73年前でジャンボ・ジェットより巨大! 怪鳥プロペラ旅客機「ブラバソン」の伝説 機内に映画館!?
いまから73年前、巨大機とされるボーイング747をも上回る大きさのプロペラ旅客機が初飛行しました。イギリスが威信をかけて開発したこの機体、現代では考えられない独特なものが詰まっていました。
全幅は約70m!客室幅も747超え!
「巨人機」と呼ばれるような旅客機と言えば、「ジャンボ・ジェット」と呼ばれたボーイング747、総2階建てのエアバスA380などが挙げられます。しかし、プロペラ旅客機しかなかった1949年9月4日、それらに匹敵するような巨大旅客機が空へと飛び立ちました。イギリス、ブリストル社が手掛けたタイプ167「ブラバゾン」です。
ブリストル社「ブラバゾン」(画像:ausdew[public domain〈https://bit.ly/3KIe50R〉])。
「ブラバゾン」のサイズはまさに規格外。全長は約54m(177フィート)、そして全幅は約70m(230フィート)。全長70.6m、全幅64.4mのボーイング747とくらべても、全長こそ及ばないものの、全幅では747を5m以上も上回る大きさを持ちます。また、胴体直径も約7.6m(25フィート)と記録されており、747の客室幅である6.1mより一回り大きなものとなっています。
エンジンの設置方法は独特なものです。左右4基づつ、計8基の小型星形ピストン・エンジンを主翼に埋め込むように搭載。これを2基づつペアにして、その前に2重反転プロペラを計4基、設置しました。
当時はまだ、旅客機は“超リッチな乗りもの”であった時代。そのため、このような規格外の大きさにもかかわらず、乗客数は100程度に設定されていました。大きな機内は、旅客一人ひとりが広い専有面積をもつことで、贅沢なひとときを過ごすための工夫のひとつ。機内には、バーやラウンジ、映画館まで設置する計画だったそうです。
巡航高度は、約7600m(2万5000フィート)に設定。当時の旅客機としては先進的な、人為的に機内の気圧を高め、地上に近い環境に近づける「与圧キャビン」も装備されています。
「ブラバゾン」、どう開発されどうなった?
イギリスでは、第二次世界大戦中の1943年に、大戦終了を念頭にブラバゾン委員会を立ち上げました。これは、戦時下は戦闘機の開発に集中していた同国が、戦後の旅客機開発においても世界の先陣を切ろうと立ち上がった国家的プロジェクトで、大西洋を横断できる大型プロペラ旅客機、最新鋭の技術となるジェット旅客機など、5項目の機種を開発すべく、検討を進めていくものでした。
今回の主題である巨大プロペラ旅客機「ブラバゾン」はこの「大西洋を横断できる大型プロペラ旅客機」のカテゴリで開発されたものであり、そのモデル名も、同プロジェクト・そして委員長であるブラバゾン卿の名前にちなんだもの。同委員会がこの機の開発に、どれほど注力していたかがうかがえます。
ブリティッシュエアウェイズのボーイング747。現代の巨大機としてもっとも広く知られるモデルのひとつだ(画像:ブリティッシュエアウェイズ)
「ブラバゾン」の初飛行はフィルトン飛行場で実施されました。同飛行場では同機のために特設の滑走路が作られたそうです。観衆は報道関係者をはじめ1万人と記録されており、なかには、あまりに規格外の旅客機ゆえ、飛ぶことができないのでは……という意見も多かったのだとか。そのようななか、滑走路の半分も使い切らずにいとも簡単に飛び立ち、そういった論調を覆すことに成功しました。
このように初飛行に成功した巨大機「ブラバゾン」でしたが、完成したのは試作1号機しかありません。莫大な資金を投入したにも関わらず、航空会社側からの購入意思は得られまず、量産には至らなかったのです。試作機もわずか400時間しか飛んでいなかったにもかかわらず、1953年10月に分解されたと記録されています。
とはいえ、この「ブラバゾン」開発のために建設された格納庫などのインフラ施設は、ブリストル製ターボプロップ機「ブリタニア」など後発の新型機開発にも活かされることになったほか、その設計ノウハウも「ブリタニア」、そして世界初の量産ジェット旅客機であるデ・ハビランド「コメット」へと活かされることになったのです。