伝説の「パンジャンドラム」を知っているか? 語り継がれる英国の歴史的大失敗兵器!
イギリスという国は時として、なぜそのようなものを作ってしまったのか、と言わずにはおれないようなものを世に放ってきました。そうしたもののひとつが、大失敗兵器として歴史にその名を残す「パンジャンドラム」です。
イギリスの伝説的無人兵器はなぜ開発されてしまったのか
2020年のナゴルノ・カラバフ紛争、そして2022年現在も続いているロシアのウクライナ侵攻、これらの戦いでは軍用のドローンなど、いわゆる「無人兵器」が脚光を浴びました。その歴史を紐解くとキリがないものの、そうしたなかでも第2次世界大戦中、イギリスで開発され「いろいろな意味で」歴史や人々の記憶に深くその名を刻んだ無人兵器があります。それが、「パンジャンドラム」です。
WW2期英国の無人兵器「パンジャンドラム」。帝国戦争博物館(IWM)の説明によると1943年と1944年に行われたテストは「惨事」だったという(画像:帝国戦争博物館/IWM)。
「パンジャンドラム」は上述のように第2次世界大戦中、欧州西部戦線における連合国の大陸反攻上陸作戦に際し開発されました。当時フランスのドーバー海峡沿岸部には、「大西洋の壁」と呼ばれたトーチカ群がドイツ軍によって建設されており、その破壊のために、イギリス軍にて1943(昭和18)年頃から試作が始まります。
そのありようを端的に表すなら、「ボビン状の巨大車輪爆弾」です。爆薬を詰めた本体を直径3mの車輪が挟み、ロケット推進の力で転がって敵トーチカに突っ込みこれを爆破するという、自走式の地雷でした。
開発は、反跳爆弾や対潜迫撃砲「ヘッジホッグ」など、画期的な発想の兵器を開発していたイギリス海軍省の多種兵器研究開発部(DMWD)が担当しました。当時、海軍中尉だった小説家のネヴィル・シュート・ノーウェイも開発に関わっており、「パンジャンドラム(〈The Great〉Panjandrum)」の命名は彼が行いました。
こうした「戦闘で発生する自軍の人的被害を抑制するための無人兵器」という発想は、上述のように大昔からありふれたものではあります。第2次世界大戦期でいえば、「パンジャンドラム」に先立つこと数年、イギリス軍にて「自走する地雷」という同じコンセプトの無限軌道(いわゆるキャタピラ)を備える自走地雷「ビートル」が研究開発されていました。こちらは採用に至りませんでしたが、一方で同時期にドイツ軍でも開発されていた同じような仕様の「ゴリアテ」は実戦投入されています。ただ、決して「成功した兵器」とはいえないものでした。
画期的な兵器となるはずがとんでもない欠陥品に
ドイツ軍の「ゴリアテ」は、コントローラーによる遠隔操作で敵陣地や地雷原を破壊する無限軌道式の自走地雷です。ある意味では現代のドローンなどに通じる部分もある本格的な無人兵器ではあったものの、有線で人が操作するという欠点があり、ケーブルが断線したり、敵に切られたりするなどの問題を抱えていました。無線式も考えられましたが、実現には至っていません。
1944年6月6日、ノルマンディ上陸作戦の現場にて、鹵獲したドイツ軍の「ゴリアテ」を調査するイギリス軍砲兵(画像:帝国戦争博物館/IWM)。
その点「パンジャンドラム」は、上陸用舟艇から射出後は人間の操作を必要とせず、100km/hほどで直進し、1tもの爆薬で艦砲やロケット弾での破壊が難しいターゲットを敵が抵抗する間もなく粉砕するという画期的なもので、戦車や装甲車などの支援が受けられない兵士の上陸を支援する頼もしい兵器となるはずでした。しかも、「ゴリアテ」のように複雑な構造もなく、生産するコストも手間も時間もかからないという利点もありました。
しかし、テストしてみると「パンジャンドラム」には致命的な問題のあることが明らかとなります。なんと、直進できないのです。
試作機をイングランド南西部に位置するウェストワード・ホー!の砂浜で走らせたところ、砂で接地が不安定だったことと、高速で本体を転がすはずだった複数の筒状ロケットの出力がバラバラでうまく直進できず、横転してしまいます。その後も改良とテストが続けてられていましたが、ロケットが離脱して見物している群衆を襲ったり、急に向きを変えて、見ている人のところに突っ込んできたりと散々な結果になりました。
その存在そのものが実は欺瞞工作だったという説も…?
結局、欧州での反攻作戦であるノルマンディー上陸作戦に「パンジャンドラム」が投入されることはなく、伝説的な失敗兵器として、そしてイギリスのよく分からない方向性での兵器開発を揶揄するネットスラング「英国面」の象徴として、21世紀現在も語り継がれる存在となってしまいました。
テストの際、「パンジャンドラム」は「直線以外のあらゆる場所に」転がっていったという(画像:帝国戦争博物館/IWM)。
なお、群衆の前でなんの情報統制も考えられていない状態でテストしたということもあり、この兵器開発そのものが、連合軍の反攻上陸作戦においてドイツ側にパ=ド=カレー沿岸へ上陸する気だと思わせる欺瞞工作だった、という説もあります。ただ、欺瞞のためにここまで時間をかけるわけがないという指摘もあるようです。
やがて2009(平成21)年、イギリスでノルマンディ上陸作戦65周年を記念する行事の一環で「パンジャンドラム」のレプリカが制作され、しかも砂浜を走行させるというイベントが実施されました。観客の歓声に包まれつつ、派手な火花を撒き散らしながらゆっくりと、しかし真っ直ぐに転がるその姿は、ネット上にアップロードされた動画で確認できます。