「鶏肉で食中毒」なぜ多い? 生食禁止しない理由は? 専門家に聞く
梅雨期から夏場にかけて注意したいのが食中毒です。特に鶏肉は、鳥刺しやたたきなど、生や生に近い状態で食べることがあり、食中毒の原因としてニュースで報じられることが多い印象があります。SNS上では「鶏肉は『火が通った』感があって危険」「3回食中毒になった人がいる」などの声が上がっています。なぜ鶏肉による食中毒が多いのでしょうか。管理栄養士の岸百合恵さんに聞きました。
生食が伝統の地域も
Q.鶏肉を食べて食中毒を起こす仕組みを教えてください。
岸さん「鶏の腸管にはカンピロバクターという食中毒菌がおり、精肉になる際に汚染されることが多いです。厚生労働省の報告では、付着率20〜100%と高頻度で検出が確認されており、生や加熱不足の鶏肉を食べることによって体内で増殖し、発病します」
Q.鶏肉を食べたことによる食中毒は、他の肉よりも実際に多いのでしょうか。
岸さん「食中毒の被害報告では、約8割がノロウイルスとカンピロバクターによるもので、その半数近くはカンピロバクターですが、これだけ多く発生している割にあまり知られていないのが現状です。カンピロバクターは、生の鶏肉や牛のレバーから検出される菌で、日本人が食べる頻度から考えると、鶏肉による食中毒が非常に多いことがうかがえます」
Q.なぜ、鶏肉による食中毒が多いのでしょうか。
岸さん「健康な鶏であっても、多くはカンピロバクターを消化管内に保有しており、食肉の保存や加工が不適切・不衛生でなくとも、少ない菌量で発症してしまいます。その上に、鶏肉に関しての食中毒の意識が低く、また日常的によく食べる肉であることから多いものと思われます」
Q.飲食店で鶏肉を生で提供することを禁じていないのは、なぜでしょうか。
岸さん「牛肉や豚肉は、過去に重症被害や死亡者を多数出す食中毒が起き、食肉に関する公衆衛生上のリスクに応じた規制が設けられました。具体的には、2011年の腸管出血性大腸菌(O-157)の食中毒事件を受け、牛レバーの生食用提供を禁止、その後、食肉に関する調査会により、豚肉も法的な生食提供禁止が決定しました。
行政では、鶏肉に関しても注意喚起をいろいろな形で行っていますが、法的な規制をつくるにはさまざまな分野の有識者を交え、慎重に検討する必要があり、現段階では鶏肉の生食に関しては明確な法規制はありません。そのため、多くの飲食店で鳥刺し、鶏のたたきなどが提供されていても罰されることはありませんが、これは法規制がない=生食OKということではなく、『生食が想定されていない』というのが現状です。
また、一部の県では鶏肉の生食文化が伝統となっています。厳しい衛生基準を設けた上で、生食が許されており、全国一律の法的規制が難しいという面もあるようです」
Q.「鶏肉は火が通った感がして危ない」という声がネット上にあります。なぜ「火が通った」ように見えて実際には通っていないということが起きるのでしょうか。
岸さん「鶏肉は豚や牛と比べ、厚みが均等でないため、火が通っていそうな色や部分を基準に判断すると、厚みのある場所が生焼けということが起きるようです。鶏胸肉は厚みのある部分では3〜4センチ程度あり、もも肉でも同様です。そう考えると、見た目より火が通りにくい食材といえるでしょう。また、唐揚げのように大きめの塊で調理すると、こんがりした見た目で火が通っているように判断されやすいのではと思います」
Q.鶏肉による食中毒の季節的特徴はありますか。
岸さん「カンピロバクターによる食中毒は、一年を通して季節を問わず発生しています。菌の増殖リスクでは30〜40度付近で最も繁殖しやすいため、夏場の買い物などには、特に気をつけていただきたいです」
Q.鶏肉を飲食店で食べる際、どのような点に注意すればよいのでしょうか。
岸さん「鶏肉は、先述した一部地域の例外を除き、全て加熱用です。カンピロバクターは鶏にとっては病原菌ではなく、肉の内部にも菌は存在しています。新鮮さはむしろ危険とも言え、『周りをあぶれば大丈夫』『新鮮だから大丈夫』ということではありません。厚労省では『生の鶏肉は飲食店でも食べないように』と注意喚起しています。新鮮だから大丈夫ということではないようです。しっかり加熱された物を選ぶと安心です」
Q.自宅で調理する場合の注意点も教えてください。
岸さん「カンピロバクターは熱に弱いため、最も効果的なのは加熱殺菌です。湯引き程度の加熱では菌が死滅しないこともあります。鶏肉の中心温度が75度以上になってから、さらに1分以上の加熱をすると安心です。
また、できれば肉を使用するまな板と他の食材を切るまな板は分け、生の鶏肉が触れた調理器具や手指はしっかり洗浄・殺菌し、ほかの食材に菌が移るのを防ぎましょう。
調理前に鶏肉のぬめりを取るために肉を洗う人がいるようですが、危険です。カンピロバクターを含む水分が広範囲に飛び散り、鶏肉が触れていない食材、調理器具などにも付着する恐れがあり、二次汚染による食中毒の原因となります。ぬめりが気になるようでしたら、キッチンペーパー等で拭くなどして、菌が触れる範囲を最小限に抑えるようにしましょう」