「スラム街の人々の温かさを共有したい」 映画『ブランカとギター弾き』の長谷井宏紀監督に聞く - 亀松太郎
※この記事は2017年07月27日にBLOGOSで公開されたものです
「お母さんはいくらで買えるの?」そんな疑問を抱きながら、都会の路上で一人暮らす少女ブランカ。生きるためにスリを繰り返していた彼女が、盲目のギター弾きの老人・ピーターと出会い、少しずつ変わっていく――。ヴェネツィア国際映画祭を始め、各国の映画祭で高い評価を得た長谷井宏紀監督の映画『ブランカとギター弾き』が7月29日から、日本で公開される。
映画の舞台はフィリピン・マニラのスラム街。長谷井監督がこの映画制作を決めたのは、20代からマニラのスラム街「スモーキー・マウンテン」に通っていたからだった。現地のストリートの人々との出会いは、どのように映画作りにつながっているのか? 「子どもが大人を買う」という発想に込められた狙いとは? 長谷井監督にインタビューした。
スラムで生きる子どもたちは美しい
――20代のころからスモーキー・マウンテンを訪れていたということですが、現地ではどんなことをしていたんですか?
長谷井:最初はふらっと一人で行って、何をするわけでもなく、ゴミの山に座っていました。座りながら現地の子どもたちと飯を食べたりしていました。日焼けで自分の腕の皮がむけてビリビリになるんですが、それをハエが食べている。そんな場所でした(笑)
クリスマスの時期には、現地の子どもたちに文房具などをプレゼントすることもありました。NGOなどの団体に所属せずに、自分のできる範囲でそうした活動をしていましたね。今回の映画の出演者の中には、そのときに出会った子どももいます。
――初めてスラム街に行ったときの感想は?
長谷井:いい意味でショックでした。そこで生きている人々のエネルギーであふれていました。ゴミの山には、あらゆるものが捨てられています。人間が社会を回すために生産した日用品の山。人の死体だってある。人間がいらないと思ったものが全て捨ててあるわけです。そういう場所で「そんなの関係ないや」と楽しく生きている人たちを見て、美しいと感じました。いい意味でのパワフルな衝撃でした。
特に子どもたちに惹かれました。6歳や7歳くらいでは、貧富の差なんてそんなに関係ないんですね。僕たちもみんな、子どものときは、そういう世界の見方をしていなかった。それが10歳ごろになると、貧富の差の意味が分かってくる。誰が金持ちで誰は貧乏だと、差別化するようになるんですね。
――大人になるにつれて世界の見方が変わっていく、と。
長谷井:差別は、人間が本能的に持っているアイデアで、今後もなくならないかもしれない。人はすぐに「金持ちと貧乏」「経済大国と第三世界」といった言葉で、簡単にカテゴリー化しようとする。でも、なぜそういうふうに区分けする必要があるのかと思います。フィリピンも日本も「同じ地球じゃん」と言いたいですね。
フィリピンでも僕が行っていた場所は差別されていました。そこに行くためにタクシーに乗ろうとすると、危険だということで、少なくとも3台に断られるような場所でした。でも、実際のスラムでは、温かい人たちと出会うんです。ご飯を食べさせてもらったり、寝床を与えてもらったり。映画を通してそういう温かい心を共有したかったですね。
子どもの視点で世界を眺める
――映画の中心人物であるギター弾きのピーターは、盲目の老人です。正直なところ、路上生活でよく生きていけるな、と思ったんですが・・・
長谷井:ストリートには愛がありますからね。今回の公開に向けた取材で、「どうして弱者を使ったんですか」と何度か聞かれました。でも、僕は「弱者じゃない」と思うんです。お互いに助け合って生きている。彼ら彼女らは「物」を持ってないから「人」を大事にする。逆に、僕らの社会は「人」よりも「物」を大事にしますよね。それでは本末転倒だと思います。
主人公の少女ブランカは、もともと平気で盗みをするような子でしたが、ピーターと出会うことで多くのことを学んでいく。自分で歌ってお金を稼ぐことを知り、彼に優しくされることで人に愛されることも知る。そういう11歳の少女のたくましさや愛の表現を、観客のみなさんには感じてもらいたいですね。
――映画の中で、孤児のブランカは「母親をお金で買えないか」と思って、募集のポスターを貼ったりします。「子どもが大人を買う」という斬新な発想は、どこから生まれたのでしょう?
長谷井:社会を回している人間って、40代や50代の一部の世代に偏ってるんじゃないかと思うんです。子どもや老人の視点は、どこまで社会に生かされているんだろう、と。「子どもが大人をお金で買う」というのは、子どもの視点から世界を見るという発想でした。
ヴェネツィア・ビエンナーレのプレジデントが「芸術は武器だ(Art is a Weapon)」と言っていました。僕は「武器」という響きはそんなに好きではないけれど、人が作ってきた固定観念を破壊するという意味で、彼の言葉は理解できます。映画を通して、人の心の凝り固まった部分を壊して、風通しをよくしたいと考えています。
――映画を観ることで何かが変わる、ということですね。
長谷井:そうだと嬉しいですね。そんなに大きいことを言われなくても、「少し気分が楽になった」「気持ちが温かくなった」と言ってくれるだけで嬉しいです。テルアビブ国際チルドレン映画祭など、子どもが審査員の映画祭でも賞をもらいました。いろいろな国籍や世代のお客さんが数時間でも温かい気持ちになってくれるだけで、この映画が存在する価値があると思っています。
【長谷井宏紀(はせい・こうき) プロフィール】
1975年、岡山県出身。映像作家・写真家。映画スチール写真、ブランドイメージビデオ、ミュージックビデオなどを手がける。UA『踊る鳥と金の雨』のMVやセルゲイ・ボドロフ監督『モンゴル』で映画スチール写真などを担当。2009年、フィリピンのストリートチルドレンとの出会いから生まれた短編映画『GODOG』は、エミール・クストリッツァ監督が主催するセルビアKustendorf International Film and Music Festival にてグランプリを受賞。
その後活動の拠点を旧ユーゴスラビア、セルビアに移し、ヨーロッパとフィリピンを中心に活動。フランス映画『Alice su pays s‘e’merveille』ではエミール・クストリッツア監督と共演。2012年、短編映画『LUHA SA DESYERTO(砂漠の涙)』(伊・独合作)をオールフィリピンロケで完成させた。2015年、『ブランカとギター弾き』で長編監督デビューを果たす。現在は東京を拠点に活動中。