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2021年4月より放送され、長月達平と梅原英司による壮大なストーリー、そして神前 暁を中心としたMONACAの音楽によって話題を集めたTVアニメ『Vivy -Fluorite Eye’s Song-(ヴィヴィフローライトアイズソング)』。放送から1年経った今もなお多くの支持を集めるこの作品の音楽が、同じく2021年から日本でもローンチされた新しい音楽体験「360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)」によってリ・クリエイションされ、現在Amazon Music Unlimited・Deezerで聴くことができる。立体的・空間的に音楽を楽しむ「360 Reality Audio」によって『Vivy』の音楽はどう生まれ変わったのか?今回は360 Reality Audio制作にも携わった音楽プロデューサーの山内真治(アニプレックス)と神前 暁(MONACA)、そして主人公・ヴィヴィの歌唱を担当した八木海莉に話を聞いた。

立体的な音楽の新体験、「360 Reality Audio」とは?



今回『Vivy -Fluorite Eye’s Song-』と「360 Reality Audio」(以下、360RA)がどんな融合を果たしたのか、その話の前に「360RA」あるいは立体音響というものを説明しなくてはならないだろう。

「360RA」とは、ソニーが開発した360立体音響技術を用いた音楽体験である。“全方位から音が降り注ぐ、新体験。”というキャッチコピーの通り、聴く人たちが音に包まれているかのような感覚で音楽を楽しむことができる。



端的に言うと、これまではステレオなら2つのスピーカー(2チャンネル)、5.1chサラウンドなら5つのスピーカーとサブウーファー(5.1チャンネル)……と、スピーカーの数に依存した“チャンネルベース”での音響体験が主流だった。これをソニーはチャンネルベースから“オブジェクトベース”へと発想を転換、そして聴いている人を中心に球体をイメージし、そこにボーカルや各楽器などを自由に配置することによって、新しい音楽体験を実現することとなった。しかもそれがスピーカーからではなく、市販のヘッドホンやイヤホンで再現することができてしまうという、実に画期的な音楽体験を開発した。これによってヘッドホンで聴いているにもかかわらず、ボーカルが前から、足元からドラムやベースが、ストリングスやギターが上空から鳴るような体験をすることができるのだ。

では、そんな360RAを体験するのに必要なものは?お手持ちのスマートフォンに、360RA対応の音楽ストリーミングサービスのアプリをダウンロードし、ヘッドホンを接続して聴く、たったこれだけである。まずはこれだけでも試してみる価値はある。さらにそこから、個人最適化ができる360認定モデルのヘッドホンやイヤホンがあれば、専用のアプリを用いて、スマホで個人の耳を撮影し個人の聴感特性を解析することで、よりリアルな臨場感を楽しむことができるのだ。



どんな場所でも臨場感のあるサウンドを体験できる「360RA」。すでに日本でも洋楽からJ-POP、新曲から過去の名曲までと幅広く聴くことができる。現在すでにいくつかのアニソンが「360RA」で聴くことができるが、そのなかで注目しておきたいのが、今回特集する『Vivy -Fluorite Eye’s Song-』だ。現在はボーカルアルバム『Vivy -Fluorite Eye’s Song- Vocal Collection 〜Sing for Your Smile〜』の全曲がAmazon Music Unlimited・Deezerにて聴くことができる。

今回この制作にあたって、山内と神前、同じく『Vivy』の楽曲を手がけた高田龍一(MONACA)に日本初の360 Reality Audioに特化したスタジオ「山麓丸スタジオ」に入ってもらい、「360RA」を体験してもらった。そのうえで山内を中心に、詳細なディレクションと共にMIX作業に立ち会ってもらいながら完成へと至ったのが、本作『Vivy -Fluorite Eye’s Song- 〜Vocal Collection 〜Sing for Your Smile〜』の「360RA」バージョンだ。

そして、本作で多くの楽曲で、ヴィヴィ/ディーヴァの歌唱を担当した八木海莉には、取材当日にスタジオで「360RA」を初体験し、座談会に臨んでもらった。「360RA」と出会うことで、『Vivy』の音楽はどんな変化が見られたのか。プロデューサー、クリエイター、シンガーそれぞれの視点で語ってもらった。

アニメのシーンを再現するための「360 Reality Audio」



――まずは八木さん、先ほどスタジオにて「360 Reality Audio」(以下、360RA)を体験したばかりでしたが、実際に聴いた感想はいかがでしたか?

八木海莉 すごく感動しました。耳から音が入っているはずなのに、脳に直接音が鳴っているような……不思議な感覚になりました。

――これがいわゆる「360RA」特有の“音に包まれている”感覚ですよね。ヘッドホンで聴いているのに、左右の耳からだけじゃなく、前から後ろから、上から下から音が鳴る、まさに立体的に聴こえるというもので。

八木 色んなところから音が聴こえてくるので驚きました。それと今回「360RA」で聴いてみて、ヴィヴィが歌っている姿が想像できるくらいリアルに繊細に声が伝わってきて……それもまた感動しましたね。



――その「ヴィヴィが歌っている感」というのは今回の制作の1つのポイントになるのかなと。そこで制作に携わられた山内さんは、元々「360RA」についてはどんな印象をお持ちでしたか?

山内真治 一応用語としては知っていました。音響としても映画館の5.1chとかは体験しているんですけど、「360RA」というのは初めてだったので、それを作品にどう活かすかというのは色々考えましたね。

――実際に「360RA」を体験した感想はいかがでしたか?

山内 スタジオで聴いたときは「おお、すごい」って感じで。ヘッドホンをつけて聴いているときと、外してスピーカーからの外音で聴いたときの差があまりなかったというか、ヘッドホンをつけて聴いているときも、「あれっ、これスピーカーから鳴っています?」って言っちゃうくらいで。

神前 暁 あれはビックリしましたね。

――それが「360RA」を最初に体験するときの“あるある”なんです。ヘッドホンで聴いているのに、外音が鳴っているような空間的な鳴りがするんですよね。

山内 エンジニアさんに聴いたら、「いや、スピーカーからは鳴ってないですよ?」ってドヤ顔で(笑)。

八木 私も言われました。

山内 ドヤ顔だったでしょ?(笑)。

八木 してましたね(笑)。

神前 僕は技術としては知っていたんですけど、制作をしたことはないですし、ヘッドホンでこういう立体的な音響を聴くのは初めてだったので、ビックリしましたね。

――いわゆる“オブジェクトベース”という、聴く人の周囲に、自由に音を配置することができる。なので前からボーカルが聴こえたり、上空からストリングスが鳴ったりするような聴こえ方がするんですよね。

神前 そういう技術的なものが面白くもあり、一方で難しくもあるなあというのは正直なところですね。

――山内さんもTwitterで書かれていましたが、自由だからこそこれという正解がまだないというか、そこに辿り着くのが難しいというか。

神前 そうなんですよね。なので、今回『Vivy』という作品でこの技術をどう使うかというのを、山内さんにすごく考えていただいて。

山内 最初、神前さんに「『Vivy』でやっていいですか?」って聞いてご快諾いただいたんですが、考えれば考えるほど音楽的正解から遠のいていくような気がして……一度僕のほうで巻き取っていいですか?という流れになったんですよ。



――そのなかで山内さんはどこを着地点としようとしましたか?

山内 幸いにして『Vivy』というアニメでは、劇中で歌っているシーンが多かったんですよね。なので聴いている人がそのシーンにいるかのような、特等席で聴くことができるようなものが1つの正解なのかなって。同じヴィヴィが歌っているにしても場所やシチュエーションで聴こえ方も違ってくるし、脳内でというか、目を瞑って聴くとそこにいる感覚になれるという形を目指して、あれこれやらせていただきました。

――「360RA」を使ってアニメのシーンに即した音響を作り上げることで、聴いている人は作品の追体験ができるという、また新しい音楽の聴き方ができると。山内さんからエンジニアさんには、各曲が鳴るタイミングのストーリー解説から場所の説明、またそのシーンの動画までを貼りつけたオーダーシートを作られたんですよね。

山内 そうそう。全部の曲に映像のリンクを貼り付けて、2日徹夜しました(笑)。どの曲も歌われている会場の大きさ、それこそ横のサイズや奥行きのサイズ、天井の高さって全部違うんですよね。なので、「音楽的には正解かわからないけど、こういう場所にいるような気持ちにさせてください」みたいなことをかなり細かく伝えました。同じニーアランド(作中のAI複合テーマパーク)のサブステージでも、お客さんがいる状態といない状態とでどう差をつけて表現するかとか……っていうのをやってください、っていう無茶振りもしましたね(笑)。

神前 イメージとしてはそういうゴールが見えているのは大事ですもんね。

山内 ほかにもニーアランドのメインステージの音も、まず殺戮が始まる前の状態で汎用型の曲(「Happy Together」)の音像を作ってもらい、それを元に、ステージが破壊し尽くされたあとにヴィヴィが歌う曲(「Fluorite Eye’s Song」)では、瓦礫が色んな音を吸収したり反射したりというカオスがあるところで、かつ別の場所で戦っているマツモトが「意識だけでも聴きたい」って思ってステージの上空3メートルくらいの高さから聴いている感じにしてください!……って(笑)。

神前 すごいオーダーだ(笑)。

山内 だからあの曲は、客席よりちょっと高い位置で聴いている感じになっているんです。

――場所やシチュエーションで、どういう聴き方をしているのかすべての曲ごとに細かく設定して作っていったわけですね。

山内 でもこれ、神前さんがなんて言うかな……って思いましたね。本来の2MIXとは全然違うものが出来ちゃった。わかってはいらっしゃるだろうけど、どう思うんだろう……?って。

神前 2チャンネルだったものが「360RA」になり軸が増えたので、どう解釈を膨らませて軸を増やしていくか、っていうのは色んなやり方があるんですよね。そのうえで僕は音楽的なバランスを整えていくというか、元に寄せるわけではないんですけど、「360RA」に広げたうえで技術的なディレクションに終始した感じですね。コンセプト的な部分はお任せして。

――八木さんは、改めて「360RA」という新しい音楽体験による『Vivy』の楽曲を聴いた感想はいかがでしたか?

八木 最初に『Vivy』の楽曲を歌ったときは、自分のクセというものを残していただいていたみたいなんですけど、それは当時自分ではよくわかっていなかったんです。でも今回自分のクセが強く聴こえてきて、びっくりしました。

山内 当時「八木節は封印すべきではない」っていう話があったんですよね。

神前 そうそう、懐かしい。

八木 もちろんあれから1年経って、自分の耳が成長したというのもあると思うんですけどね。

神前 客観的に聴けるようになったというのもあるよね。

――その部分が際立った聴こえたと。「360RA」はボーカルなど各トラックを独立して配置するので、それぞれが際立って聴こえるんですよね。

神前 ボーカルに関してはセンタースピーカーから鳴っているように聴こえるのは大きいですね。自分の真正面に歌っている人がいるような感触は面白い。ステレオとはまたそこが違っていて、それによってボーカルにすごく存在感が出てくるなって思いますね。

シーンに応じて変わっていく音響



――さて、ここからは各曲についてより細かく聞いていきます。事前に山内さんがTwitter上で、「360RA」制作に際してのディレクションシートを公開していますので、それとともにお話をお伺いします。

神前 皆さんもこれを読んでいただいたらよくわかるんじゃないかな?自分も意思を統一するうえですごく役に立ちました。

山内 ああいうものをあまり表に出すものではないかもしれないですけど、自分の記録としても残させていただきました。

神前 リスナーにとってもありがたいと思いますよ。

――読者の皆さんにもご覧いただいたうえでこちらも読んでいただければ(笑)。まずは1曲目の「Sing My Pleasure」ですが、こちらはOPテーマということで、具体的なシーンやシチュエーションについてはどう考えましたか?

山内 オープニングはちょっとした電脳空間や点描的に回想シーンもあって、カメラがぐるぐる回ったりしていたので、「うーん、これは再現できないな」と早くに判断しました(笑)。なので「音の良いホールの、特等席で自分のために歌われている感じにしてください」っていう、割とざっくりとしたディレクションになりましたね。



――イントロからすべての音が前方からやってくる感じですよね。

山内 「360RA」特有の空間の再現のような。たしか(Bunkamura)オーチャードを想定すると書いていた気がしますけど、生で演奏されることを想定したハコで聴く感じ。

神前 音楽に包まれる幸せを久々に感じましたね。“聴く”というより“包まれる”というか。あと『Vivy』ではライブをやらせていただいたので、そのときのことを思い出したりして、一体感や没入感というものを味わえましたね。

山内 よく考えたら、音に包まれる感覚はあそこで味わっていましたね。

神前 そうそう、だから最初に聴いたときに「これだー!」って。

八木 自分だけど自分じゃないヴィヴィが歌ってくれていて、色んな楽器が周りにあって、本当に包まれているような……音の中心にいるような感覚でしたね。真正面から声が突き抜けていくような。

――いわゆる「360RA」特有の感覚を一度ここで作っていこうという。

山内 そうそう、これを基準にしようって作ってもらいました。

神前 ある種の技術デモ的な、ここまでできるぞっていう。

――続いては「Happy Together」。劇中1話では、AIが暴動を起こし、殺戮行為が行われているニーアランドの舞台上で、汎用型歌姫AIがポップに歌うという矛盾をかかえたシーンで歌われている曲ですね。ディレクションでは「殺戮はナシで」と書いていますね。

山内 ここでは殺戮されなかった世界線で(笑)。これは完全に野外なので、よみうりランド(オープンシアター)EASTとか日比谷公園大音楽堂みたいなイメージで。上に音が抜けていっちゃうんだけど、すり鉢状の客席に跳ね返ってきているのを特等席で聴いている感じ。

神前 だからキックがああいう処理になったんですね。

山内 そうそうそう、わざと。あれって音楽的には正解ではないじゃないですか。リバーブもすごく多いし。それをあえてやっているという。

神前 アンビエンスを足してるんですよね。なるほど。

――また空間的なサウンドでこのハッピーな曲を聴くと、また洗脳されそうな感触もあって面白いなと(笑)。

山内 このあとAIが暴動を起こす感というか(笑)。それを味わいながら聴くのもいいかもしれない。ハッピーでトゥギャザーですからね(笑)。



――続いてはヴィヴィによる「My Code」ですね。こちらはニーアランドの一角にある小さな野外イベントステージで歌われているイメージですね。

山内 2チャンネルの正解は世に出ているので、今回「360RA」の威力を知ってもらうにはその世界にトリップしてもらうのがよかろうという。サイドを極端に狭く、奥には通路があって、上は抜けていますという状態で、左右に反射があるんだけど奥や上には抜けてしまうというのを、聴きやすくはないけれどあえて再現しました。しかも観客はいないという。

――ヴィヴィにとっても恵まれていない環境というのをあえて再現するという。

山内 ヴィヴィもまだ声に心を込めるということがどういうことかわからない状態で歌っているので、それがより伝わったらいいのかなって。そこで舞台袖にモモカがいるのを感じてもらえると最高なんだけど、そこは脳内補正で1つ(笑)。

八木 この曲が良すぎて、劇中でこれをスルーする人たちは耳が肥えているなって(笑)。(注:劇中では、観覧客が少なく反応も良くない描写がなされている)

山内 こんなに良い曲なのに、ちゃんと歌ってるのにって(笑)。

――八木さんもそれくらい感情移入できたと。

八木 感動しました。舞台で歌っているのが想像できて、「でもお客さんいないんだ、本当に?」って疑っちゃうくらいで。

神前 同じシンガーとして共感しちゃうという(笑)。

――続く「A Tender Moon Tempo」は同じ場所で歌われるわけですが、観客が増えたことで聴こえ方も変わってくるんですよね。

山内 そう、お客さんがいることで多少音が吸われるから。

神前 それも再現しているんだ。

山内 「再現してください」って言ったので、そこは再現されているはずです(笑)。

――ストーリー上もそうですが、ヴィヴィの歌唱にも変化があるのがわかりますよね。

八木 イントロから色んな音が様々な方向から聴こえてきて、揺らぎみたいなものを感じてすごく嬉しくなりました。

神前 かわいらしい音が多いですよね。遊園地っぽいというか、これがニーアランド本来の姿というか。一番平和な頃のニーアランドですよね(笑)。

八木 そうですよね。ヴィヴィにも成長したね、良かったねって思えるというか。

――このままでいてくれという(笑)。ただ、そこから時代が進んでいき、今度はエステラとエリザベスによる「Ensemble for Polaris」ですね。こちらは宇宙ホテル“サンライズ”のボールルームをイメージした音響になっています。

山内 2人で並んで歌うのは、4話クライマックスにサンライズが落下していくときだけで、それを忠実になぞると曲として成立しなくなってしまうので、3話でエステラがお客さんの動揺を鎮めようとして、天井のハッチを開けて満点の星空の元で歌った、あの空間を再現してもらいました。

――3話のエンディングを、エステラとエリザベスで歌っているイメージですね。

山内 そうですね。これでボールルームで音が跳ね返っていくという、そういう跳ね返り感、空間感があればいいんじゃないですかねってお話させていただいて。でも音楽的にはリバーブが多すぎるっていう感じもあり。

神前 原曲がイントロのアカペラとかはドライめに処理しているんですけど、結構足していただきましたね。



――まさに空間的、包まれている感というか、「360RA」らしい没入感のある曲ですね。そして続いては「Sing My Pleasure(Grace Ver.)」です。こちらは6話クライマックスで鳴らされる曲ですね。

山内 いわゆるバトルシーンなんですけど、電脳空間のようなところでバトルしているので、臨場感を再現すると音楽とは合わないかなって思ったので、最終的にはオープニングの音像を基準にするというところで落ち着けてもらったかな?これが一番正解を見つけづらかったですね。

――シーンとしても楽曲としてもドッグファイト的な疾走感があって、そこが「360RA」になると各トラックが高速で通り抜けていくような感覚というか。

神前 だいぶカメラが速いんですよね。

山内 あとは音的な鳴り方の違いがわかるように、アンサンブル重視というより各トラックが際立って聴こえるようにってお願いしました。

神前 劇中で流れるイメージってそうですよね。まさにバトルのスピード感というか。

思い入れや妄想を表現できる場としての「360RA」



――続いて7話のオープニングで流れる「Galaxy Anthem」です。ディーヴァというカリスマシンガーによる超満員の観客を前にしたパフォーマンス、という山内さんのディレクションでしたね。

山内 イメージとしては野音の特等席の、偉い人が腕組んで聴いているところというか(笑)。これは神前さんが「360RA」のテストMIXの段階から、「この曲は派手なものがたくさん鳴っているから、これこそ色々回したりしたほうがいいんじゃないですか?」って言われて。それならどうやって遊ぼうか考えました。あれこれやってもらった中の1つの例としては、1サビ前のブレイクするところのスネアを潰したような音があるのですが、「その音で眉間を打ち抜いてください」って言ってみたり。

――音を自由に配置しながら、それをまた自在に動かすことができるのが「360RA」の醍醐味の1つでもありますが、この曲はそれがわかりやすく体験できますよね。

神前 イントロからいるシンセも結構動かしていますよね。あまりピアノとかドラムが動き回ると違和感があるんですけど、シンセが動くと気持ち良いですよね。

山内 空間にたゆたっている気持ちになりますよね。

神前 気持ち良い。FX系のシュワーンというのが派手でいいと思います。

八木 この曲はディーヴァになって、歌声もそうなんですけど、各トラックの動きというのも耳でも確認できて楽しかったし、ライブで歌っているのが想像できますよね。



――動き回っているけど、ディーヴァの存在感が目の前でどっしりと立っているかのような。

山内 未来のライブってそうなのかもね。色んなところにたくさんのスピーカーがあって、実際の会場の鳴りとかも含めて、色んな音やFXがあっちこっちから飛んでくるみたいな。そのなかで1対1でシンガーと向き合っているというか、そういう未来感がある曲ですよね。

――それだけに八木さんのボーカルの強さがわかる仕上がりにもなっているという。続いてはオフィーリアによる「Elegy Dedicated With Love」ですね。こちらはライブシーンではなく、リハーサルのシーンを再現したと。

山内 アニメではそのシーンが1つのハイライトで、この曲だけ「360RA」の違った活かし方をしています。今まではお客さんの目線だったんですけど、今回はシンガーの目線に180度転換していて、歌っている人が誰もいない客席に向かって歌っているときの反射の感じを再現できると没入しやすいのかなって。

――視点を反転するというのも珍しいですが、トラックを自在に配置できる「360RA」ならではのMIXなのかなと。

山内 それでハコのサイズも、以前リスアニ!がライブやったTICC(台北国際会議センター)っていう台湾のホールがあって、そこにイメージがすごく近いんですよ。階段の急な感じとか、壁の感じとか、それでエンジニアさんにその写真を送って「こんな感じです」って(笑)。

――TICCはたしかに一風変わった会場ですが、それを再現しようと。

山内 真面目なエンジニアさんなら会場の図面から探すだろうなって(笑)。

神前 ヴィヴィの歌は、ステージで歌われているからこその考えですよね。

山内 それが聴く人が「あの場所だ」って脳内で補完してくれたら、それが正解だと思ってもらえるというか。視点が180度変わっても、これはオフィーリアの視点なんだってわかってもらえると思うんですよね。演者側の音の響きって、演者じゃないとわからないじゃない?それも感じてもらえると楽しいよねって。

八木 たしかにそうですよね。

――そして続いてはディーヴァによる「Harmony of One’s Heart」。オフィーリアが歌った会場と同じですが、こちらは本番のステージになると。

山内 ここで視点も観客席に戻して、お客さんもパンパンに入って。なので音の作りも変わるんですが、そこに「湿度も入れてくれ」って話をしたと思うんですけど。

――湿度ですか?

山内 人がいることで、またディーヴァが歌うことでみんなのボルテージも上がって、湿度がすごく上がっているから、それによって音の伝わり方も変わるからって。プロのエンジアさんにも「わかってくれますよね?」って。

八木 すごい(笑)。

山内 なおかつディーヴァの最後のライブだから寂しい……っていう。そういう刹那感を。

神前 そこはフェスっぽいですよね。

山内 そこは上手いところでやっていただいたなって思います。この曲は神前さん思い入れ強いから、プレッシャーでもありましたね。

神前 すごく良い感じでしたね。

山内 良かった(笑)。

八木 私もこの曲大好きなので、聴いていてしっとりしましたね。

山内 湿度的な意味ではなくて?(笑)。

八木 どちらもですね(笑)。

――そして最後の曲「Fluorite Eye’s Song」になります。こちらが「Happy Together」と同じ場所で歌われるわけですよね。

山内 破壊され尽くしたニーアランドの特等席の、3メートル上にいるマツモトの視点。「あなたのライブが観たかったです」って言っていたマツモトが、聴けたかもしれない世界線という。だから「Happy Together」よりも聴き手の位置が上がっているんですよね。そこは本当に上手くやっていただいた。

――あのクライマックスのシーンにリンクしているというか、ラストの“歌え 歌え 叫べ 鳴らせ”というパートも素晴らしいなど。

山内 最後のリフレインもわかりやすく360度にしようと思って、全部違うところから声が出ているようにしているんですね。後ろで鳴っている声もエンジニアさんが「えっ?」っていうくらい上げてもらって。それこそ後ろには海莉ちゃんじゃない声を置いたりして。僕とか神前さんの声なんですけど。

神前 僕らしかいないですよね(笑)。

八木 そこは感じました。色んなところから色んな声が聴こえてくるという。不思議な体験でしたね。最初の「My Code」から色んな段階を経て、最後の「Fluorite Eye’s Song」へと至るという……音も物語も、厚みを感じましたね。

神前 最後のリフレインするところは、2チャンネルの音源を作っているときにイメージしていたのが、まさに今回の「360RA」版でできたかなって思っています。世界中でAIが蜂起して、歌に満たされる感じ、色んな歌声が重なって、そこに電子音も加わるんですけど、音楽で世界が満たされてフェードアウトしていくのを想像していたので、それが再現できたかなって思いました。



――まさに最後のあのシーンが再現された瞬間でもありましたね。さて、全10曲をプレイバックしていただきましたが、改めて皆さんのなかで今回の「360RA」化した『Vivy』の楽曲で、ここを聴いてほしいというのはありますか?

八木 私は「My Code」の落ちサビの、静かなところを聴いてほしいなって思いましたね。

――あそこでボーカルが際立つ、あの空間的な感覚は素敵ですよね。

神前 僕は「Sing My Pleasure」の、中盤のコーラスからギターソロ、ストリングソロっていくところかな。あの辺りがすごく立体的に音を動かしていて。

山内 「俺が、俺が」みたいな感じですよね(笑)。

神前 そうそう(笑)、主役がどんどん入れ替わるみたいな。あそこは面白いですよね。

――全体的にも「360RA」と『Vivy』の親和性の高さを感じましたが、改めて皆さんにとって『Vivy』とはどんなプロジェクトになりましたか?

山内 劇中で歌われて、オープニングとエンディングで歌われて、ライブもできて、最後に「360RA」もできて、やれることを全部やれた、ありがたいプロジェクトでした。

神前 すごく幸せなプロジェクトですよね。

――作品の立ち上がりから早くに配信を始めるなど、色んな人に広く聴かせるプロジェクトだったと思いますが、皆さんもそれが実感できた作品であったと。

山内 またそれも、八木海莉というアーティストの成長の軌跡でもあるとなると熱くなりますよね。

八木 アニメの中で、歌に関して色々考えさせてもらえる作品だったので、これが自分の始まりのきっかけになる作品だったのは本当にありがたいなと思いますね。

神前 僕、『Vivy』の曲大好きなんですよね。それを作らせてもらえる機会ってなかなかないので、そういう環境を作ってくださったのは本当にありがたいですね。書いていくうちに、自分の好きなものや美しいと思うものにどんどん正直になっていく感じがあって、それを八木さんたちの声で引き出してくださって、本当に自分にとっても大事な作品になりました。



――また「360RA」という始まったばかりの音楽体験とその技術でも、アニメ/アニソンとこういう親和性を持たせることができるという可能性を見出せたのかなとも思います。

神前 今回親和性が高かったのは、『Vivy』にライブ的な表現があったからだと思うんですよね。「360RA」はなんでもできるぶん、コンセプトを明確に持っていないと迷子になりかねないと思う。今回の山内さんのディレクションって、ちょっと妄想入っているなってくらい細かかったんですよね。そういう想いを表現できるのが「360RA」なら、その作り手の思い入れが問われてきますよね。

――その妄想力がほとばしった結果が今回の仕上がりなのかなと。例えばそれがほかの作品、それこそ八木さんの楽曲になると……。

八木 自分の曲でも、海の音とや色んな音を入れた曲があるので、自分の曲になったらどうなるだろうっていうのは気になりますね。

神前 そこは合いそうな気がする。八木さんの曲は音響的なアプローチが多いからね。またそこに彼女の声が中心に据えられているからブレないというのもありますよね。

山内 歌詞の意味や歌い手の意思みたいなものをどう伝えることができるか?みたいなものを、2MIXとはまた違った形でできるんじゃないかなって思いますね。あとは大変だから実際にやるかどうかっていう話ですけど、劇場版とかの劇伴を、アレンジ段階から考えて録音からできたら最高だなって。

神前 実際どうなんですかね?そこを想定して作っている劇伴とかあるのかな。

山内 海外ではあるみたいですよ。それこそ神前さんが言うようにコンセプトをしっかり決めないと……。

神前 ブレブレになりますよね(笑)。でも、そんな未来は楽しみですね。

INTERVIEW & TEXT BY 澄川龍一

PHOTOGRAPHY BY 三橋優美子

●配信情報

劇中歌収録アルバム「Vivy -Fluorite Eye’s Song- Vocal Collection 〜Sing for Your Smile〜」

※360 Reality Audio対応コンテンツ・Dolby Atmos対応コンテンツ

配信リンクはこちら

【対応サービス】

・Apple music:Dolby Atmos

・Amazon music:360 Reality Audio

・Deezer:360 Reality Audio

【配信楽曲】

01. Sing My Pleasure / ヴィヴィ(Vo.八木海莉)

02. Happy Together / 汎用型歌姫AI(Vo.コツキミヤ)

03. My Code / ヴィヴィ(Vo.八木海莉)

04. A Tender Moon Tempo / ヴィヴィ(Vo.八木海莉)

05. Ensemble for Polaris / エステラ(Vo.六花)・エリザベス(Vo.乃藍)

06. Sing My Pleasure(Grace Ver.) / グレイス(Vo.小玉ひかり)

07. Galaxy Anthem / ディーヴァ(Vo.八木海莉)

08. Elegy Dedicated With Love / オフィーリア(Vo.acane_madder)

09. Harmony of One’s Heart / ディーヴァ(Vo.八木海莉)

10. Fluorite Eye’s Song / ヴィヴィ(Vo.八木海莉)

©Vivy Score / アニプレックス・WIT STUDIO

<八木海莉 プロフィール>

2002 年9月5日広島県生まれ。

15歳の時、自身の夢を追いかけ単身上京。

YouTubeチャンネルに弾き語りカバー動画をアップし注目を集め、2021年4月放送 TV アニメ 『Vivy-Fluorite Eyeʼs Song -』にて主人公ヴィヴィの歌唱を担当。同年12月、オリジナル楽曲「Ripe Aster」にてメジャーデビュー。 2022年4月、全曲作詞を手掛けた1st EP『水気を謳う』をCDをリリースし、6月からは3ヶ月連続配信リリースが決定している。

<神前 暁 (MONACA) プロフィール>

作曲家。大阪府出身。京都大学工学部卒業。

株式会社ナムコ(現(株)バンダイナムコスタジオ)を経て現在はMONACAに所属。アニメ・映画・実写ドラマ等の劇伴音楽やアニメソングの作編曲、アーティストへの楽曲提供・プロデュースなど、多岐ジャンルに渡り幅広い活動を行う。近年は制作作業と並行して、大学講義や各種メディアを通じて後進の育成にもあたっている。

代表作は『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズ、『らき☆すた』、『<物語>』シリーズ、『THE IDOLM@STER』シリーズ、『BEASTARS』シリーズ、等々。

<山内真治(アニプレックス) プロフィール>

(株)アニプレックス音楽プロデューサー。LiSA、花澤香菜等のアーティストプロデュース、『Fate』シリーズ、『ソードアート・オンライン』シリーズ等のテーマソングやキャラクターソングの制作、『<物語>シリーズ』『はたらく細胞』『かぐや様は告らせたい』『Vivy -Fluorite Eye’s Song-』等のアニメ及び『Fate/Grand Order』、『マギアレコード』等のゲームの音楽プロデュースを担当。

●関連リンク



『Vivy -Fluorite Eye’s Song-』公式サイト

https://vivy-portal.com/

『Vivy -Fluorite Eye’s Song-』公式Twitter

https://twitter.com/vivy_portal