ドイツ空軍が戦闘機6機を24時間以内でシンガポールに展開させた「ラピッド・パシフィック」2022訓練。その裏には派遣されたパイロットや整備士の知られざる苦労があったようです。リアルな声を聞いてきました。

豪州訓練派遣の裏にあったもう一つの訓練

 2022年夏、ドイツ空軍はアジア地域への大規模な展開訓練を「ラピッド・パシフィック2022」と命名して実施しました。この訓練では6機のユーロファイター戦闘機を中心に、A400M輸送機4機とA330MRTT空中給油・輸送機3機を支援機として同時に派遣。目的はインド太平洋地域への展開と、同地域の軍との共同演習・交流を行うことです。


ダーウィン基地を離陸するドイツ空軍のユーロファイタータイフーンの特別塗装機「エア・アンバサダー」(布留川 司撮影)。

 今回の展開訓練で最大の挑戦ともいえるのが移動距離と制限時間でした。展開時の目的地はシンガポールが設定されていましたが、その距離はドイツ本国からなんと約1万kmにもなります。これは、日本からサンフランシスコまで行く太平洋横断(約8800km)よりも長く、この長距離をなんと24時間以内に移動することが任務として課せられていたのです。なお、ドイツ〜オーストラリア(ダーウィン)はさらに遠く、トータルで1万3000km程度にもなるとか。

 しかし、大型の旅客機とは違って、戦闘機はそんなに長距離を単独で飛ぶことはできません。A330MRTT空中給油・輸送機が同行して空中給油を繰り返せば、飛行は続けられるかもしれませんが、ひとりで操縦するパイロットへの負担増大は無視できないでしょう。

 そのため、飛行は2つのパートに分けられました。部隊はまず地中海からペルシャ湾へと抜けていき、中継地として定めたUAE(アラブ首長国連邦)でいったん着陸。そこで約6時間滞在して機体点検とパイロットの交代が行われました。その後、インド洋からインド本国上空を通過してシンガポールまで移動。この2つのパートでそれぞれ7時間程度飛行を行い、パイロットや機体へかかる負担を軽減しています。

 結果、トータルで11回もの空中給油を実施しつつもドイツからシンガポールまでの移動を20時間22分で行い、目標とした24時間よりもだいぶ短いタイムで展開を成功させました。

 しかし、それは決して簡単なことではなく、多くの苦労や道中でのトラブルもありました。そのひとつが機体トラブルに起因するグループからの離脱があったことです。

部隊を2グループに分ける決断

 実は派遣されたユーロファイターの1機が、行程の途中で異常を知らせるエラーコードをコックピット内に表示したため、中継地であるUAEにおいて点検作業を行っています。しかし、任務で課せられたタイムリミットを厳守するために該当機はそのままUAEに留まり、残りの5機で移動を継続したそうです。

 このトラブルに関しては、ドイツ空軍の整備員が次のようにコメントしてくれました。「途中でユーロファイターの油圧系統に問題があることがわかりました。トラブル自体は深刻なものではなく現場で対応可能なレベルでしたが、UAE滞在の6時間では解決できませんでした。ミッション全体の時計を止めることはできないため、我々は目標達成のためにその機体をグループから外しました」。


ダーウィン基地にならぶドイツ空軍のユーロファイター「タイフーン」戦闘機(布留川 司撮影)。

 すべての機体がそろって到着できなかったことは、外部から見ると中途半端に映るかもしれませんが、本展開の一番の目的であった「24時間以内に到着」という条件を達成するには、仕方のない選択だったともいえるでしょう。

 逆にいうと、展開部隊を2つに分け、移動と修理を同時に行えたのは、ドイツ空軍の派遣部隊の柔軟性と組織力の高さの表れともいえます。

 UAEで別れた1機のユーロファイターは、のちに修理を終えてグループと合流。全機そろって8月中旬から始まったオーストラリアの多国間共同演習「ピッチ・ブラック22」に参加しています。

本国から1万km以上離れた場所に部隊展開させる苦労

 演習ではユーロファイター戦闘機とA330MRTT空中給油・輸送機を中心にフライトをこなしており、約3週間の期間中は週末以外を除けば訓練飛行を連日実施しています。ここでは長距離移動とはまた別の苦労があるそうで、本国から遠く離れた地域で自国機を飛ばすために、ドイツ空軍はスペアパーツや地上で使う支援機材一式を持ち込んでいるそう。その数はなんとコンテナで56個にもなるといいます。これら膨大な物資を用意したことで、展開部隊はドイツ本国と同じレベルの兵站支援をオーストラリアで受けることができたようです。


「ピッチ・ブラック22」での運用を支えるためにダーウィン基地に持ち込まれたドイツ空軍のコンテナ群。それぞれにはスペアパーツや支援機材が入れられており、その数は56個にもなったという(布留川 司撮影)。

 同行する輸送機の搭載量を超えたこれら物資は、海上輸送によって別便で運ばれたとのことで、今回の展開訓練では参加機や人数だけでなく、その背景にはドイツ空軍と本国の多大なる支援業務があったことが推測できます。

 戦闘機はそれ単体では活動することが難しく、今回の派遣では6機というわずかな機数でも、運用を支える後方支援は多数必須であることを教えてくれます。ドイツ空軍は今回の「ラピッド・パシフィック2022」を通じて、「1日で本国からインド太平洋地域に展開」という能力を実証した一方、その過程でノウハウや問題点を数多く学んだと言えるのではないでしょうか。