津軽二股駅に停車する津軽線のGV-E400。後方に北海道新幹線の線路が通る=2022年7月(筆者撮影)

この夏、2つの打撃が津軽半島の鉄路を襲った。7月末、JR東日本は「利用の少ない地方路線」を公表。リストの中に津軽線の名があった。その直後の8月、前線が各地に水害をもたらし、津軽線は13カ所もの被害を受けて今も部分的に運休中だ。

一方で、津軽線の役割を補完するワンコイン500円の「デマンド型乗合タクシー」実証実験が行われている。鉄路の行方への不安と、新たな地域交通構築への期待が、津軽半島北部で交錯する。

北海道新幹線開業で鉄路が一変

津軽線は青森市、蓬田村、外ヶ浜町、今別町の4市町村を通り、青森―三厩間を結ぶ55.8kmのローカル線だ。途中の蟹田までは1951年、終点の三厩までは1958年に開業した。

青森から蟹田の西隣駅・中小国までの区間は津軽海峡線の一部を構成し、1988年3月から2016年3月までの28年間、本州と北海道を結ぶ旅客輸送を担った。蟹田駅には特急「はつかり」、そして「白鳥」「スーパー白鳥」が停車していた。

北海道新幹線の着工が決まった後、津軽線は一時、並行在来線に該当するかどうか注目を集めた。しかし津軽海峡を渡れないため「該当しない」との結論となり現在に至る。それでも、開業により大きな余波を受けた。

津軽線の津軽二股駅に隣接してJR北海道の奥津軽いまべつ駅が開業し、津軽半島の新たな結節点となった。一方、海峡線の特急全廃によって、とくに蟹田駅の利便性が大きく低下した。現在の運行本数は青森―蟹田間が1日9往復、蟹田―三厩間が5往復にとどまる。通常なら、鉄道利用の観光客は少ない列車と町営バス、時にはタクシーを乗り継ぎ、余裕のない日程で津軽半島を周遊せざるをえない。

JR東日本の公表データによれば、コロナ禍前、2019年度の平均通過人員(輸送密度)は、青森―中小国間が1日当たり720人、中小国―三厩間が107人、線区全体で452人だった。


津軽線と北海道新幹線の略図(地理院地図から筆者作成)

国土交通省の有識者会議は7月25日、輸送密度が1000人未満の地方鉄道について、JRか自治体の要請に基づき国主導の協議会を設置し、3年以内をメドに存廃を判断する仕組みを導入すべきだ、と提言した。

その直後の7月28日、JR東日本は2019年度現在の「利用2000人未満の路線」の収支を公表した。津軽線は青森―中小国間が21億6400万円、中小国―三厩間が7億1100万円、計28億7500万円弱の赤字だった。2019年度の利用者は、JR東日本が発足した1987年度に比べると、青森―中小国間が93%減、中小国―三厩間が74%減だった。

さらに8月1日、JR東日本は直近の各路線の利用状況を公表した。コロナ禍の影響もあり、2021年度の津軽線は全線の利用が1日当たり356人、青森―中小国間が556人、中小国―三厩間が98人で、コロナ禍前の2019年度に比べてそれぞれ21%、23%、8%減少していた。

記録的豪雨で大ダメージ

祭りシーズンと夏休み本番を迎えた2022年8月、青森県一帯を記録的な豪雨が襲った。各地の降水量は軒並み、平年の4〜5倍に達して、観測史上の最多記録を更新した。

8月3日に最初の豪雨が襲い、津軽線は蟹田―三厩間が復旧に10日前後を要する被害を受けた。追い打ちを掛ける形で、8月9〜10日にはそれを上回る豪雨が続き、さらなるダメージが加わった。JR東日本は8月10日、「蟹田―三厩間の復旧のメドが立たない」と公表。8月19日には、盛り土・表土の流出9カ所、土砂流入4カ所、計13カ所で大きな被害が確認されたことを明らかにした。これらの被害は、小国峠を越える大平―津軽二股間に集中し、盛り土がなくなって線路が宙に浮いている個所も見つかった。

奥津軽いまべつ駅付近では8月3日の豪雨で今別川が氾濫、駅の1階が浸水し、通常通り運行していた北海道新幹線から下車した利用者が一時、駅から出られなくなった。駅前の道路の路肩がえぐられ、近くの県道沿いでは今別川に架かった水道設備が破壊された。河原には大きな流木が転がり、水流の激しさを想像させた。駅の北方に位置する大川平地区では、ブドウ畑が水と泥に浸かった。


奥津軽いまべつ駅付近の今別川。流木と破壊された水道施設=2022年8月(筆者撮影)


今別町・大川平地区のブドウ畑にたまり、集められた泥=2022年8月(筆者撮影)

津軽線の窮地を救う格好になったのが「デマンド型乗合タクシー」だった。観光と日常生活の利便性向上をともに目指す実証実験として企画された。JR東日本盛岡支社、JR東日本スタートアップ、電脳交通、奥津軽観光の4者が連携して7〜9月の期間、「わんタク」「つがるん」の2種類を運行している。いずれもネットか電話での事前予約制で、料金は乗車1回につき1人500円。つまり、一般のタクシーなら数千円以上かかる距離を500円で移動できる。

「わんタク」は毎日、午前10時〜午後4時の間に30分間隔で運行する。名称は津軽弁の「わんど(私たち)のタクシー」をアレンジした造語だ。乗降場所は、蟹田駅周辺から龍飛崎の周辺までの間で自由に指定できる。


津軽線・三厩駅前を出発する「わんタク」=2022年7月(筆者撮影)

一方の「つがるん」は青森市からの帰宅者を利用者に想定し、平日の午後9時に蟹田駅を出発する。三厩字鉄山地区までの運行経路上なら、どこでも降車場所を指定できる。愛称は「津軽」と「つながる」にちなむ。

8月の豪雨で状況が一変した後、JR東日本は津軽線の代替交通手段として「わんタク」をアナウンスするようになった。8月19日には、津軽線の被害状況公表と併せて、蟹田―三厩間に22日から代行バス3往復を運行すること、そして「わんタク」による振替輸送を開始することを公表した。

「路線廃止への入り口」の警戒も

津軽線の運休以前から、津軽半島を周遊する観光客は積極的に「わんタク」を利用する反面、地元の人々の利用は必ずしも進んでいない、という様子が伝わっていた。

そして、8月の豪雨は「もし、津軽線がなくなったら……」という状況を出現させた。9月末までの運行期間中、デマンド型乗合タクシー利用がどの程度、普及していくか、あらためて注目されるようになった。 JR東日本盛岡支社の久保公人支社長は9月の定例記者会見で、津軽線の被害の大きさに、デマンド型乗合タクシーの運行延長も検討していることを明らかにした。

「わんタク」を利用し、3つのモデルコースでモニターツアーを実施した旅行会社「また旅くらぶ」(青森市)の高木まゆみ代表取締役は語る。

「青森市内からの参加者が多く、とくに津軽線を初めて利用した方は『このツアーがなければ津軽線に乗る機会はなかった』と車窓からの景色を楽しんでいました。県外からの参加者も、旅の目的はそれぞれ違いますが、旅先で出会った参加者同士の会話も弾み楽しそうです。個人旅行が増えてきた今、鉄道と地元のタクシーをうまくつないで周遊できるよう、デマンド型乗合タクシーの実用化を切に願います」

地元には、国土交通省の有識者会議の提言とJR東日本の路線データ公表が「路線廃止への入り口」と警戒する空気が漂う。

津軽線沿線では、短絡的な存廃の議論とは距離のある動きがいくつか進んでいる。JR東日本盛岡支社は、外ヶ浜町と今別町、青森大学とともに、津軽線と沿線の活性化を目指す「JR津軽線プロジェクト」を展開中だ。また、外ヶ浜町では、非公式キャラクター「風乃まち」を創作した匿名の町民が、交流促進や経済活動の進行に取り組み、全国メディアにもたびたび取り上げられて、ファンを拡大している。

これらの声や動きを、新たな地域の交通デザインにどう織り込んで、人口減少社会をつくり直していくか。鉄路の存廃を論じる前に、今後の地域社会にどんな展望を抱くか、その議論が欠かせない。


この連載の記事一覧はこちら

(櫛引 素夫 : 青森大学教授、地域ジャーナリスト、専門地域調査士)