どうして「たまごかけおにぎらず」などという危険なレシピが産まれたのか - 赤木智弘
※この記事は2017年02月12日にBLOGOSで公開されたものです
料理のレシピ動画を扱うウェブサイトで、生卵の醤油漬けをご飯で包んだ料理が紹介されていた。これに食中毒の問題があるのではないかという指摘が相次ぎ、掲載サイトが謝罪文を出すという事があった。(*1)問題のレシピは、生の卵を殻付きのまま凍らせ、その黄身を醤油漬けにして、温かいご飯で包んでしばらく置くというものであった。
また写真や動画の投稿サイトであるInstagramには運営側が冬場ならお弁当に持っていっても大丈夫であるかの投稿をしたということもあり、食品衛生に対する理解がないのではないかという印象が強い。
さて、どうしてこのような危険なレシピが発表されてしまったのだろうか?
このレシピの問題は、生のままの卵を長時間常温に放置してしまうという点にある。もしも卵にサルモネラ菌が含まれていた場合、爆発的に増殖、食中毒を起こす可能性がある。
卵の殻がサルモネラ菌に汚染されている可能性があることはよく知られているが、卵の内部がサルモネラ菌に汚染されている可能性があるということは、あまり知られていないかもしれない。
卵の内部がサルモネラ菌に汚染されている「インエッグ」は、1万個に3個ほど発生するという。(*2)
極めて低い確率ではあるが、卵は日常的な食品であるために、低い確率であっても私達が汚染された卵を口にしてしまう可能性は十分にある。
しかし、インエッグでも、鶏卵内部に入り込んでいる菌は極めてわずかであり、冷蔵庫に入れるなどして適切に保存されていれば食中毒につながらないことが大半だ。また、サルモネラ菌は加熱に弱い(*3)ために、加熱調理された卵料理であれば、たとえインエッグに遭遇したとしても、全く問題なく食べることができる。さらに、もし運悪くインエッグを生食したとしても、特に食中毒を発生しないことも多い。
人体というのは、私達が思っている以上に強い。
多少の菌があろうとも、全くその異常が体に出てこないことも少なくない。仮に影響があっても、一時的にお腹が痛い程度で終わってしまうことが大半だ。しかし、その一方で運悪く重篤な症状に至ることもある。特に幼児や高齢者などでは死に至る可能性もある。
食中毒による害というものは、決してこれくらいのサルモネラ菌を摂取したからこのくらいの症状が出るという定量的なものではなく、多分に偶然性を含むものだ。
だからこそ、飲食業を営んだり、料理の経験があればあるほど、大丈夫であるという経験が積み上がる。そして原理原則から離れて「危険と言われているが、実際に問題がないから大丈夫である」という考え方に陥ってしまいがちである。
そこに論理性と現実の遊離が発生し、論理的には危険でも、経験としては大丈夫という危うい領域が産まれてしまうのである。
また、レシピサイトの性質という問題もある。
ネット上でレシピを検索すれば、山ほどあるサイトに山ほどあるレシピがわっと出てくる。そうした中で運営するサイトに目を向けてもらうのは非常に大変だ。
そうしたときに、ちょっと風変わりな、あまり見たことのないレシピを提供することができれば、ユーザーの目を引くことができる。もしかすると、そんな考え方で、今回の生卵を利用した「おにぎらず」というレシピが産まれたのかもしれない。
だがその時にスッと「生卵を使ったレシピが存在しない理由」が忘れ去られてしまうのだろう。
目新しさを追求しようとすればするほど、これまで培われてきた料理の知恵から外れていき、失敗の領域に近づいてしまう。
もう一つ、今回のレシピが産まれた要因があるとすれば、数年前からコンビニなどで「たまごかけごはん風のおにぎり」が売られていたことが挙げられるかもしれない。
もちろん、販売されているものは、しっかりと加熱をして安全性を確保した上で、出汁などと混ぜて生卵風の食感を出している。もちろん、コンビニのおにぎり類が製造から輸送、販売までの過程で、しっかりと温度が調整された環境にあり続けることは言うまでもない。
しかし、そうした安全上の工夫は買うだけの消費者には見えないから、単純に生卵をおにぎりの具として認識してしまった結果、こうしたレシピにも不信感を持たなくなってしまうのではないか。
もちろんそのようなことにコンビニが責任を負う必要はないが、そうした人が出てきてしまう可能性というのは、どこかでで見積もっておく必要はあるだろう。
WELQ騒動にみるように、ネット上の記事には本当かウソか分からなかったり、十分な見地をもって語られているわけではない記事も多い。
ただ、問題は決してそれだけではなく、今回のような料理、または住まいや健康に関する話題というのは、経験則をベースにした過ちもあり得る。
誰かが安全だと言っているものが、その当人にとって安全であっても、確率論的に安全であるとは限らないのである。
だから、今回の問題の教訓としては「ネットの記事を信頼するな」ではなく、経験を基本的には信頼しながらも、決して盲信せずに、科学的な裏付けを常に求め続けることこそが重要だと言える。
*1:「たまごかけおにぎらず」動画、削除騒動 都食品衛生協会「完成後すぐ食べても...」 : J-CASTニュース
*2:サルモネラ感染防止のマニュアル(日本養鶏協会)
*3:主な食中毒菌等の特徴(JAPAN SPORT)