日本の会社員の初任給が安すぎる問題。初任給の大幅アップを決断する会社も増えています(写真:EKAKI/PIXTA)

日本の会社員の初任給が安すぎる――。

現在、大学卒の初任給の平均額は、事務系で21万9402円、技術系で22万438円(月額、以後の金額も月額)にすぎません。

賃金上昇の抑制は、日本経済の活気のなさにつながる?

その引き上げ率は、ここ3年連続でダウン傾向にあります。この初任給の「頭打ち」が全体に波及して、賃金の上昇を抑制。さらに日本経済の活気のなさ(GDP成長率の低迷、生産性の低さ)等にもつながっているように思えてなりません。


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ちなみに、筆者が社会人になった1987年当時の初任給は平均14万円台でした。当時と現在の物価を比較すれば、妥当な金額なのかもしれません。ただ、日本が世界経済の成長に取り残されていること、当時から35年以上が経過していることを考えれば、初任給はもっと上昇しているべきとは思いませんか?

リーマンショックや東日本大震災などの影響で、経済環境が低迷する時代が長く続いたため、会社側として給与を頭打ちにせざるをえない時期も確かに過去にはありました。しかし、手元に潤沢な現金を保有する状況になった会社も多く、政府からも賃上げ要請が出るような状況になっています。

初任給の頭打ちからの脱却を目指し、日本経済の活性化にも寄与する会社が増えてほしい。そう願う中、初任給の大幅アップを決断する会社が登場し始めました。

その1つがバンダイナムコエンターテインメントです。年収における基本給の比率を高め、初任給は従来の23万2000円から29万円に引き上げると発表。2割以上のアップですからかなりの決断といえます。

折しもサイバーエージェントが初任給を42万円にするとの報道もあり、インターネット業界やゲーム業界でこの動きは続きそうです。

続く、初任給の引き上げ

海外でも人気の日本酒メーカー、獺祭の蔵元である旭酒造も、初任給の引き上げに動いています。2022年、2023年に製造部に入社する大卒新入社員の初任給を21万円から30万円に引き上げるとしています。

獺祭で、初任給引き上げの背景にあるのは、高品質なモノづくりに取り組む人材の処遇を高めたいという会社側の狙いです。

5年で「平均基本給2倍」を掲げ、2026年度の製造部の給与を、2021年度比の2倍以上を目指すプロジェクトを開始。そのためには起点となる初任給の大幅アップが必要と考えたからのようです。

こうした、大幅アップを行う取り組みに、追随する企業が出そうな状況を生み出しています。ある中堅企業の人事部長に話を聞いてみると「初任給は上げていく傾向に拍車がかかるでしょう」とのコメントをいただきました。

同じようにエンタメ業界の大企業の人事部に聞いてみると、「(初任給のアップを)前向きに検討中です」との回答が返ってきました。

2022年度は初任給の金額を据え置いた企業が多かったですが、規模にかかわらず、起点となる初任給が安いことを認識した企業が動き出したということなのでしょう。では、どうして、これまで起点が安いままになってしまっていたのでしょうか?

経済の低迷期が続いたことが最大の理由ですが、それ以外に会社側の意識の問題があります。

ひとつは、初任給が高いのは大企業で、中小企業は低いのが当たり前、といった意識です。中小企業が採用に不利なのも当たり前と、業界では長く言われてきました。その後、毎年の給与のアップ額も大企業のほうが高い傾向にあり、「そういうものか」という意識が強かったといわざるをえません。

もうひとつは「横並び意識」です。従来、多くの企業は同じ業界の他社と比較して、大差ない報酬を設定。「カネではない」と、報酬以外の魅力で人材の確保をめざし、離職についても報酬以外の魅力で防ぐ――。これが当たり前との認識があったのではないでしょうか。

しかし、それは会社側の勝手な言い分や好みでしかないかもしれません。多くの若手社員が、初任給が安いことに不満を抱いています。

80%以上が初任給が安いことに不満

10代〜20代を対象にした組織DXのアンケートによると、いまの給与に不満があり、5万円程度あげてほしいとの不満をもっている人が最も多いとのこと。給与に不満を持っている人が合計80%以上おり、多くの人が給与アップを望んでいる、給与への満足度が低いことがわかります。

ところが大企業を中心に、多くの企業は若手社員の初任給がそもそも安いこと、その安い起点があるために長く安い給与で社員が働くことに不満をいだいていることを認識していない。ないしは、それほど大きな問題とは感じず、放置しているように思われます。

若手社員の離職者が多い企業に話を聞いたとき、その対策としてエンゲージメントの強化に力を入れていると話をしてくれました。そうした取り組みは重要ですが、その会社については初任給が同業比較で安いこと、その後の昇給も低い状況があり、「初任給のアップは考えていますか?」と質問したところ「それより先にやるべきことがある」「給与を上げはじめたらキリがない」と、否定的な意見が返ってきました。筆者が人材の業界で長年仕事をする中、同様の回答を聞く機会はよくあり、多くの会社に染みこんだ意識かもしれません。

そうした中、もし同業他社で初任給の大幅アップが行われたらどうなるでしょうか。横並び意識が高い日本企業の習性からすると、追随する企業が続々と増えてもおかしくありません。

筆者の元には最近、「初任給の大幅アップを考えている。その場合に全体の報酬体系をどのように見直したらいいのか?」という相談案件が増えています。このムードは今後、続くと筆者はみています。

高い報酬を得るために必要なこと

もちろん、初任給のアップが若手社員の待遇への不満をすべて解消するかというと、そうはならない可能性もあります。起点となる初任給がアップしたとしても、その後の報酬が増えるとは限らないからです。

以前、筆者がベンチャー企業と大企業の給与カーブを分析したときの話です。最近は初任給が大企業より高いベンチャー企業が何社もありました。ただし、入社後の賃金は大企業だと一律で上昇を続け、40代では相応の報酬になるので生涯年収が高い。

一方のベンチャー企業は、入社2年目から厳しい査定で大きく差がつく。上がる人もいれば、上がらない人もざらにいる。人による差が大きく、生涯年収の額も明確になっていない――。初任給がたとえあがったとしても、その報酬がどのように推移していくのか、そこは社員の側も気をつけておくべきでしょう。

初任給の金額を上げる会社はおそらく、成果やスキルに応じたメリハリの利いた人事制度とセットにする会社が大半でしょう。20代から報酬で大きく差がつく時代、それへのきっかけが、今足下で見られる初任給の大幅アップなのかもしれません。

30代で「年収格差が2倍以上」になるような可能性もあります。そのくらいの転換であることを理解し、自分は高い報酬を得られるだけの働きができるように努力していくというマインドが必要になってきそうです。

高い報酬を得るためには、(会社が考える)昇給基準を理解することも重要です。

例えば、日常業務をこなすだけでなく、改善提案が必要とされれば、それに取り組み、成果を生み出す、といったことです。給与に不満を抱くだけでなく、必要な努力をすることで、この給与変革の動きを、自身にとってプラスのものとできるはずです。

(高城 幸司 : 株式会社セレブレイン社長)