「不当逮捕」で信頼が失墜した有名芸能プロ社長の戦い - 渡邉裕二
※この記事は2017年10月25日にBLOGOSで公開されたものです
「意図的にでっち上げられた事件で不当に逮捕された挙句に事務所も潰された」こんな酷い事件があった。
2年前の2015年9月9日のことである。中堅芸能プロダクション「ぱれっと」の吉本暁弘社長(62)は、元従業員の男性A(48)から現金を脅し取ったとして、恐喝の疑いで警視庁駒込署に逮捕された。
当時、駒込署の説明はこうだった。
「Aは、事務所を退職後の14年6月、AKB48のメンバーだった篠田麻里子を携帯電話会社のCMに起用してもらうための仲介を吉本に提案したものの、契約は成立しなかった。このことから吉本はAに対して『交渉の手数料を弁償しろ』と迫り、暴力団との関係をチラつかせながら現金56万円を脅し取った」。
「ぱれっと」は、かつては国仲涼子や満島ひかり、国分佐智子や宮本真希、三浦涼介らが所属するなど俳優系の事務所として知られてきた。社長だった吉本さんは、70年代にジャニーズ事務所のアイドル・グループとして活動していた〝ジューク・ボックス〟の元メンバーとして知られていた。温厚な性格で人当たりも良い。もちろん業界内での人脈は広く信頼も厚かった。それだけに吉本さんの逮捕は業界内を駆け巡ったことは言うまでもない。
ところが、その逮捕は「まともな取調べもないまま」に、検察判断で留置不必要となり、12日間拘留されたものの嫌疑不十分で不起訴処分となった。だがその間、警察は吉本さんの逮捕を鬼の首でもとったように発表したため、テレビのニュースや新聞などでは連日報じられた。
「腰縄に手錠と言う屈辱感。さらには様々な媒体での報道によって業界内での評判はズタズタになった」。
そう振り返るが一体、どうしてこうなったのか?どういうことなのか?吉本さんに事情を聞いた。
「暴力団とつながっている」と狂言
「警察発表ではAが元従業員となっていますが、実際には従業員でも何でもなく、単に事務所に出入りしていていただけ。で、今回の事件の発端はAから私に、NTTコミュニケーションズのCMに篠田を起用したいと相談して来たことなのです。私はAと篠田の事務所との橋渡しをしてやったのですが、Aの失態から契約が途中で頓挫してしまった。契約上のこともあってAは篠田の事務所に対して違約金を支払うことになったんですが、半年過ぎても支払うことが出来なかったんです。するとAから今度は『金を貸してくれるところはないか』と相談してきたので、やむなく私の知人を紹介し頼んであげたのです。
しかし、借りた金ですから返済するのは当然です。ところが事もあろうにAは返済を棒引きするために、私から恐喝されていると警察に訴え出たのです。しかも暴力団と繋がりがあると言って。全て見え透いたAの狂言。私に言わせれば明らかな詐欺行為。
しかも、そこには駒込署の担当刑事も絡んで、Aにデッチ上げさせた疑いもあるんです。私には暴力団との繋がりなんか全くなく、実際には2万円の返済しかなかったのに、警察は捜査も何もせずに、私が気づいた時には56万円の恐喝事件に仕立て上げられてしまったのです」。
「単に私は橋渡しをしただけで、CM契約には全く絡んでないし無関係。敢えて言うなら金銭面で困っていたので知人を紹介しただけでした。にもかかわらず、Aは私と金を用立てた知人に脅されてるように見せかけた。理解し難いのは、そう言った事情を説明に駒込署に行ったらいきなり逮捕ですからね。事前の取調べも一切なし。要するに通常逮捕ではない。私に対しては人が良すぎるという声もありましたが、恩を仇で返すというのはこのことですよ」。
吉本さんの警察に対する不信感は他にもある。
逮捕の映像をテレビ局にリークした警察
「逮捕され移動する際、誰かが映像用のカメラを回していたので、気にはなっていたんですが、まさか、その映像がテレビ各局に回っていていたことを知った時は正直言って驚きました」。吉本さんは不起訴処分で釈放された後、各メディアを回り事実を説明し名誉の回復に努めたものの、どこも冷ややかだった。「嫌疑不十分で不起訴となったわけだから」「結果的に事件になってないわけだから」と言われたそうだ。「釈然としないですよ。そもそも今回の事件と言うのは嫌疑不十分じゃない。嫌疑なしです。明らかに不当逮捕なのですから」と吉本さんは憤りを隠せないが、こういった事件は実態を掴むのは難しいのも事実だ。
私も、実際にいくつかの週刊誌などに持ち込んだ。が、記事化することは出来なかった。唯一、夕刊フジが芸能欄で扱ってくれたが、世間的には「吉本さんの単なる言い訳だろう」と言われかねない。
いずれにしても理由はどうであれ逮捕されたら、その後、いくら不起訴になっても社会的に被るダメージは大きい。名誉を回復するのは並大抵のことではない、至難の技だろう。事実、吉本さんは「自分のためにタレントには迷惑をかけられない」と判断し、所属タレントを他の事務所に移籍させ、事務所の「ぱれっと」は業務を停止した。
「Aは事件をウヤムヤにしたかったのかもしれないが許されるものではない」と言う吉本さんに、私は「結局は裁判で決着をつけるしかない」と提言した。業界内でも孤立無援となっていた吉本さんはAを相手に裁判することを決意、名誉毀損と債務返済を求め東京地裁に提訴した。
裁判で明らかになった事実
公判は十数回にも及んだ。吉本さんは借用書やメールを含め、知りうる証拠、さらには第三者による証言などを積み重ねた。その結果、Aは虚偽の事実を認め裁判所を通じて謝罪し和解を求めてきた。裁判所は「暴力団関係者との繋がりはなく、両者の間に恐喝事件はなかった」とし、Aに対しては解決金の支払義務も認めた。
吉本さんは「社会的信用を失い、仕事を失い、タレントを失ったこの2年の歳月を考えると、和解という結末には釈然としませんが、1日も早く名誉を回復するためにと裁判所の勧めに応じた」とした上で、今後については「任意の取り調べもない中で不当に逮捕し、さらにテレビや新聞などに情報をタレ流し続けた警察の手法も正していかなければならない」と話していた。
裁判では一つの決着がついたとは言うものの、一度失われた名誉の回復には、まだまだ時間がかかりそうだ。