※この記事は2017年09月20日にBLOGOSで公開されたものです

北朝鮮から発射されたミサイルが日本の上空を通過し、2回目のJアラートが鳴り響いた9月15日の午後、東京・有楽町の外国特派員協会で「北朝鮮との共存は可能か」と題された講演会が開かれた。

スピーカーは、政治学者の姜尚中・東京大学名誉教授。挑発的なミサイル発射と核実験を繰り返す北朝鮮に対して、国際社会は圧力を強めているが、姜氏は戦争による惨劇を回避するためには「北朝鮮との経済的な繋がりを深めることが重要だ」と語った。どのような論理で、姜氏は「戦争よりも対話を」と唱えているのか。海外メディアの記者に向けた姜氏のスピーチを紹介する。

「北の核とミサイル」は20年で飛躍的に向上

(今回発射された北朝鮮のミサイルについて)いろいろな説があるので、どれが確定的かわかりませんが、大きな問題は核弾頭のミニチュア化と大気圏の再突入です。このテクノロジーを確実なものにするのが、北朝鮮の今の二つの課題だと思います。

私自身はエキスパートではないので、断言はできませんけれども、たぶん1年以内に実験が完了して、実戦配備になる可能性があると思います。

実は、2020年の東京オリンピックのときは、朝鮮戦争の70周年になるんですね。私は、北朝鮮がそれに向けて、アメリカと対等の交渉ができるような能力をつけたいということだと思います。

今日のお話ですが、まず、危機の現状をどう見るか。これは、1994年の最初の核危機のときよりも、もっと危機的な状況だと思います。なぜかというと、北朝鮮の核とミサイルの能力は、約20年前に比べると飛躍的に向上しているからです。

みなさんもご存知の通り、当時のペリー米国防長官やペンタゴン(米国防総省)は、寧辺(ヨンビョン)の核施設をステルス(戦闘機)で爆撃した場合、どういうリアクションが北朝鮮から出てくるかについて、いくつかのシュミレーションをしたと思います。当時、最悪の場合は100万人近く死ぬのではないかというシナリオでした。つまり、北朝鮮がどう出るか、よく読めなかったということです。

アメリカは20年たった今も、北朝鮮という国の軍事力について、正確な情報をまだはっきりと持っていないんじゃないでしょうか。

北朝鮮は「中国の影響力」を相対化したい

もう一つ、冷戦が崩壊して、北朝鮮の後ろ盾になるロシアが、今では経済力で韓国よりも劣っている。

今では昔話ですが、金日成(キム・イルソン)の基本的な戦略は、中ソ対立をうまく泳ぐということだったと思います。

あまりご存知でない人もいるかもしれませんが、金日成の息子である金正日(キム・ジョンイル)はロシア語を使っていました。

1937年の旧ソビエト時代、スターリンによって、(極東ロシアの)沿海州からかなりの数の人々(高麗人)が、中央アジアに連れてこられたという歴史的背景があります。彼らが建国まもない北朝鮮のある種のアドバイザーになりました。

つまり北朝鮮は、メンタルな部分では、中国よりもロシアに対してシンパシーを持っているということです。

当時、高麗人が約300人のアドバイザリー・コミッティーを形成していました。したがって、ロシアは非常にシンパシーを持っているんですけども、いかんせん中国ほどの力がない。

そんな中で北朝鮮が考えていることは、中国の影響力を相対化したいということだと思います。

張成沢(チャン・ソンテク)という、金正恩(キム・ジョンウン)の義理の叔父にあたる人が処刑されたことは、ご存知の通りです。

現在の韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領のアドバイザーの一人である、文正仁(ムン・ジョンイン)という人は延世(えんせい)大学の名誉教授で、「張成沢と三日三晩、一生懸命話し合った」と私に話してくれました。

それによると、張成沢は「中国型の改革開放を進めていかないといけない。北朝鮮の最大のネックは経済である」と盛んに力説していたと、文さんは私に話してくれました。

彼らは「旧ソビエトのオルタネート(代替)は、実はアメリカである。米中の対立が北朝鮮にとっての生存条件になる」と考えているのではないかと思います。

「イラク戦争」が北朝鮮のトラウマになった

2005年に、6カ国協議の共同声明が出ました。でも、10年以上にわたって、6カ国協議はクローズされた。

北朝鮮が「核」を交渉の”Leverage”(影響力)として使うのか、それとも”Deterrence”(抑止力)として使うのか。私は、最初から”Deterrence”(抑止力)として核を追求してきたわけではないのではないかと思います。少なくとも、金正日のときは、核はアメリカと交渉する”Leverage”(影響力)の位置付けであったのではないかと、私自身は思っています。

しかし2003年、イラク戦争が起きました。そして、イランとイラクと北朝鮮は、アクシス・オブ・イーブル(悪の枢軸)になってしまいました。イラク戦争で、サダム・フセインはあのような悲惨な状況になってしまいました。

これはかなり、北朝鮮にとってのトラウマになったのではないか。今日の朝、北朝鮮はミサイルを発射した後、「我々はリビアでもなければイラクでもない」と明言しています。

北朝鮮が核にこだわるのは、”Deterrence”(抑止力)として、徹底的に重要な柱であると、彼らが考えているということだと思います。

韓国の文大統領は「太陽政策」を志向している

こういう状況の中で、我々は「戦争か、交渉か」という非常にシリアスな状況に、どんどん追い込まれていると考えたほうがいいと思います。

ご存知の通り、韓国には約2万6000~8000人の米軍がおりますし、その家族や、いろんな意味で韓国に滞在しているアメリカ人は、約20万人近くいると思います。

もしもトランプ政権が、局部攻撃を加えるか先制攻撃をやるかは別にして、何らかの形で戦争を起こす場合、韓国の協力なしには戦争それ自体が無理なのではないかと思います。

現在の文在寅大統領のメンターの一人は、金大中(キム・デジュン)元大統領だと思います。基本的に彼は、太陽政策を継承したいと考えていると思います。

私が金大中氏と何回か話したとき、彼は「太陽政策は単なる宥和政策ではない。一番大切なことは、北朝鮮につけ入れられない防衛力を高めていくことだ。そのうえで、交渉をするんだ」と、何度も力説していました。

今、文在寅政権は、韓国の防衛力の強化のため、かなり強い防衛力にしようということで、いろいろなことをやっていますけど、一方で、いつかトレンドが変わったときに対話を考えていると思います。

本来であれば、10月4日2回目の南北サミットの10周年になります。ただ今の状況では、文在寅政権が対話に舵を切ることはかなり難しいと思います。

どういう事態になるのかを考えるとき、なぜ解決ができないまま今日に至ったのか、少し過去を振り返らないと、これから起こることもなかなか予測できないのではないかと思います。

さきほど申しましたけれども、2003年のイラク戦争によって、北朝鮮は「核」を単なる”Leverage”(影響力)ではなく、”Deterrence”(抑止力)にしなければいけないと、ぐーっと舵を切っていったのではないかと思います。

トランプ政権はオバマ政権を批判して、”Strategic Patience”(戦略的忍耐)は挫折したと言っていますけど、私は20年間にわたって、アメリカの戦略は北朝鮮に対しては失敗していたのではないかと思います。

つまり、ブッシュの共和党政権の2期にわたる時代と、オバマの民主党政権の2期にわたる時代のほぼ20年近く、北朝鮮は事実上、時間稼ぎができたということです。

それはアメリカ合衆国のパワーエリートの中に「北朝鮮はそのまま崩壊していくのではないか」という、ある種の甘い期待があったのではないかと思います。

第二次朝鮮戦争が起これば想像を絶する惨禍に

なぜ、北朝鮮は崩壊しなかったのか。その黒幕として最も批判されているのは、中国です。しかし、中国と北朝鮮の関係は、我々が思っているほど単純ではないと思います。

金大中政権のときの2000年の南北サミットの宣言を見ると、在韓米軍の暫定的なプレゼンスをお互いが了承することが述べられています。

私から見ると、中国と北朝鮮の関係は、いわば背を向けあって一緒に歩いている。そういう関係だと思います。非常にアンビバレントな関係だと、我々は中国と北朝鮮の関係をつかんでおかないといけない。

最終的に中国は、北朝鮮の消滅を拒絶すると思います。

現在の国連安保理決議の問題ですが、このような決議を下して制裁をより厳密にしたところで、結局、北朝鮮は彼らが考える目標に向かって、核とミサイルの実験をやめないと思います。

北朝鮮を取り巻く米中露、日本さらに韓国のさまざまな利害が錯綜している以上、その利害が完全に一致しない限り、北朝鮮にとって、かなり有利な外的条件がこれからもなくなることはないのではないかと思います。

「ではどうしたらいいのか」という堂々巡りが、何度も何度も繰り返されているわけです。

私は、もし第二次朝鮮戦争が起きれば、その惨禍は我々の常識や想像力を超えた、おそらく第二次世界大戦に匹敵するぐらいの大きな被害が北東アジア地域に現れると思います。

ご存知の通り、イラク戦争では、戦争終結後の暫定政権や戦後のイラク復興、イラクという国をどうしたらいいかというマスタープラン(基本計画)がないまま、アメリカは戦争に突入してしまったわけです。

もしアメリカがレジームチェンジ(体制転換)を目指して戦争をした場合、もちろん現在の金正恩体制は崩壊すると思いますけれども、そのあと具体的にどのような統治システムやどのような国づくりをしていくのか、そのマスタープランは見えていません。

実際に核を使う可能性もありますし、使わなくとも、10発とも60発とも言われている核が流出したり分散したりする。それをコントロールできるかというと、私は難しいのではないかと思います。

現状を「凍結」してリスク管理していくべき

結果として、アメリカ国内の一部とはいえ、有力者の間に出てきている案、つまり、現在の状況を凍結してリスク管理をしていく方向での交渉が、最善ではないにしても、この方法しかないのではないかと思います。

問題はそうなった場合、日本や韓国の中で戦術核の導入や、場合によっては、ニュークリア・シェアリング(核兵器の共有)、核保有というインセンティブが現実のものになるかもしれない、ということです。

ご存知の通り、日本には非核三原則があります。韓国には1992年の朝鮮半島非核化宣言があります。その意味において、アメリカにとっても非常にジレンマだと思います。

しかし私自身は、戦争を避ける方向で今の状態を凍結して、そこからリスク管理、具体的にはNPT(核不拡散条約)体制への復帰、IAEA(国際原子力機関)の査察を受けるようにしていく。ただ、徹底した査察は無理なのではないかと思います。

このNPT体制への復帰と部分的なIAEAの査察が可能になるためには、アメリカと北朝鮮との間に”Non-aggression pact”(不可侵条約)が必要なのではないかと思います。

そして次の段階には、アメリカ、中国、韓国、北朝鮮の間の4者協議が必要になってくると思います。さらにその次の段階には、”Cease‐fire agreement”(休戦協定)を”Peace agreement”(平和協定)に変えていかないといけない。そして、その次の段階として、米朝正常化と日朝正常化が課題になると思います。

かつて韓国は、ロシアと中国と国交を正常化したとき、朝鮮半島のアンバランスを危惧しました。キッシンジャー元国務長官はかつて、クロス承認(アメリカと日本が北朝鮮を、ソ連(現ロシア)と中国が韓国を相互に承認する構想)ということを述べていたと思います。いま考えると、韓国は4大国と国交正常化しているんですけれども、北朝鮮は結局、中国とロシアとの正常化しか成し遂げられていない。ですから、米朝正常化と日朝正常化ができれば、ようやくクロス承認が達成されるということだと思います。

私自身は、北朝鮮が核を脅しに使って南北を統一するとは考えていません。彼らが望んでいることは、アメリカを引き入れ、アメリカと平和的な関係を結び、そして中国をけん制しながら、日本との日朝平壌宣言によって何らかの経済援助、おそらく現行でいえば1兆円くらいの有償・無償の経済援助が引き出せると、彼らは考えていると思います。

北朝鮮の「正常化」が体制転換につながる

みなさんの中には、日本と韓国は「ダモクレスの剣」ではないですが、永続的に北朝鮮の核の脅威の中で生きなければいけないのかと、反論する人もいるかもしれません。

でも、脅威というのは結局、能力×インテンション(意図)です。北朝鮮のインテンションがない状態に持っていくためには、何らかの経済的協力を深め、北朝鮮経済を韓国との関係の中にジョイントしていくような、ステップ・バイ・ステップの段階的なアプローチが必要だと、私は思います。

それが何年かかるか分かりませんが、私は、段階的な核放棄への移行は不可能ではないと思っています。

結局、北朝鮮が孤立している限り、北朝鮮のいわば独裁的なレジームはかなりしぶとく続いていくと思います。むしろ正常化することを通じて、北朝鮮の中が変わっていく可能性が十分にあると思います。

これは、みなさんが思考実験をやれば分かると思います。キューバであれ北朝鮮であれ、もし正常化してさまざまな形での交流がもっと深まっていれば、キューバも北朝鮮も大きく変わっていたはずです。

これは韓国の場合も言えると思います。もし1965年に日韓基本条約によって国交が正常化されなかったとして、ずっと軍事政権が現在のミャンマーのように続いていたと仮定すると、韓国という国は今のような経済的繁栄を謳歌することはできなかったはずです。

正常化した後の北朝鮮がどうなるのか。これは想像の域を出ませんけれども、たとえばルーマニア型になるのか、あるいは、限りなく東ドイツ型に近づくのか。いくつかのシナリオは考えることができると思います。

もはや「戦争」という手段は手遅れになった

私は10年前にある新書を書いて、6カ国協議による問題解決と正常化を強くプッシュしました。でも10年前は、ほとんど受け入れられませんでした。

結局、戦争を避けるためには、そういう方向にもう一度戻らざるをえず、そのほうが北朝鮮の崩壊も早いのではないかと思っています。

こうした考え方は、今の圧力強化の雰囲気の中では、かなり悠長な議論として一蹴されるかもしれませんが、結局、2005年から12年間、いったい日本とアメリカは、あるいは中国を含めた関係諸国は何をやってきたのか、ということです。時間は間違いなく、北朝鮮に有利に働いたわけですね。そして、もはや戦争という手段は手遅れの状態になったのではないかと、私は思います。

非常にトリッキーなことを言うようですけれども、暫定的な北朝鮮との共存がむしろ北朝鮮の崩壊を早めると、私自身は考えています。