かつて動力船の登場で取って代わられた風力推進が見直されています。三菱商事が“帆”の現代版である「硬翼帆」を取り付けた船の運用を始めるほか、風力を活かしてCO2の削減につなげる取り組みが進んでいます。ただ、どれも巨大です。

三菱商事の貨物船に後付けされる「硬翼帆」とは

 海上物流のGHG(温室効果ガス)削減に向け、三菱商事の貨物船に次世代型の「帆」を搭載することが決まりました。


三菱商事のバルカー「Pyxis Ocean」にウインド・ウイングスを搭載したイメージ(画像:ヤラ・マリン・テクノロジーズ)。

 ノルウェーの肥料大手ヤラ・インターナショナル子会社のヤラ・マリン・テクノロジーズは2022年6月21日、両社が開発した翼帆型の風力推進装置「ウインド・ウイングス」を設置する初の船舶が、三菱商事の保有する8万重量トン型ばら積み船(バルカー)「Pyxis Ocean」になったと発表しました。

 ウインド・ウイングスは「硬翼帆」と呼ばれるもので、高さは45m。これを2基、甲板上に搭載した「Pyxis Ocean」は、2023年初頭から穀物メジャーの米カーギル向けの輸送に投入されます。風力推進と航路の最適化を組み合わせることで、バルカーやタンカーなどの大型船舶の燃料消費量を最大で30%削減する効果を見込んでいます。

船舶のCO2排出量は“一国ぶん” 脱炭素急ぐ

 船齢5年の「Pyxis Ocean」に硬翼帆が設置される背景には、国際海運におけるGHG排出削減が急務となっていることが上げられます。

 貿易の90%を支えている国際海運は年間約8億トンものCO2を排出しています。世界全体で占める割合は約2.2%と、ドイツ1国分の排出量に匹敵。IMO(国際海事機関)では2050年までにGHG総排出量を2008年比で50%以上削減することを掲げた「GHG削減戦略」を2018年4月に採択しており、船会社や造船所は、省エネ効率を高めた環境に優しい船舶や、水素やアンモニアといったカーボンフリー燃料エンジンの開発を進めています。

 しかし、既存のディーゼルエンジンを搭載した船齢9年までの船舶は、世界のバルカーの55%、海上の全船舶の51%を占めており、海事業界ではクリーンエネルギーの研究開発だけでなく、既存の船舶を脱炭素化できる技術の確立が求められています。こうした背景から、後付けして排出CO2を削減できる今回のウインド・ウイングスが開発されたのです。

「硬翼帆」にEUから資金提供も

 このように国際海運で課題となっている船舶の省エネ化とGHG排出削減を実現するため、2019年にカーギルと三菱商事の海運子会社MCシッピングは、協力関係を構築。「Pyxis Ocean」への硬翼帆搭載プロジェクトは、設計、資金調達、供給、設置、傭船、運航に関わる多くの業界関係者で構成されており、エネルギー転換を加速させるために海運業界で必要とされる協力体制の例として期待されています。

 設置されるウインド・ウイングスのうち1基は、国際海運の脱炭素化のためのソリューションを実証する「EU Horizon 2020プロジェクトCHEK」の一環として、欧州連合から資金提供を受ける予定です。

巨大風力装置“全部のせ”の船もまもなく日本に

 風力推進船の開発は日本でも進んでいます。海運大手の商船三井と大島造船所は「ウインドチャレンジャー帆」と呼ばれる硬翼帆式の風力推進装置を開発。東北電力の火力発電所向け石炭輸送に投入される9万9000重量トン型バルカーに設置され、10月上旬から実際の航路で運航を始める予定となっています。


商船三井のウインズ丸。風で発電し水素を生成、その水素を活用した燃料電池で発電した電気でプロペラを回し推進、という流れに成功した(画像:商船三井)。

 さらに商船三井は、帆走中に船内で水素を作り、その水素を燃料として活用するゼロエミッション船の開発計画「ウインドハンタープロジェクト」にも取り組んでいます。ヨット「ウインズ丸」を使用して2021年11月から行った実証実験では、実際に風と水素で走ることに成功しており、最終的には大型の貨物船への実装を目指しています。

 また、商船用三井グループの商船三井ドライバルクは2022年5月20日、「ウインドチャレンジャー帆」に加えて、マグヌス効果(回転しながら進む物体に一定の揚力が働く現象)によって推進力を得る風力推進補助装置「ローターセイル(円筒帆)」も搭載したバルカーの導入に向け、木質バイオマスエネルギー大手の米エンビバと合意しています。

 海運の主役の座から降りた帆船ですが、2020年代後半にかけ、最新型の帆を取り付けた貨物船が徐々に増えて来ると見られます。