少年の心をくすぐるワード「合体」「変身」を体現したかのような現用兵器である装輪装甲車「ボクサー」のラインアップに、ついに装軌式、いわゆるキャタピラで走るタイプの試作車が登場しました。その特徴や意図などを見ていきます。

さまざまに変身する「ボクサー」装甲車に装軌タイプ登場!

 2022年6月にフランスのパリで開催された軍需品展覧会「ユーロサトリ2022」にて、KMW(クラウス・マッファイ・ウエッグマン)が「装軌式『ボクサー』」というコンセプトを発表しました。


KMWがユーロサトリ2022に展示した装軌式ボクサーの戦闘車タイプ(画像:KMW)。

「ボクサー」は、ドイツとオランダが共同開発した8×8の装輪装甲車で、戦闘重量38.5tという74式戦車と同じボリュームを持つ大型装甲車です。車体後部が「ミッションモジュール」という交換可能な構造になっており、様々なミッションモジュールに付け替えることで、戦闘任務から補給や救急車などの後方支援任務まで用途に応じて「変身」できるという、男の子の夢を実現したような面白いメカニズムを持っています。

 その「ボクサー」が、ついに足回りまで装輪式(タイヤ)と装軌式(いわゆるキャタピラ)の変身ができるという、夢をさらに膨らませるような進化を遂げたか……と思ったのですが、さすがに足回りの駆動系は別物で、この部分が変身できるというわけではありませんでした。かんたんに言えば、ミッションモジュールを共用できる別の車体、ということになります。また、装輪車の車体にそのまま装軌車の足回りを組み込むのは無理があるようで、設計し直しているようです。

 もともと装輪車だったボクサーに装軌車モデルを作ったのは、ミッションモジュール方式を装軌車にも採り入れるというのが本旨のようです。装輪車と装軌車では速度や走破性、コストなど特徴が異なり、メリットとデメリットは相反するところも多くあります。ミッションモジュールが装軌と装輪両方に使えるようになったことで、「ボクサー」バリエーションとして更に選択肢が拡がったとKMWはアピールしています。


兵員輸送車タイプのボクサーと乗車歩兵。装具類を並べているが相当量であることがわかる(画像:ドイツ連邦軍)

 ただし、気になる点はありました。一般的に、「装輪車」はタイヤハウスのぶん、車内容積を圧迫してしまいますが、「装軌車」はそうした大きなタイヤハウスの必要がなく、装輪車に比べ車内容積を広くとれます。しかしながら展示されていた装軌式「ボクサー」は、装輪車と同じミッションモジュールを使うため、かえってデッドスペースが生じているようです。改善点は有りそうです。

見た目ほぼ戦車 装軌式「ボクサー」戦闘車はどんなスペック?

「ユーロサトリ2022」で展示されていた装軌式「ボクサー」は、自動装填装置付き120mm滑腔砲が目を引くRCT120砲塔を搭載した戦闘車タイプのミッションモジュールと組み合わされていて、見た目の迫力は十分なものです。


装軌式「ボクサー」(前)と装輪式「ボクサー」(後)。車体前部の形状などが異なっている(画像:KMW)。

 RCT120砲塔は遠隔操作の無人砲塔で、容量が限られており120mm砲弾は15発の搭載にとどまります。ほかに12.7mmの同軸機関銃1挺と対戦車ミサイル「SPIKE」用のランチャー・ステーションが備わっています。砲塔後部には、乗員とは別に6人の歩兵を乗車させることもできます。

 重量は45t、路上最高速度は100km/hといい、主力戦車並みの火力と歩兵戦闘車の機能をあわせ持ったかなり野心的なコンセプトです。重量だけ見れば10式戦車と同等レベルです。


主力戦車+歩兵戦闘車のハイブリットを実現したような装軌式「ボクサー」の戦闘車。いかにも近未来的だが、まだ展示見本品(画像:KMW)。

 既存の装輪式「ボクサー」のユーザーに対しても、この主力戦車+歩兵戦闘車のミッションモジュールに交換すれば、機甲部隊の夢のような戦闘車に変身させることができるという発展性のアピールを狙ったようですが、まだあくまで展示見本品であることに注意が必要です。

「ボクサー」は実際どのように使われているの?

 実際のところ、ボクサーの変身パーツであるミッションモジュールは、どのくらいのバリエーションが用意されているのでしょうか。

 各国の軍に採用されているもので見てみると、歩兵戦闘車、兵員輸送車、偵察車、砲兵観測車、通信指揮車、装甲救急車、戦闘工兵車、輸送車、回収車、修理支援車、多用途車となっています。ほかにも155mm自走榴弾砲(RCH155)、自走多連装ロケット、砲兵観測車、自走迫撃砲、弾薬運搬車、近距離対空システム(スカイレンジャー)、架橋車などをラインアップしており、顧客ニーズに応じてバリエーションはさらに広げられるといいます。もっとも、やたらバリエーションを紹介するのはメーカーのセールス手法でもあり、実用性があるかは別問題です。


155mm自走榴弾砲RCH155。自動化されており砲塔内は無人。ウクライナ戦で火砲の重要性が見直されており、今後注文が増えるかもしれない(画像:KMW)。

 ミッションモジュールは車体と4か所のポイントで固定され、野外でも交換は1時間以内で可能とされています。ただ、実際に「ボクサー」を採用または採用を決めた国が6か国あるなかで、使われたミッションモジュールは歩兵戦闘車や兵員輸送車、指揮通信車、救急車などオーソドックスなものにとどまり、そして特段「変身」できることが採用決定のポイントになったような話も聞こえてきません。ドイツ陸軍では、実際の運用において変身させなければならないような局面はほとんど無いともいわれています。


近距離射撃を見せる155mm自走榴弾砲RCH155(画像:KMW)。

 とはいえ、ロシアによるウクライナ侵攻に見られるような対ドローン戦や電子戦といった、地上部隊が担う任務の新たな領域は今後も広がっていくでしょうから、ミッションモジュールもそのラインアップはさらに拡充していくことでしょう。

「ボクサー」を実際に変身させるには短時間で済むとはいえ、機材や人員が必要で手間もかかるので、どこでも頻繁に行えるものでもありません。アニメや特撮のように、場面に応じてすぐ変身とはいかないのは、少々、男の子の夢とは違うようですが、予測のつきにくい変化をする将来の戦場環境にもミッションモジュール交換で変身、進化して対応できるという“サスティナビリティ(持続可能性)“に優れた装甲車は、陸軍の夢です。