ウクライナ軍とロシア軍で多連装ロケット砲が多用されているのは、前身である旧ソ連軍がそうだったから、といえるでしょう。そしてその旧ソ連軍の多連装ロケット砲といえば「カチューシャ」の名で知られます。

なぜロケット砲はあんなに撃ちまくるの?

 ロシアによるウクライナ侵攻のニュース画像や映像では、ロケット砲の射撃シーンがよく使われています。大きな噴煙を上げて飛翔していくロケット弾は派手で、映像的に「映える」ということもあるとは思いますが、実際のところウクライナ軍もロシア軍もロケット砲を多用しているようです。


アメリカがウクライナに供与しているHIMARSの、射撃の様子(画像:アメリカ陸軍)。

 そうしたなか、アメリカがウクライナに供与している「HIMARS(ハイマーズ/高機動ロケット砲システム)」は、メディアによく取り上げられています。これまで16基、提供されたといい、ウクライナはその戦果をアピールし、ロシアはこれを4基、破壊したと発表しています。

 この「HIMARS」、「ゲームチェンジャー」などと表現する向きもありますが、新しい兵器ではありません。その名にあるとおり、いわゆるロケット砲に分類されるもので、どちらかといえばレガシーな兵器です。


HIMARSを後ろから。6×6のトラックにロケット弾6発の発射機を搭載するという構造(画像:アメリカ陸軍)。

「ロケット砲」は砲弾に推進力があり発射時の反動が少ないので、火薬の爆発力で砲弾を飛ばす大砲より構造が簡単で作り易く安価ということが特徴です。また、比較的簡単に射程を伸ばすこともできます。

 その代わりロケット弾は無誘導で風などの影響を受けやすく大砲より命中精度は低いので、「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」といわんばかりに一斉射撃するのが一般的な運用です。


HIMARSの射撃制御パネル(画像:アメリカ陸軍)。

 ウクライナとロシアでロケット砲が多用されている理由のひとつは、両軍がロケット砲を重視する旧ソ連軍型装備であるということです。ルーツは第2次世界大戦に登場した「カチューシャ」という多連装ロケット砲まで遡ります。

味方すら腰を抜かした「スターリンのオルガン」の恐怖!

「カチューシャ」といえば女性の名前であり、ヘアアクセサリーの名前でもあります。なぜ兵器にこんな名前がつけられたのか、諸説あるもののよく分かっていません。正式な名称でもないのですが、「多連装ロケット砲」全般をさす呼称として定着しています。


ソ連軍がWW2で使用した「カチューシャ」ロケット砲BM-13(画像:Yurii-mr、CC BY-SA 4.0〈https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0〉、via Wikimedia Commons)。

 1941(昭和16)年6月、ソ連はドイツ軍に攻め込まれ急いで砲兵を増強する必要がありました。先にふれたように、ロケット砲は簡単な構造で安価に製造できたので、そうした緊急の増産にはうってつけでした。戦争中に1万台以上が製造され、あらゆる種類のトラック、装甲車、それから装甲列車などにも搭載されました。


「カチューシャ」後部。鋼材を組んだ簡単な構造であることが分かる。

 ドイツ軍からはその飛来音から「スターリンのオルガン」と恐れられ、ソ連軍が初めて戦場に投入した時には、一斉射撃の迫力にソ連軍兵士まで逃げ出したというエピソードもあります。

 コストパフォーマンスに優れた「カチューシャ」は、第2次世界大戦でソ連の勝利に貢献し、そしていわゆる「戦場の女神」になりました。効果を実感したソ連は、戦後もロケット砲を重視します。


「カチューシャ」の子孫、ウクライナ軍のBM-21(画像:ウクライナ陸軍)

 そして現在、ウクライナの戦場では双方の防空システムが空に睨みを効かせているので制空権が確保できず、航空機の活動は不活発で、そして長距離火力投射は火砲に頼らざるを得ないという状況になっており、そうしたなか射程の長い「カチューシャ」の子孫たちがその実力を発揮し続けています。

「撃ちまくる」だけではなくなってきた「カチューシャ」の子孫

 アメリカの「HIMARS」もロケット砲ですが、これを「カチューシャ」と呼ぶ人はいないようです。

 先にふれたように、いわゆるロケット弾はその低い命中精度を補完するため「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」の面制圧をするのが一般的で、目標周辺への被害も出ますし、ピンポイント攻撃には向きません。ところが、ウクライナに供与されたHIMARSで発射するロケット弾はGPS/INS(衛星誘導/慣性誘導)といった誘導システムを備え、命中精度を向上させたM31と呼ばれるものです。


HIMARSはコンパクトで輸送機などに搭載できることがメリット(画像:アメリカ陸軍)。

 ロケット弾と地対地ミサイルの中間的なカテゴリーにあるものともいえ、射程距離が短いことがミサイルとの大きな違いです。それでもM31の射程は45km以上といわれ、同じくアメリカが供与したM777 105mm榴弾砲の30kmより長くなっています。

 ここで注意しなければならないのは、どんなに精度が良く射程距離が長くても、目標の正確な位置が分からなければ意味がないということです。小型のドローンでは前線から45km以上奥の観測は無理です。アメリカやイギリスが、偵察衛星や高性能偵察用無人機などから目標の位置情報を随時ウクライナに提供しているのはほぼ確実といわれ、M31というハードと目標位置情報提供というソフトが揃ったからこそ「HIMARS」が力を発揮している、といえそうです。


HIMARSで発射できる地対地ミサイルATACMS。右収納コンテナは外見でロケット弾かATACMSか区別できないように擬装されている(画像:アメリカ陸軍)。

 ウクライナはより長射程の地対地ミサイルを要求しており、そしてHIMARSでは最大射程300kmのMGM-140 ATACMSという地対地ミサイルが使用できます。しかし、欧米はウクライナがHIMARSでロシア領内へ長距離砲戦を仕掛け、戦闘がエスカレーションすることを危惧しているともいわれます。

 一方で欧米がウクライナに、実際のところどんな兵器をどれくらい供与しているのか、すべて公表されているわけではありませんし、情報提供などでグレーゾーン的な介入もしています。クリミア半島でロシア軍施設の爆発だか攻撃だかが頻発しているのも気になります。「カチューシャ」はどちらに微笑むのでしょうか。