOD」展のポスター

会場となるMaterial ConneXion Tokyo(地下1階)が入居する、東京・六本木のAXISビル(東京メトロ「六本木駅」方面からの眺め)。所在地は東京都港区六本木5-17-1で、開催時間は10時から17時まで。参加費は無料(申込不要)

東京都心がデザインとアートに染まるデザイン&アートフェスティバル『DESIGNART TOKYO』(会期:10月21日〜10月30日)の日程に合わせて開催されている、ソニーの『CMF×MOOD』展。会場に足を踏み入れると、そこには手のひらサイズのオブジェが多数展示されていました。その一部を写真と共に紹介していきましょう。

オブジェは手前から「最新」「昨年あるいは一昨年ほど前」「数年前」という時系列で並んでいる

このオブジェは、ソニーグループのデザイナー陣がイメージ共有のために毎年、作っているもの。当時の流行や時代背景が色濃く反映されています。

関係者によれば「ソニーグループでは消費者の心に響くCMFを生み出すため、デザイナー自身が世界の各都市でフィールドリサーチを継続的に行い、その結果を持ち寄ることでCMFデザインの方向性を決めていく『CMFフレームワーク』を毎年つくっています」とのこと。ソニーの製品が好きな人なら、展示のオブジェを見て「これはあの製品に似ているな」「こういうデザインが流行った時代もあったよね」などと、カンが働くかもしれません。

天面の葉脈のような模様が美しいオブジェも

デザイナーが込めた思いなどを想像しながら見て回りたい

今回の展示は4つのテーマに分けられており、展示ではひとつのテーマにつき、さらに各3つのキーワードに分けて紹介しています(キーワードが付けられていないオブジェもあります)。

展示は4つのテーマに分けられており、ひとつのテーマにつき、さらに各3つのキーワードに分けて紹介

各テーマの展示コーナーごとに、代表的なオブジェのカラーリングに対応したユーザーインタフェースの動き(アニメーション)をiPadで見ることもできる

manufacturing fascination:手わざ感の魅力均質なものの美しさではなく、不均一でもストーリーがあるものに本質的な価値を見出したテーマ。手作りの質感や経年変化による色が温もりと安心感をもたらす表現です。

resilient tech:しなやかな適応性2020年から続くパンデミックの困難な状況の中でも、テクノロジーと革新的なソリューションによって人々がしなやかに適応していくという前向きなテーマ。機能性と美を兼ね備えた表現です。

coded poetry:埋め込まれた詩的表現人々が自然とのつながりを取り戻し、調和とバランスを実現していくというテーマ。人工的な色や形から脱却し、自然な美しさを取り入れることで癒しや安らぎを表現します。

energetic resonance:共鳴するエナジー多様なアイデアや個性がつながり、デジタルソリューションによって新たな一体感を生み出していくというテーマ。リアルとデジタルが融合した世界観を鮮やかなカラーと魅力的なエフェクトで表現します。

manufacturing fascination

resilient tech

coded poetry

energetic resonance

●手のひらに乗る小さなオブジェ、そこに込められたデザインの意図

高級ウォークマンにも通ずる“手わざ感の魅力”

会場では、ソニーグループ クリエイティブセンター スタジオ3 クリエイティブディレクターの詫摩智朗氏に話を聞くことができました。

詫摩智朗氏が、テーマやオブジェの詳細、それらが反映された製品・サービスの一部について説明した

はじめにmanufacturing fascinationの展示物について。サブタイトルに“手わざ感の魅力”とあるとおり、数年前は、クラフトマンシップ(職人技)を製品デザインに落とし込むことを考えていたそう。オブジェを見ても、なるほど美しい仕上がりです。

これが数年前のコンセプトのひとつ。“端正に作り切ること”に重きを置いている

実際、これはウォークマンのハイエンドモデル「NW-WM1Z」のデザインにつながりました、と詫摩氏。会場に展示されていた製品を見てみれば、納得! デザインのコンセプトがコンシューマの製品に落とし込まれた好例でした。

ウォークマンのハイエンドモデル「NW-WM1Z」(2016年発売)

そして詫摩氏は「カメラなどのデジタル製品であっても、使い込んでいくうちに出てくる“味”みたいなものを大切にしたいと思うんです。『買ったときが最高』ではなくて。たとえば少し色が剥げても、ちゃんと良い味わいが出るように」と続けます。

こちらが最新デザインのコンセプトのひとつをかたちにしたオブジェ「Authentic」。青色の立方体の縁や角が摩耗して、これは地の色なのか、赤色や金色が見え始めている

ところで、世界はここ数年の間にグローバル規模でパンデミックを経験しました。そこで一昨年ほど前のデザインを振り返ると、銅や真鍮が腐食している様子、サビている様子を表現したものがありました。これはこれで美しい…。

腐食しているメタル素材をデザインに取り込んだオブジェ

ふたたび最新のデザインに目を移すと、そこにはキノコ由来のエシカルレザー(マッシュルームレザー)が登場しています。サステナビリティを象徴しているかのよう。ひと昔前であれば考えられなかったデザインと言えるでしょう。

キノコ由来のエシカルレザー(マッシュルームレザー)を使ったオブジェ「Ethical」

“世界中で同じものを提供しよう”とグローバル化が進んだ時代を経て、ここ最近はローカルの良さに回帰する考え方も出てきた、と語る詫摩氏は、ここでユニークな例えを出します。

「例えばウォークマンを作っている工場から出てきた廃棄物を集めてみたら? そこからも何となくウォークマンっぽい感じがするのでしょうか。もし、そんなことがあり得るのだとすれば、それもひとつの味。いま、物流で世界中のモノが動く時代から、ローカルの良さを見直す時代に移りつつあるのかも知れません」(詫摩氏)。

回収した廃棄物の種類や地域の違いによって異なる表情を見せるオブジェ「Local」。そのコミュニティで作られたものは、たとえ廃棄物であってもその場所を想起させるのか?

デザイナーはソニーグループのさまざまな商品やサービスをデザインしており、世界中に散らばっています。そして流行には、早い遅いの地域差があるのも事実。そんな背景も踏まえて、詫摩氏は「常に考えなければいけないのは、デザインに落とすタイミングです。場合によっては、早めに宣言しなきゃいけないときもあります」と話します。

ソニーグループのさまざまな商品やサービスを担当しているデザイナーが集まってできたチーム

機能的な素材をデザインに落とし込む。“しなやかな適応性”

次はresilient tech(しなやかな適応性)がテーマ。同氏は「見てくれだけ可愛い、素敵……という話じゃなくて、『物理的に働くマテリアル』を求めていく考えです」と説明します。どういうことでしょうか?

そこには、青色を基調としたクリスタルのようなオブジェがひとつ。説明書きには「赤外線の反射率が高く遮断効果のあるブルーカラー」とあります。つまり機能性を兼ね備えたデザインというわけですね。

実用的な機能性を追求したオブジェ「Utilitarian」

いまや抗菌は当たり前で、それをより美しく表現したものが求められている、と詫摩氏。例えばシリコンとステンレスという2種類の抗菌マテリアルをつなげてきれいなコントラストで仕上げる。あるいは「より人に寄り添うマテリアル」として、微細なメッシュで覆った形のオブジェもあります。宇宙でも使えるという、スペースレディ時代のマテリアルをイメージした「Visionary」も展示されていました。

新しい環境と共に進化したオブジェ「Co-Evolving」(左上)。左下がスペースレディ時代のマテリアルをイメージした「Visionary」。それ以外のオブジェも、resilient techというテーマに関連した展示の一部として披露されていた

●あのスマホやオーディオ製品のカラーの由来、ここにあり

Xperiaやヘッドホン/イヤホンに活きる“埋め込まれた詩的表現”

coded poetry(埋め込まれた詩的表現)というテーマでは、デジタル疲れの反動として、安らぎ、柔らかさ、ゆらぎ、優しさなどを表現。「デジタルでいちから作り上げた不自然に完璧なもの」(詫摩氏)というBiophiliaや、バーチャル世界の表現にチャレンジしたUtopiaなど、ユニークなオブジェが並んでいます。

自然の在り様にならう「Biophilia」

完璧なバランスの希求「Utopia」

なかでも水色とピンクのグラデーションが美しいオブジェは、後にスマートフォン、ヘッドセット、Bluetoothスピーカー製品などのコンセプトカラーになったとのこと。同じ製品を愛用していた人には感慨深いものがあるでしょう。

このオブジェで表現した水色とピンクのグラデーションが、後にポータブルオーディオ製品のカラーに採用されている

(左上から時計回りに)カラフルなワイヤレスヘッドホン「h.ear on 3 Wireless NC WH-H910N」(2019年10月発売)、完全ワイヤレスイヤホン「h.ear in 3 Truly Wireless WF-H800」(2020年2月発売)、Bluetoothスピーカー「SRS-XB13」(2021年5月発売)、Androidスマートフォン「Xperia 8」(2019年発売)

完全ワイヤレスイヤホン「WF-H800」の本体や製品パッケージのカラーに、上記のオブジェで表現されていた水色とピンクのグラデーションが生きている

バーチャルとリアルを行き来する“共鳴するエナジー”

コロナ禍になり、人々はバーチャルのなかで出会い、活動するようになりました。コロナ禍が収まりつつある現在は、ふたたびリアルの世界に回帰する兆しも見えています。そこでバーチャルの世界にあったものをリアルの世界に持ってこようという動きが出てきました。energetic resonance(共鳴するエナジー)のオブジェは、形、輝度にご注目。

エネルギーを感じる原色を使用した仮想世界で描かれた形状「Captivating」

バーチャル空間でモノの色が変わる様子をリアルで表現した「Diverse」は、さまざまな角度から眺めたり、光を当てたりして鑑賞したい造形です。

見る角度で表現が変化するユニークなマルチカラー「Diverse」

ほかのカラフルなオブジェとは趣を異にする、真っ黒なオブジェ「Electrify」は、内に秘めているパワーを表現したものだそう。光を当てたときに虹色が光る仕掛けで、詫摩氏も「カメラのフラッシュを当てて撮影してみてください」と説明していました。

再帰性反射材によって光で浮かび上がる美しいレインボーカラーの二面性が楽しめる「Electrify」

LinkBudsのデザインのルーツも。トークセッション開催

ちなみに会場には、先のmanufacturing fascinationのカテゴリにあったLocalに通じる話として、環境に配慮した素材を使った2つの完全ワイヤレスイヤホンも展示されていました。「WF-1000XM4」(2021年6月発売)と「LinkBuds(WF-L900)」(2022年2月発売)です。WF-1000XM4のパッケージ素材については、竹、サトウキビの殻、古紙を使ってグレーを基調にした風合いの「オリジナルブレンドマテリアル」をつくったのだそう。こうしてデザインのルーツを知ることができると、より愛着が沸きますね。

完全ワイヤレスイヤホン「WF-1000XM4」(左手前)と「LinkBuds WF-L900」(右奥)

なお、10月26日の15時から16時まで、リアルとオンラインのハイブリッド形式で、『ソニーが考えるCMFの魅力とは(仮)』をテーマにしたトークセッションが開催される予定です。リアルの会場はMaterial ConneXion Tokyo マテリアルライブラリー、オンラインの場合はMicrosoft Teamsから視聴できます。参加費は無料ですが申し込みが必要です(リアル会場は満席につき、申し込み受付終了)。興味を持たれた方は、この機会に参加してみてはいかがでしょうか。

近藤謙太郎 こんどうけんたろう 1977年生まれ、早稲田大学卒業。出版社勤務を経て、フリーランスとして独立。通信業界やデジタル業界を中心に活動しており、最近はスポーツ分野やヘルスケア分野にも出没するように。日本各地、遠方の取材も大好き。趣味はカメラ、旅行、楽器の演奏など。動画の撮影と編集も楽しくなってきた。 この著者の記事一覧はこちら