パフォーマンス甲子園を目指した行動派の書道ガール 荒井理紗子が夢の過程で気付いた魅力【#青春のアザーカット】
連載「#青春のアザーカット」カメラマン・南しずかが写真で切り取る学生たちの日常
学校のこと、将来のこと、恋愛のこと……ただでさえ悩みが多い学生の毎日。その上、コロナ禍で“できないこと”が増え、心に広がるのは行き場のないモヤモヤばかり。そんな気持ちを忘れさせてくれるのは、スポーツや音楽・芸術・勉強など、自分の好きなことに熱中する時間だったりする。
そんな学生たちの姿を、スポーツ・芸術など幅広い分野の第一線で活躍するプロカメラマン・南しずかが切り取る連載「#青春(アオハル)のアザーカット」。コロナ禍で試合や大会がなくなっても、一番大切なのは練習を積み重ねた、いつもと変わらない毎日。その何気ない日常の1頁(ページ)をフィルムに焼き付けます。(取材・文=THE ANSWER編集部・佐藤 直子)
16頁目 大東文化大学文学部書道学科1年 荒井理紗子さん
「お願いします!」
張りのある通る声で挨拶をすると、大きな真っ白の紙に向かった。この日、テーマ曲に選んだのはRADWIMPSの「前前前世」。ふぅっと息を吐くと、墨汁に浸した大きな筆を手に持ち、アップテンポな曲に合わせながら、全身を使って一気に書き上げた。
「高鳴る鼓動 今を生きる この一瞬が宝物 想いよ 未来へ 夢」
一番大きく象徴的に書かれた「夢」の文字は、書道と荒井さんを繋ぐキーワードでもある。
書道を始めたのは幼稚園の頃。習い事が特別なものへと変わったのは、小学1年生の時に見たドラマと映画がきっかけだった。
「『とめはねっ! 鈴里高校書道部』という書道部のドラマがあって、それに感動したんです。高校生になったら書道部に入って、こういう日常を過ごしたいなって。さらに、同じ年に『書道ガールズ!! わたしたちの甲子園』という映画もあって、それを見たら『もう絶対に書道パフォーマンス甲子園に出たい!』となっちゃったんです」
憧れはどんどんふくらみ、小学4年生になると家族と一緒に愛媛県四国中央市まで書道パフォーマンス甲子園を観に行った。全国の予選を勝ち抜いた高校生が、渾身のパフォーマンスを繰り広げながら、ダイナミックに文字をしたためる。「生のパフォーマンスを見たら、高校生の熱狂というか、書道にひたすら熱い感じに感動しちゃって。これは高校に行ったら1年生から出るぞ、と決めました」。
書道パフォーマンス甲子園出場を目指し、中学で転校を決意
追いたい「夢」が見つかれば、あとは真っ直ぐ突き進むのみ。書道パフォーマンス甲子園に出るためには今、何をするべきか。書道部がある中高一貫校に行こうと、自ら進んで中学受験。書道パフォーマンス甲子園出場を目指しているという中学に合格し、書道部に入ったものの、思い描いていた理想と現実には少しギャップがあった。
「実際に入部したら、そこまで熱い感じではなかったんです。私の想いが強いっていうのはあるんですけど、書道パフォーマンス甲子園の本選に出場している学校の書道部の世界を体感してみたいという思いがますます募って、中学2年の春に転校を決めました」
一大決心だった。転校するにも、また受験する必要があるし、せっかくできた友達とも別れてしまう。それでも「夢」は捨てられなかった。6月に転校を決め、7月に受験。「本当に急展開。とにかく勉強しました」。努力と熱意が報われ、9月には書道部が盛んな佼成学園女子中学高等学校で再スタートを切った。
文化祭で書道パフォーマンスを披露したり、3年生の時には全日本書初め大展覧会で入賞したり、憧れの舞台を目指しながら充実の中学生活を過ごした。2019年4月。ようやく高校生となり、あとは何度も何度も頭の中に思い描いた書道パフォーマンス甲子園出場の道のりをたどるだけだった。
だが、1年生の時は部員が減ったことも影響し、関東ブロック予選で涙を呑んだ。「よし、2年生では必ず!」と決意も新たに迎えた2020年。今度は未曾有のコロナ禍で、大会そのものが開催中止となってしまった。
「挫折ではないですけど、結構ヘコみました。あと1回、3年生の時しかチャンスがないんだって」
緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が発令された期間は、書道部の活動は軒並み中止。書道パフォーマンスは1チーム最大12人が6分間の音楽に合わせ、4×6メートルの紙に作品を書き上げるため、何よりもチームワークが大事。ピッタリと息の合ったパフォーマンスに向けた準備はまったくできなくなってしまった。
とはいえ、嘆いてばかりもいられない。楽器と同じように、書道も毎日練習を積み重ねることが大事。「1日でも書かないと感覚が鈍ってしまう」と毎日、硯に向かった。個人の腕を磨けば、書道パフォーマンスにもプラスに働く。今までのこと、これからのこと、色々な想いを込めて書いた作品は、全国でも名高い岐阜女子大学全国書道展で大賞、学芸書道全国展で最高賞の東京学芸大学学長賞に輝いた。
コロナ禍で消えた高2の日々、最後の機会で訪れたさらなるチャレンジ
部活が再開したのは、高校2年の秋。毎年5月にある書道パフォーマンス甲子園予選に向けて、約6か月の準備期間が必要となる。なんとか間に合う。と思ったが、12月に指導者が不在となった。
「6か月後には予選が来てしまう。これが最後のチャンスだし、転校までして書道パフォーマンス甲子園を目指した努力が無駄になってしまう。後輩の部員も頑張っているし、部長としてもなんとかしなくちゃ。そう思って、書道の先生と演出家の先生を自分で探して学校に相談しました」
何があっても悔いは残したくない。最後の挑戦に全てを懸ける決意をした荒井さんはインターネットで情報を収集。書道の指導は、東京浅草橋書道教室を主宰している書家・櫻本太志先生に高校生活最後の書道パフォーマンス甲子園に懸ける思いを熱く伝えたところ、快く引き受けてくれた。
書道パフォーマンス甲子園は、書道の技術はもちろん演出面も重視。6分間のパフォーマンスを起承転結のあるストーリーとするために、演出家を招く学校もある。そこで演出は、北区つかこうへい劇団で学んだ渡辺和徳先生に「ダメ元でメールを送りました」。すると、「先生も書道に興味を持ってくださっていて、引き受けてくださったんです!」。
櫻本先生、渡辺先生の指導の下、文字の正確さや美しさに加えて、チームとしての一体感溢れる身体表現豊かなパフォーマンスをとことん練習した。出来る限りの準備は積み、迎えた関東ブロック予選。4位までに入れば、書道パフォーマンス甲子園への出場権を得られる。そして、結果は……順位点で1点差の5位。憧れの舞台には届かなかった。
「自分の中ではやり尽くしたし、本選には出られなかったけど1点差の5位って結構頑張ったと思います」
「昔と繋がっている感じもするしロマンチックだなって」
書道パフォーマンス甲子園には出られなかったが、その過程でもう一つの「夢」を見つけた。書道そのものの魅力を伝える書道家になる夢だ。
「最初はパフォーマンスをやりたくて書道をしていたのに、作品を書いていくうちに、日本や中国など限られた場所にしかない書道文化の魅力や面白さに気が付きました。もっと書道について知りたいし、書道の面白さを発信できる人になりたい。書道パフォーマンスをすると本当にたくさんの人たちが一斉に、真剣な眼差しで見てくれることに、すごく感動するんです。音楽やカラフルな色も使えるので、難しいと思われがちな書道の魅力が伝わりやすいんじゃないかと思っています」
岐阜女子大学全国書道展で大賞を2連覇し、産経ジュニア書道コンクールでは最高賞を受賞。数々の書道展で入賞を果たし、高校最後の年に有終の美を飾った。4月から大東文化大学で書道を学びながら、書家であり美文字研究の第一人者としても知られる青山浩之先生にも師事しながら研鑽を積む。
「青山先生からは『夢を持つことは素敵だけど、夢を見ているだけでは駄目。一つ一つ実現をしていくことが大事。目標を持つことを忘れずに一緒に進んでいこう』と励ましてくださっています」
書道について学びを深めると同時に、地域の放課後等デイサービス施設やイベント会場で書道パフォーマンスを披露しながら魅力を伝えている。青山先生から受けたアドバイスを、しっかり実践中だ。
筆を手に持ち、真っ新な紙に向かっていると、その刹那、遥か古代の中国や平安時代の日本へタイムトリップしたような気持ちになることがある。
「後漢時代や古代中国の漢詩を書く時は、歴史や時代背景を調べて、当時の人に思いを馳せてみることもあります。遠い昔の文字を再現できるって、昔と繋がっている感じもするしロマンチックだなって。大学に入ってから、日本固有のかな文字が持つ、漢字にはない線の繋がりや優麗さもいいなと思っています。左右対称ではない空間を意識した美しさって、日本にしかないものだと思うので」
目を輝かせながら、自分の想いを熱く語る荒井さん。書道に魅せられ、書道に恋したその姿は、どこまでも清々しい。
■南しずか / Shizuka Minami
1979年、東京生まれ。2008年12月から米女子ゴルフツアーの取材をはじめ、大リーグなど主にプロスポーツイベントを撮影する。主なクライアントは、共同通信社、Sports Graphic Number、週刊ゴルフダイジェストなど。
(THE ANSWER編集部・佐藤 直子 / Naoko Sato)