二松学舎大付が東東京大会の決勝戦で10回も苦杯をなめたことなど、もう昔のことだ。

 OBである鈴木誠也(広島東洋カープ→シカゴ・カブス)のプロ野球での台頭が、後輩たちに強い影響を与えた、と市原勝人監督は言う。

「2014年の夏、誠也の2年後輩の選手たちが甲子園出場を果たしました。彼らは誠也がプロ野球の一軍でプレーするのを見て『よし、俺たちも!』と思ったはずです。勇気と自信をくれました」

 メジャーリーグで奮闘する鈴木をはじめ、大江竜聖や秋広優人(ともに読売ジャイアンツ)、秋山正雲(千葉ロッテマリーンズ)の存在が後輩たちの励みになっているという。今夏の甲子園出場が決まったあとには、鈴木から「かたくならずに頑張ってください」というメッセージとともに、70人の部員にTシャツが贈られた。

 1回戦で札幌大谷に3対2でサヨナラ勝ちした二松学舎大付は、8月14日に地元・兵庫代表の社と対戦。終盤に追い上げられたものの、7対5で競り勝った。


社戦で本塁打を放った、1年生で二松学舎大付の4番を担う片井

 この試合でチームに勢いをつけたのは、1年生ながら4番を打つ片井海斗だ。東東京大会で打率.375、7打点、1本塁打。175cm・97kgという巨漢の右バッターは、1回戦は2打数ノーヒットに終わり、4打席目に代打を送られた。5カ月前まで中学生だった選手が初めての甲子園で普段通りにプレーするのは難しい。

 社との試合後、市原監督はこう語った。

「今日の片井の1打席目(サードゴロ併殺)が終わった時は厳しいかなと思ったけど、切り替えてやってくれた。もともと右方向にも左方向にも広角に打てるバッター。『お前の持ち味は柔らかさなんだぞ』と言いました」

 3回、3番の瀬谷大夢のタイムリーヒットで3対0としたあと、片井は左中間にホームランを放った。1年生の4番打者のホームランは大会史上3人目の快挙だった。

 3打席目にはツーベースを打って、追加点を挙げた片井は「1打席目にチャンスを潰したので、2打席目でやり返そうと思った。ホームランは今までで一番の感触でした」と語った。

 なぜ経験の少ない1年生がこの大舞台で活躍できるのか。
 
 市原監督は言う。

「キャプテンの小林幸男をはじめとする3年生に『片井を試合に出したい』という雰囲気がありました。3年生の理解、みんなが一丸となって戦うという意識、それらが片井を起用する勇気になっている。

 将来、二松学舎を背負っていく選手になってもらいたい選手。誠也は右方向によく長打を打ちましたけど、その部分は片井も似ているかもしれませんね。どちらも実戦向き。ただ、誠也は1年生の夏の時点でこれだけの活躍はできていなかった」

 もちろん、先輩たちから「強心臓」と言われる片井のキャラクターも大きい。

「言葉数が多いわけじゃないけど、先輩としっかりコミュニケーションが取れる。先輩からすると、愛嬌、かわいげがあるんでしょうね」

 1年生をのびのびプレーさせるチーム力が二松学舎大付にはある。市原監督の采配にもそういう意図が見える。

「前半戦はのびのび、思い切っていく。後半は勝機が見えていたので、いいかげんなことをして野球の神様にそっぽ向かれないよう手堅く」

 これまで、何度も市原監督に取材する機会があった。彼が重視するのは選手との信頼関係だ。

「選手にとって一番キツいのは、軽蔑されること、必要とされないこと。一番大事なのは、指導者と選手との間に信頼関係があるかどうか。選手たちと真剣に付き合うこと、真剣だということが伝わることが大切ですよね」

 だから、市原監督は選手の心を開こうとする。

「何か言われて『はい、はい』と答えるだけだったり、人の顔色ばかりをうかがっていたりするようでは成長できません。サインを出すのは監督でも、プレーするのは選手ですから。自分の意思を持たないと野球はなかなかうまくならない」

 2014年以降に5度も夏の甲子園に出場し、初戦はすべて勝利を挙げてきた。

「少なくとも3年に一度、それぞれの選手が在学中に甲子園に出れば、学校としての経験値が上がるし、『俺たちは甲子園に行く高校なんだ』という自負が生まれると思います」

 甲子園大会が行なわれなかった2020年に「3年に一度は甲子園」の目標は断たれたが、2021年春のセンバツから3大会連続出場を続けている。

「甲子園での勝ち方は実際に勝たないと身につかない。『終わってみたら勝っている』ように感じる試合もありますが、それはチームとしての経験値が高いから」

 2回戦で社に勝って、チームとしては初めて夏に2勝を挙げた。次は3度目の春夏連覇を目指す大阪桐蔭との戦いが待っている。投手層の厚さ、破壊力のある打線を誇る優勝候補を相手にどんな戦いを見せるのか。

「(夏2勝して)新しい歴史をつくってくれてうれしい。ただ、先輩たちもベスト16まで勝ち上がっているので、もうひとつ勝って先輩たちを超えてほしいです」