※この記事は2017年10月30日にBLOGOSで公開されたものです

痴漢を性依存症として位置付け、治療にあたっている大森榎本クリニック(東京都)の精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんは『男が痴漢になる理由(イースト・プレス)』を上梓し、各種メディアで話題を呼んでいる。

一方、ウェブメディア「BE INSPIRED!」は、痴漢の被害に関して顔出しで告白する記事を掲載した。痴漢被害を告白した中の一人に、筆者の知人でもある、アーヤ藍さんがいた。

多くの痴漢加害者と関わってきた斉藤さんと被害経験のアーヤさんの対談を全3回にわたりおおくりする。

顔出しで告白した意味は?

渋井:顔出しで痴漢被害体験をメディアに載せることになった経緯を教えてください。

アーヤ:ウェブメディアで働く知り合いが、自分のフェイスブックで「痴漢に関する記事を書きたい。体験談を募集します」と投稿していました。「たいしたことはないけれど、私の体験でよければ」と返信しました。

性暴力を直接受けると、「汚れた」かのように見られてしまうことがあります。痴漢は直接の被害ではないと思ったのです。私は軟禁状態に置かれたこともあります。確実に閉じ込められたわけではないけれど、恐怖で逃げ出せない状況でした。このことの方が喋るハードルが高いですね。

渋井:痴漢も直接の被害ですよね?

アーヤ:私がさっき言った「直接の被害」というのは、「挿入行為がない」ことを意味していました。触れられたということだけを持って、結婚するときに、障害にならないのではないかということです。

斉藤:いわゆる性被害体験になる人はいます。もちろん、痴漢で結婚ができなくなりましたというエピソードは聞いたことがないですが、電車という交通機関の利用を断念する人。また、一過性の男性不信に陥る人はいます。

アーヤ:痴漢は、本人の心の傷があるとは思うけれど、他人から「汚れている」とは思われにくいのではないでしょうか?「痴漢被害にあった相手とは結婚したくない」という人は少ないと思う。私自身、「痴漢にあったことがあるなら結婚しません」という人とは結婚したくないので、いいかなとも思います。

斉藤:様々なWeb媒体で性被害体験の記事を見ることが増えましたが、痴漢被害の記事は少ないですよね?

アーヤ:誰も語らないですよね。件数が多いからか、普通のことに思えてしまう。「声をあげても痴漢がなくならない」という諦めがあるのではないでしょうか。

斉藤:記事の反応はどうでしたか?

アーヤ:「私も嫌なことをされたことがある」という女性側からのリアクションはありました。告白記事を掲載したメディア側の意図は、痴漢をした本人を責めるため、ではありません。自分のこととして感じてほしい。だから敢えて感情を排して淡々と情景描写をする形で書きました。記事で発信した人たちの共通の意思でもあると思います。

ところで、この本、「男が痴漢になる理由」を読んで思ったのは、誰もが加害者になり得るということです。特定の誰かの問題ではないと思いました。性暴力関連の本は何冊か読んだことあるんですが、その多くで「性欲が原因ではない」とされていました。しかし、痴漢については、そうした認識はなかったですね。

被害女性に諦めムードがある?

斉藤:「自分しか被害にあってない」と考えると、とんでもないひどいことされたとは思いますが、「私もされた」と周囲から聞くと、「痴漢する人はいるものだ」といって諦める。春になったらそういう人が出てくるものだというようなニュアンスが近いかもしれません。でも、痴漢はオールシーズンでますけどね。

アーヤ:自分だけが特別な被害者ではないから、声高にするのは恐れ多いなとどこか思ってしまうんですよね。

斉藤:怒りはわかなかったのですか?

アーヤ:私の場合、満員電車で後ろに密着されている状態。体をずらして、性器の部分を押し当てられていた。意図したものなのかはすぐに判断できずに混乱状態でした。後から「あれは痴漢だったんだ」と思い、怒りが湧きました。

痴漢の告白記事が出る1週間前ぐらいにも、すいているホームを歩いていたら、すれ違った男性に手の甲を触れられて、そのまま通り過ぎられました。わざわざ反応するのもどうなのかとも思いましたが、この本を読んで、エスカレートしていく最初のほうなのかもしれないと思いました。

斉藤:巧妙な手口ですね。痴漢でいうと手の甲で、能動的にさわっている人もいるが、そこまでではない人もいる。潜在的な痴漢層で、電車を降りる時にわざと体の一部が接触するように、自然にみせかける人もいます。痴漢された相手も「これだけ密集していれば触れてもしょうがない」と思わせるテクニックがあります。そこから更に悪質な痴漢に発展するケースはありますね。

アーヤ:薬物とアルコール依存と似ているとも書かれていたことがわかりやすかったです。「きょうで終わり」「ちょっとだけだから大丈夫」というものから発展していく...。

本を読んで、満員電車に乗れなくなった?

斉藤:痴漢をする人の認知の歪みについて、最近、典型的だと思ったのは「女性専用車両に乗ってない女性は、痴漢してもいい」という発想です。「痴漢されたくない女性は、女性専用車両に乗っているだろう」と。本当に現実をそう見ている。

アーヤ:満員電車に乗れなくなります(笑)。

斉藤:渋井さんは痴漢本を読んでいることをSNSでアピールしていましたよね(笑)

渋井:ツイッターやフェイスブックで、電車内でこの本を読んでいることを書き込んでいました。痴漢に関する本を電車内で読むのは勇気が要りましたね。

アーヤ:痴漢は誰もがなり得るだろうと思っていましたが、ここまで潜在的に存在しているとは思っていませんでした。電車に乗っているとき、周りの誰かが痴漢かもしれないと思うと恐怖でした。

渋井:女性の体に偶然、触れたとします。たとえば、男性ならオヤジと接触するよりは、若い女性と接触するほうが嬉しいと考えるのが一般的でしょう。そういうことの積み重ねの延長で痴漢をしてしまうのでしょうか?

斉藤:非自発的接触でうれしいと思うのは自然な感情かもしれませんが、意図してやるのは大きく違います。

渋井:どこが違いますか?満員電車に乗れば、女性と接触する可能性が高まると思うのですが。

アーヤ:それを期待して、意図的に満員電車に乗る人がいると?

斉藤:それはいますね。そういうのを期待して乗車する人はいます。

アーヤ:痴漢は認知の歪みがあるということですが、どの辺の段階で起きるのですか?

斉藤:厳密に調査はしていませんが、始める前から持っている人は多いです。痴漢する側は「減るもんじゃない」「たまにはいいだろう」という発想です。ただ、多くの人は行動化しません。また、「女性は、男性の性欲を受け入れて当然」と潜在的に思っている人がいます。しかし、行動にうつさなければわかりません。思っているだけなら犯罪ではないです。

どこから、というよりは、もともとその類の認知の歪みを男性は潜在的に持っていて、何らかのきっかけで痴漢を始め、その行動を繰り返すようになります。痴漢は学習された行動ですから、やがてそれが強化される、というイメージでしょうか。

逮捕されることはどんな意味があるのか

アーヤ:痴漢で捕まった人について、本では「逮捕されたことで安心する」「逮捕されたかった」と書かれていました。ということは、SOSを出していて、本当は止めてほしいと思っているのでしょうか。

斉藤:昨年、高知東生さんが覚せい剤使用で逮捕されたときに警察官に「ありがとう」と言っていました。それに対し、テレビでテリー伊藤さんが「ふざけるな」とコメントしていて、我々のようなアディクション業界ではちょっとした話題になりました。

大多数ではないですが、性加害者の中にも逮捕されてホッとする人がいることは確かです。被害者側からすると理解しがたいですが、逮捕されたことで「明日から痴漢しないでいいんだ」と思っている人はいるようです。

彼らのほとんどは善悪の判断はできますが、特定の状況や条件の下では、衝動を抑えることができません。何百回、何千回と反復する痴漢行為で、条件反射の回路が出来上がっています。我々からすると梅干しを見ると、唾液が出るのと同じです。

アーヤ:そうした状況にあることを周囲は察知できるのでしょうか?

斉藤:痴漢をした人の家族からよくそういう質問が出ます。「やっているかどうか、どうやってわかりますか?」と。ただ、彼らは見つからないように、逮捕されないようにするのがミッションですから、難しいですね。

痴漢をする人は真面目な、「ザ・サラリーマン」

アーヤ:また、この本によると、痴漢する人たちは事前にいろいろとチェックするのですね。驚きました。

斉藤:痴漢はみんな勤勉で、真面目です。強姦の場合は、生育歴などに様々な問題を抱えている人がいますが、痴漢をするのはどのような人なのでしょうか。それは「ザ・サラリーマン」です。満員電車の過酷な状況を苦痛とは思わない従順さもあります。

アーヤ:時代の移り変わりとともに増えるのでしょうね。満員電車が痴漢を生み出しているものなのでしょうか?根源的な原因はどこにあるんでしょう?

斉藤:臨床の中で、原因論と目的論でその現象を理解することは大事です。最近では、痴漢する外国人も増えてきました。母国では痴漢などの性犯罪歴はないのですが、明らかに、日本の朝の満員電車の中で学習しています。痴漢は、学習された行動です。最初は何か深刻な問題が背景にあると思っていました。しかし、生育歴やトラウマとの関連は比較的薄い。アルコールや薬物の依存症に比べると、相当、関連は薄い。特定のタイプというのはいないです。

渋井:「ザ・サラリーマン」が痴漢をするということですが、斉藤さん自身は大丈夫ですか?(笑)

斉藤:私は朝、超早いんですよ(笑)。最寄り駅から5時台の電車に乗り、7時前にはクリニックに着きます。だから電車には必ず座れるんです。9時から通常業務開始ですが、それまでは本業とは違う書き物などの仕事をしています。

渋井:仕事でストレスを抱えたときに、満員電車に乗ったら、痴漢してしまう?

斉藤:頭をよぎったことはあります。仕事の大きなトラブルとプライベートでの喪失体験が重なったときに、身近に相談できる相手がいないと人間は自分自身を保てないことが多いです。私も追い詰められたら、痴漢かどうかはわからないですが、自暴自棄になり他害行為をする可能性は十分にありますね。

渋井:「男が痴漢になる理由」は、満員電車が前提ですが、それ以外の条件ではどうでしょうか?

斉藤:あくまでもヒアリングした結果ですが、腕を組み、脇の下からはみだした手で、巧妙に触るというケースもありますね。

また、女性の隣に座った状態でカバンを持って手を隠す。そして、どんどん(女性側に)侵入していく。横にいる人は、「この人は寝ているのか」「もたれかかっているのか」と思ったりします。しかし、明らかに触っている。そういう人はけっこういるんです。

3人掛けの優先席がありますが、そこで痴漢する人もいます。前に来る人は少ないため、バレにくい。さらに前が車椅子のスペースならなおさら好条件です。

優先席ではあえて真ん中に座ります。両サイドを開けておけば、どちらかに女性が座る確率が上がるからです。

(続く)

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