松島幸太朗はなぜフランスから戻ってきたのか。協会からの「戻ってこい」は全部嘘。帰国の決め手となったのは…
松島幸太朗インタビュー(前編)
2019年のラグビーワールドカップでは開幕戦でハットトリックを達成するなど、日本代表のベスト8進出に大きく貢献した松島幸太朗。2014年から日の丸を背負い続ける「稀代のスピードランナー」は、紆余曲折の人生を経て今年2月で29歳になった。
高校卒業後に南アフリカに渡り、シャークスのアカデミーで2年間のラグビー修行。2015年にオーストラリア・シドニーのワラターズ、2016年に同国メルボルンのレベルズ、そして2020年からフランス1部リーグTOP14に所属するASMクレルモン・オーヴェルニュでプレーし、2022年7月に古巣・東京サントリーサンゴリアスに復帰した。
「海外組」としてプレーして得たこと、来年9月にフランスで開かれるワールドカップへの意気込み、古巣に復帰した思いなどを語ってもらった。
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フランスの強豪クレルモンでレギュラーとして活躍した松島幸太朗
---- フランスから日本に戻ってきて、最初にやったことはなんですか?
「クレルモンには日本人が経営しているお弁当屋さんがあったので、『日本食が恋しい!』というほどにはならなかったですが(苦笑)、フランスのシーズンが長くてなかなか日本に戻って来られず焼肉屋に行けなかったので、戻ったらすぐに牛タンを食べに行きました(笑)。
クレルモンという場所はフランスの真ん中にあるので、オフが2〜3日あればどこかに観光に行っていましたね。クルマを運転してパリにも行きましたし、自然豊かなアヌシーやスイスにも行きました」
---- フランスでは強豪クレルモンでフルバックのレギュラーとして活躍しました。フィジカルやキック力も上がったように見受けられます。フランスでの生活はいかがでしたか?
「コミュニケーションはそんなに簡単ではなかったですが、片言のフランス語で話せるところは話していました。でも、相手も英語でも話しかけたりしてくれたので問題はなかったです。
フランス人や外国人選手は『まず負けたくない』っていう気持ちがグラウンドで出ているので、負けずにプレーするには気持ちの面が大事だと。パスやキックなど基本スキルを大切にし、しっかり準備段階で自信をつけてからグラウンドで表現しようと臨んでいました。
また、強いチームになるには戦術をしっかり理解することも必要で、クレルモンの1年目はそんなに悪くなかったと思いますが、2年目は監督や選手が変わったりして、ちょっと難しいシーズンでしたね。緊迫した状況や(プレーオフに入って負けられない)ファイナルラグビーになった時にどういうプレーを選択するのか、体が反応するところはあると思います」
---- 改めて、2年前にサントリーからクレルモンに移籍した理由は?
「W杯でやりきったという思いは全然なく、クレルモンから話もあったので、いいタイミングかなと思いました。新しい刺激がほしかったのであまり迷いもなく、そんなに難しい判断ではなかったです。
新しい文化や違うラグビーカルチャーを体験してみたかったし、しっかりと試合に出たいという思いもあった。この2年間で、しっかりと試合に出ることもできたし、間違いなく行ってよかったなと思います」
---- 2019年のワールドカップ以降、海外でプレーした日本代表選手は松島選手と姫野和樹選手(ハイランダーズ/ニュージーランド)だけでした。
「今は(スーパーラグビーに参戦していた日本チームの)サンウルブズがなくなったので、外国のクラブチームと試合をする機会はなくなっている。ただ、コロナの状況もありますが、海外移籍できる状態になっているとは思う。タイミングやいいチームに移籍できるかという問題はありますが、あとは行く意志があるかどうかだと思います。海外でプレーする選手はもっと出てきてほしいですね」
---- かつての松島選手のように、ロックのワーナー・ディアンズ(ブレイブルーパス東京)やウィングのメイン平(ブラックラムズ東京)など、高校から大学に進学せずにプロリーグでプレーする選手も増えてきました。
「大学に行かずにプロ選手になってプロチームに行けるのであれば、それが一番いいと思います。チャレンジは特に若いうちからやっといたほうがいいし、海外に行ける選手は行ったほうがいい。ある意味、近道になるかもしれませんが、そこは自分次第だと思います。どの道に行くにしろ、自分でしっかり意志を持ってやればいいと思います」
---- 日本に戻ってくる決断した理由は、結婚して子どもが生まれたことも大きかった?
「かなりの長い期間、クレルモン側から「残ってくれ」と説得されていました。一度断っても、別の提案でまたオファーしてくれましたし......。ただ、かなり田舎ということもあり、私生活では日本に比べたら不便さを感じていて、それが僕だけでなく、家族にも多少なりともストレスになっていた。なので、ラグビー面で決めずにほとんど私生活という部分で(日本に戻ることを)決めました」
---- フランスの報道だと、ワールドカップ1年前なので日本ラグビー協会にも「戻ってこい」と言われていると書かれていましたが......。
「そこに関してまったく何も言われてないので、全然、嘘ですね(笑)。フランスでも日本でも、どっちでやるにしてもパフォーマンスを上げるだけなので、どっちでやりたいかと言われれば半分半分ぐらいでした。 帰ってもいいし、残ってもよかった」
---- 日本に戻ると決めた時、古巣の東京サントリーサンゴリアスを選んだのは?
「日本に戻ってくるにあたり、ほとんどサンゴリアスをメインに考えていました。僕が『海外に行きたい!』と伝えたら、応援してくれて出してくれました。それに応えるためにもフランスで頑張っていた部分もありますし、恩を返したかった。
もちろん、慣れ親しんでいるクラブというのもありました。どういうラグビーをするのかもわかっています。ワールドカップまでの期間を考えても、すんなり入れるのはサンゴリアスだと、ほとんど迷いはなかったですね」
---- 昨季、トップリーグからリーグワンになり、サンゴリアスも「東京」という地名を冠しました。外から見ていて何か違いを感じますか?
「まだ何が変わったか、あんまりわからないですけど、リーグワンになってプロ選手が多くなっている印象はあります。移籍もすごく活発になってきている。自分がよりよい環境に身を置きやすくなったっていう面では、よくなったのではないかな。
運営面やファンクラブなどは「こういうことやったらいいんじゃない?」と思うところもあります。ただ、サンゴリアスは(フランスのプロクラブと違って)自前のスタジアムがないですし、やれることに限界があると思うので、伝えられることがあれば伝えていきたいと思います」
---- 昨季のサンゴリアスの試合は見ていましたか?
「見られる試合は見ていました。アタッキングラグビーは変わらずに継続してやっていましたね。最後に勝つか負けるかというのは、本当に自分たちのやってきたことをやりきれるかどうか。この2シーズン、プレーオフの決勝で負けているのは何か足りなかったのかもしれません。僕はチームの中に入っていないので、何が足りなかったかはまだわかっていないですけどね」
---- サンゴリアスに戻ると決めたあと、チームメイトはどんな反応でしたか?
「同じポジションのフルバック尾粼晟也とは仲がいいですし、ふたつ年上のプロップ石原慎太郎は同期にあたるので、普通に「お帰り!」という感じでした(笑)。個人的にトレーニングは始めていますが、チームとしての活動はどうしても日本代表が先になってしまいます。でも、サンゴリアスのプレーやどうやっていくのかというところは、今からでもしっかり頭に入れていきたい」
---- 2017年度シーズンは優勝に貢献し、松島選手はシーズンMVPに輝きました。リーグワンに向けて今の心境はいかがですか?
「みんな優勝に飢えていると思いますし、やるからにはもちろん、優勝を目指してやっていきたいです。フランスで自分の経験してきたことや持ち味をしっかり出していきたい。僕はあんまりしゃべれるほうではないので、練習や試合でしっかりパフォーマンスを出すことでチームを引っ張っていきたいですね」
---- 12月に開幕するリーグワンではどんなプレーをファンに見てほしいですか?
「気持ちのこもったプレーや、みなさんが盛り上がれるようなラインブレイクなどを、どんどん見せていきたい。それができる自信もあります。東京で一番のチームになりたいですね」
---- すでに南半球と北半球の両方でプレーしている松島選手ですが、来年のワールドカップ後、再び海外でプレーしたいという希望はあるのでしょうか?
「自分のパフォーマンス次第だと思います。もし、いい話であれば、今は明確に考えていないですが、海外に行きたい気持ちも出てくるのかも。ですがその前に、来季でのサンゴリアスや来年のワールドカップでのパフォーマンスが自分の評価につながっていくと思うので、先のことはあまり考えずに、しっかりとパフォーマンスを上げていきたいですね」
◆松島幸太朗@後編につづく>>「思うようにプレーができなくなったら、すぐに代表を離れてもいい」
【profile】
松島幸太朗(まつしま・こうたろう)
1993年2月26日生まれ、南アフリカ共和国プレトリア出身。ジンバブエ人の父と日本人の母のもとに生まれ、6歳から日本に生活の拠点を移す。桐蔭学園高時代から快速ランナーとして注目を集めるも、高校卒業後は強豪大学に進学せず、南アフリカのシャークス・アカデミーに2年間のラグビー留学。帰国後の2014年にサントリーに加入し、同年5月に代表初キャップを獲得する。その後も2015年にワラターズ、2016年にレベルズ、2020年にクレルモンと海外に渡ってプレーし、今年7月に東京サントリーサンゴリアスに復帰。ポジション=センター、ウィング、フルバック。身長178cm、体重88kg。