「ボロ家が欲しい」若者たち 不動産投資に変化のきざし - 中川寛子
※この記事は2022年01月02日にBLOGOSで公開されたものです
大学受験に二度失敗し、将来を考えて図書館で本を読みまくり、20歳で不動産投資家になることを決めた加藤さん。大工修業をしながら22歳で物件を購入、2年間自分で住みながら手を入れて、24歳で完成した2階を賃貸に出したーー。
派遣社員だった女性は24歳のときにコツコツ貯めた貯金をもとに不動産投資を始めた。派遣切りに遭うなど紆余曲折があったが節約を続け、DIYで地道に資産を増やし、12年後には収益物件3棟の大家さんになったーー。
2021年8月と11月、不動産投資物件ポータル「健美家」で、こんな若い投資家の物語を紹介する記事がヒットした。
この2人に共通するのは若い人が少ない元手で不動産を購入、自分で手を動かして改装しながら資産を作っていったという点である。
かつての不動産投資は、経済的に多少余裕のできた層が不動産を購入し、管理を誰かに丸投げするものだったことから考えると、手法その他も含め、あきらかに変わってきているのである。何が、どう変わってきたのだろうか。
「戸建て」購入に目を向ける20代、30代
住宅として貸すことを目的とする不動産投資では区分所有のマンション、一棟もののアパート・マンション、戸建てとさまざまな建物が対象になるが「2014年くらいから戸建てを買う流れが目に付くようになってきた」と健美家の倉内敬一氏は語る。
さらにその傾向はこの1年で強まったという。健美家が毎年4月と10月に行う「不動産投資に関する意識調査」で、最も探されている物件種別は「一棟もののアパート」だ。これは調査を始めた時点から変わっていない。ところが直近の2021年10月調査では、「実際に何を買ったか」という問いに対して戸建てがトップに躍り出たのである。
「例えば300万円など安く戸建てを買って手を入れて貸すというようなやり方は、2005年~2010年頃に北海道で出始めており、地方都市では決して新しいものではありませんでした。
一方、ここ数年で空き家問題が話題になり、空き家を安く買って自分で改装して賃貸するという手法が広く知られるようになりました。
さらに、首都圏では戸建てを除く他の物件価格が上昇、非常に利回りが低く十分な収益を確保しにくいという状況があり徐々に一都三県でもこうした手法が広がってきたというのが今の状況です」と倉内氏は指摘する。
地方であれば場所によっては50万円、100万円で買えることもありローンを組まずにキャッシュで買える価格帯の物件も。300万円で買えれば家賃5万円でも20%で回せるなど、首都圏では想像できないほど高利回りだ。さらに地方ではマンション、アパートよりも戸建ての数が多いため借り手の心理的なハードルも低い。そのため、若い、資金の少ない人でも手軽に戸建て物件への投資に手を出せるのだ。
結婚前から不動産投資を始める人も…その背景は
10数年前の不動産投資は、30代の親が子どもを持ち将来を考え始めた結果として、あるいはある程度の年齢になって体を壊したことで老後への不安を抱いた結果として余剰資金を元手に始めるものだった。しかし、最近は20代後半の結婚前から始める人も増えている。経済成長が期待できない時代、自由に生きるためには手堅い何かが必要と感じている人が多いのだろう。
何千万円もの資金が必要だった時代に比べると「誰にでも買えるようになり、今は不動産の民主化の時代」と倉内氏は語る。「キャッシュで買える額ならそれほどリスクはなく、仲間と集まってDIYするのはゲーム感覚で楽しい。投資家が集まる懇親会で聞くと『とりあえず買ってみました』という人もいます」。
地方都市ではかつてより、格段に不動産投資に手が出しやすくなっているが、残念ながら首都圏の場合は50万円、100万円などと安価に買えることはほとんどない。だが、冒頭の2人はそれぞれ650万円、1020万円で初めての物件を購入しており、探し方によって物件はあるもののそれをきちんと収益を生む物件にできるかは別問題だ。
「常識的」なアドバイスが役に立たないこともある時代
どうしたら収益を生む物件を持つ不動産投資家になれるのだろうかーー。成功する不動産投資家には、ある共通点があるようだ。
「みんなと同じものを作ったら家賃を高く設定できない。周りと同じことをしようというのが前の世代だったとしたら、今の20代、30代には自分のセンスを信じる、周りに合わせようとしない人が出てきている」
そう語るのは20代~30代前半の不動産投資家、スタートアップなどとの付き合いが多い株式会社オリエンタル・サンの山田武男氏だ。
「言い換えれば、20代~30代前半で不動産投資、起業に踏み切って成功させている人は他人の言うことを聞いてもうまくいかない、自分しか信じないと考える人が多いのではないか」(山田氏)。
現に加藤氏は、ジブリ好きからジブリ映画に出てくるような部屋を目指した不動産を買ったことを竣工するまでずっと誰にも言わなかったという。
「YouTubeを見て施工のやり方を学んだとか、給湯器やユニットバスなどの設備類をヤフオク!、メルカリで調達したとか、黒い内装にオレンジの建具、水色のトイレなど個性的なカラーリングその他、常識的な不動産会社に相談したら何と言われるか、分かっていたからでしょう。実際、できあがって不動産会社に見せたら不評。『こんな部屋で借り手がつくのか』と言われたそうです」(山田氏)。
ところがプロの「常識的な予測」は見事に外れる。募集開始以降問い合わせがすぐに15件あった。内見が4件あり、そのうち一目惚れしたという女性が入居するまでの期間は1カ月ほど。あっという間に決まったと言ってよい。
「ジブリ風の家が100軒、200軒あったら決まらないかもしれませんが、それほどの数でなければ問題ありません。むしろ小規模であればあるほどやりたいことをやったほうがニーズの多様化した時代には選ばれる。加藤さんの手がけた物件も、最寄り駅までに坂道があるなど不利な点があるものの『他にない個性があったから決まった』という好例でしょう」(山田氏)。
この話に山田氏は東京五輪の自転車競技・女子ロードレースで優勝したアンナ・キーセンフォーファー(オーストリア)が重なるという。トレーナーの付いていないアマチュアがチームで風を避けながら走るというロードレースのセオリーを無視して、でもぶっちぎりで金メダルを獲得という話だ。彼女もまた、自分のことは自分が一番分かっており、すべてを自分で管理した。「常識的じゃないからダメ」などと彼女のやり方に口を挟む人がいなかったからこそ、自分にベストなやり方で実力を発揮し金メダルを獲得できたのだろう。
「何でも自分でやる」にはさまざまなリスクも
一方、こうした良い事例ばかりではない。そもそもボロ家を自分で人に貸せる商品にまで仕上げられるかという問題があるのだ。11年ほど前からプロに手伝ってもらいながらも空き家を自分の手で再生してきたオハナホーム株式会社のきくちまさお氏によると、ここ数年、DIYの十分な知識がないままにボロ家が欲しい、DIYで直して貸したいという人が増えたという。
「DIYでボロ家を直せる、簡単に施工できるとするメディアが増えたと同時に、空き家なら安価に手に入る、収益が上がると煽る人もいるからでしょう。自分でやるつもりで空き家を購入するも、意外に手間とお金がかかって手に負えなくなり放置する人も出てきています」(きくち氏)
確かにここ10年ほどで素人にも使いやすい道具が簡単に手頃な価格で手に入るようになり、資材も扱いやすくなっているため内装ならある程度まではできるようになる。しかし、戸建ての場合は内装だけでは済まないことも多々ある。不動産の知識だけでなく、建物に関する知識もないと危険な羽目に陥ることもあるのだ。
「自分が買った戸建てに少しずつ手を入れ、きれいになった達成感や、小さな成功体験を積んでいくのは楽しいことですし、完成して周囲から『すごいね』と称賛されるのもうれしいこと。それによって不動産の楽しさに目覚める人が増えるのは良いのですが、賃貸業は生活の場を提供して賃料をいただく仕事です。安全でない、違法な改修を危険とも、まずいとも思わずに手がけ入居者に迷惑をかけるようでは困ると思うのです」(きくち氏)。
抜いたら強度が不足する場所の柱や壁を撤去、耐震に問題があるのに補強をせずに済ませる、擁壁を勝手に壊そうとする、火を使うキッチンに木の棚を配するーー。さまざまな危ない事例があるというが、リフォームを手がける本人たちが知識不足で問題があると思っていないこともよくある。また、電気やガスのように素人作業が感電、漏電、火災や爆発に繋がる危険を持つ場合もあり「何でも自分でやる」にはリスクもあるのだ。
「ボロ家をDIYで直して貸す」ときに相談できるプロの育成が必要
常識に縛られないことが成功の秘訣と書きながら矛盾しているように思われるかもしれないが、違法な改修が人の生き死にに繋がることもありうるのが住宅である。自分でできると思うこと、やってみる心意気は尊重するが安全性だけはプロに聞くなどして確保したいところだ。
ちなみにここでいうプロとは不動産だけ、建築だけではなく、どちらもある程度知っている人のことを指している。日本ではまだまだ少ないが、頼りにするならこういう人である。ホームページで仕事内容を細かく見て探す、どちらかの業界の知人に聞くなどすれば探せるだろう。
山田氏は、プロに相談する際は「ふわっとした質問をしないこと」をポイントとしてあげる。「『これ、どうですか、売れますか?』といった相手の主観で答えが変わるような質問をするのは無駄。『これは合法ですか?今は違法だとしてどうすれば合法になりますか?』『契約が終わった後、入居者に確実に退去してもらう手はありますか?』など具体的な答えが返ってくる質問であれば相手次第ではあるものの、必要な情報が答えとして返ってくるはず。それでこそプロに聞く意味があります」。
これまで、物件を建てるまでは建築業界、建った瞬間からは不動産業界と同じ建物が異なる業界で扱われてきたが、これからはそのあたりを一気通貫して行える、アドバイスできるプロが必要だ。
そうした人材を育成しようという動きや自ら目指す動きも出てきているが、今後は不動産、建築双方の業界で取り組むべき課題だろう。同時に住宅に関する、建ったときから修繕その他も含めた履歴を残していくことも既存住宅の取引を増やしていく上では重要だ。国土交通省が推進する住宅履歴情報、「いえかるて」の普及が進めば、既存住宅を購入、改修しやすくなるのではないかと考えられる。
幸い、首都圏では厳しいながらも日本全体としてみると空き家が増え、安く不動産を手に入れるチャンスは今後増えていくはず。それを利用して自分の手で資産を増やすことができるとしたら、その資産は人生に選択肢を与えてくれる。誰にでもできるとは思わないし、簡単にできると安請け合いはしないが、可能なら人生を変えることもできるはずだ。