映画館で「人工呼吸器がうるさい」と言われない社会に - BLOGOS編集部PR企画

写真拡大

※この記事は2017年11月01日にBLOGOSで公開されたものです

栃木県宇都宮市にある重度障がい児者とその家族を支える認定NPO法人「うりずん」。理事長の郄橋昭彦氏は、地域に貢献する医師を表彰する日本医師会赤ひげ大賞も受賞している医師だ。

障がい児者やその家族はどんな問題を抱えているのか。障がいを持った方々とどう共存していけばいいのか。郄橋理事長に聞いた。【撮影・執筆:田野幸伸(BLOGOS編集部)】

「いちばん子どもが死なない国」で起きていること

医療的ケアが必要なお子さんは全国で1万7000人いらっしゃいます。(20歳未満の数) 。人工呼吸器、経管栄養、在宅酸素などの機器が必要な人たちを「医療的ケア児」と呼んでいるわけです。

私は2003年から小児の在宅医療に取り組んでいますが、そういうお子さんたちがどんどん増えていると感じています。

障がいを持ったお子さんが増えた要因は医療の進歩で救える命が増えたということです。それは決して悪いことではなく、日本は新生児死亡率が世界最低水準。「いちばん子どもが死なない国」になっています。

体重400gや500gで生まれた超未熟児のお子さんというのは自分で呼吸をすることができません。ミルクを飲むこともできないので、人工呼吸器に助けてもらい、鼻からミルクをチューブで入れてもらって大きくなります。

大半のお子さんは元気な状態で退院されていくのですが、最後までミルクが飲めない、息ができないというお子さんもいます。これは確率の問題といってもいいでしょう。

どの子を助けたらどこまで育つなんて、最初は分からないわけでしょう。

だから今の医療のスタンスとしては、救命できるお子さんを救う。そして障がいがなるべく少なく、残らないようにと、新生児の先生が一生懸命頑張っていらっしゃる。

それでもどうしても障がいが残ってしまう子もいるのです。

人工呼吸器などが必要なのはそういった子どもたちです。

世界一忙しいお母さんたち

その子たちが退院して家に戻ると、お母さんは寝ずに痰の吸引をして、体の向きを変えて、ミルクを注入して、アラームが鳴ったらまた起きて対応して…そういったことを24時間ずっと繰り返すわけです。

「世界一忙しいお母さんたち」と我々は呼んでいます。

もちろん、お母さんだけでなく、お父さんにおじいさんおばあさん、家族は皆さん頑張っていらっしゃるんですけれども、ボディーブローのように様々な問題が蓄積していきます。

きょうだいたちにも大きな負担がかかります。呼吸器が必要なお子さんがいると、まずお母さんと一緒にお出かけすることができない。

学校で100点とって、お母さんに褒めてもらいたくて「見てみて!」ってテストを持っていっても、吸引していると「あとにしてね」「ちょっと待っててね」になってしまう。

これが積み重なると「私はいつもじっとして、いい子にしてなきゃいけないんだ」と思うようになります。

小さい頃からそういう状態が続くと、不登校になったり、あるいは爆発したりということがあるのです。

だから、医療的ケア児のきょうだいたちが「いい子」にしているのを見ると、私たちはとても気になります。

訪問診療に行くと、ご本人の診察はもちろんするのですけれども、きょうだいたちにも「宿題やったの」とか、たわいのない話をするようにしています。

ある患者さんのお姉ちゃんはモルモットを飼っているのですけれども、訪問するとわざわざ見せにきます。大事に抱えて「見てみて!」って。

僕は僕でお母さんの真剣な相談を受けながら、対処法を伝える傍らで「モルモットかわいいねえ」ってやりたいんですが難しいときもある(笑)。「あなたのことに関心もあるんだよ」と意思表示することが大切と思っているのですが。

法律が現状に追いついていない

2016年6月に「障害者総合支援法・児童福祉法の一部を改正する法律」ができて、医療的ケアが必要なお子さんを社会で頑張って皆さんで支えましょうという大枠の方針は決まったんですけれども、個別具体的な施策はまだまだ不足しています。

例えば、普通に歩ける自閉症のお子さんは、特別支援学校のスクールバスに乗せてもらえるんです。ところが管(くだ)が一本でも体に入っていたら、「看護師が同乗していないからバスには乗せません」と断られます。

そうするとお母さんが自分で学校まで連れていかなければいけない。人工呼吸器レベルのお子さんになると、お母さん1人では連れていけません。でも通学には移動支援は使えないというのが原則です。

これは学校だけの問題ではありません。

まずはそういうお子さんがいるということを知っていただくことで、関心を持つ人が増えることが必要なのです。

映画館で「人工呼吸器がうるさい」とクレーム

例えば、関西で実際にあった話ですけれども、映画館に人工呼吸器をつけた方がヘルパーさんと一緒に映画を見に行ったんです。

そうしたら、他のお客さんから映画館に苦情が入るんですね。「呼吸器の音がうるさい」とか「たんの吸引がうるさい」とか「アラームが鳴って雰囲気ぶち壊しでどうしてくれるんだ」みたいな。

それを直接その方には言わないものだから、映画館の人がやむを得ず伝えるとその方は廊下に出るわけですよね。

たんの吸引というのは命を守る行為だし、アラームが鳴るのはそれを知らせるためのものだし、呼吸器だって動いている以上は音がするじゃないですか。そういったことを理解していれば決してそんなクレームは出ないはずです。

そのためにはまず生命を維持するために人工呼吸器が必要な人がいると知っていただくしかない。

こういったお子さんにとって電源がどれだけ大事なものか、災害のときに思い知らされます。東日本大震災の時もなかなか大変でした。

避難所では呼吸器に必要な電源のいちばん近くにいさせてもらいたいのです。知っていればスマホの充電より呼吸器の子が優先だってなりますよね。

保育園を建てるのに子供の声がうるさいからと苦情がありえる時代ですが、将来的には障がいをもったお子さんも健康なお子さんも一緒に育つ、統合型の保育園を作りたいのです。

例えば、1学年に20人ぐらいお子さんがいるとして、2人か3人は障がいを持ったお子さんもいる。一緒に育っていけば、大人になった時に決して映画館で「呼吸器がうるさい」とクレームをつける大人にはならないと思うのです。

そして、中には、医療的ケア児に関わりたいというお子さんも出てくると思うんです。そうすれば将来看護師になったりお医者さんを目指したいという子たちも出てきますよね、きっと。

医療的ケア児の「18歳問題」とは

医療的ケア児には「18歳問題」というものがあります。

特別支援学校は18歳で卒業になります。すなわち、18歳をすぎると家から通うところがない。

18歳以上の障がい者には生活介護事業所というところがあるのですが、管があるとそういったところには通うことが難しいと言われ、人工呼吸器レベルになると預かってもらえる生活介護事業所はほとんどありません。

そういった18歳を過ぎた若者が親元を離れて日中活動を行う場所が必要です。

医療的ケア児1万7,000人のうち18%の方が人工呼吸器をつけていますが、今後はもっと増えてくるでしょう。人工呼吸器をつけたお子さんが当たり前の時代がやって来ようとしています。

ですから、18歳を過ぎたお子さんがちゃんと通える生活介護事業所を早めに準備しておかないといけないのです。残念ながらまだそのことに気づいている人は少ない。

医療の進歩によって気軽に人工呼吸器が使えるようになってきたということなのですが、今までの制度の中に人工呼吸器をつけた子どもは想定に入っていなかったからさあ大変。

18歳を過ぎたとたんに家から1歩も出なくなってしまう子をなんとかしたいのです。

ショートステイを阻む消防法の壁

そしてもう一つ、実現させたいことの1つに「ショートステイ」があります。お泊まりをちゃんとやるには呼吸器をつけたお子さんをケアできるレベルのスタッフが20人ぐらい必要なのですが、まだそこまでできていなくて。

スタッフには家庭を持っている人も多いので「泊まり勤務」はなかなか大変です。

そのうえ、福祉施設でショートステイをやる場合にはスプリンクラーの設置が義務になっているのです。

人工呼吸器のお子さんにスプリンクラーで水をかけるとどうなりますか?機械が壊れます。

電源が必要な子供たちの人工呼吸器に水が降ってきたらどうなるのか。かえって危険ですよ。

どこかのグループホームで火事が起きてお年寄りが亡くなってしまったとあれば、スプリンクラーが必要という決まりになるのはわかります。

これは例外的なことを認めてもらうしかないですよね。精密機器ですから。

他にも色々とチャレンジしていきたいと思っています。まだまだ道は険しいですし、終わりはないですけどね(笑)。

日本財団 難病児支援「難病の子どもと家族を支えるプログラム」
小児医療の進歩はめざましく、小児がんや、染色体異常に伴う病気などにより、これまで長く生きることができなかった子どもたちが家族で過ごせる時間が増えています。
一方で、命を脅かす病気と共に暮らすことは、家族に厳しい緊張を強い、特に自宅でのケアの負担は非常に大きく、地域から孤立してしまいがちです。
日本財団は、全国に生活サポート拠点を立ち上げ、子どもたち一人ひとりにあわせた経験と成長の場を増やすための「難病の子どもと家族を支えるプログラム」を行っています。

・日本財団 難病児支援「難病の子どもと家族を支えるプログラム」