アンケートや面談はもう古い!ビッグ・データが“理想の職場”を提案する~「職場の人間科学」著者ベン・ウェイバー氏インタビュー~ - BLOGOS編集部
※この記事は2014年06月18日にBLOGOSで公開されたものです
「従業員の生産性や満足度の高い職場とはどのようなものだろうか?」。経営者のみならず、オフィスで働く人ならば、誰しもが一度も考えたことのあるテーマだろう。この疑問に対する答えをMITメディアラボで生み出された技術が、提示してくれる可能性があるという。職場で得られた様々な種類のデータを解析し、業務改善につなげるこの技術は「ピープル・アナリティクス」と呼ばれている。新たな技術を用いて取得したビッグ・データを基に、従来とはまったく異なる職場改善の方法を提案した「職場の人間科学: ビッグデータで考える「理想の働き方」」の著者であるベン・ウェイバー氏に話を聞いた。「コミュニケーションは重要」という事実を客観的に裏付けるデータがなかった
―まず、「ピープル・アナリティクス」というのは、どのような技術なのでしょうか?
ベン・ウェイバー氏(以下、ウェイバー):いままで職場で働く人の行動を分析する場合、アンケートや面接といった手法を使うのが一般的でした。しかし、そこで得られたデータは、客観的でもなければ継続的なものでもありません。1年間に1回だけのアンケートを行い、その回答を分析して、「わが社の組織改革に生かそう!!」というような話がよくされていますが、あまり効果的じゃないですよね(笑)。
現在Amazonに行くと、過去1年分の自分の購買データを見ることができますが、現代の会社の中では、おそらく同じように職場内のデータを参照することはできません。しかし、もしセンサによって職場での行動を把握することができ、そこで得られたデジタルデータによって、「何が効果的か」を知ることが出来たらどうでしょうか。機会学習の手法によって、データの相関を発見でき、それを基に自動的に新しい働き方を提案できるとしたら、それは現在のAmazonと同じぐらい便利だと思います。
ピープル・アナリティクスは、効率的で満足度の高いクリエイティブな人材、リーダーを生み出す職場のあり方をデータによって明らかにしようとする技術です。今まではメールの記録やウェブの閲覧履歴といったデータが解析に使われてきましたが、ウェアラブル(装着型)のセンサ技術の向上によって、ピープル・アナリティクスは、次の段階に進みつつあります。具体的には、職場で働く人同士の交流パターンや話し方、職場での動き方なども解析に使えるようになったのです。これにより、行動パターンにほんの少し変化を加えるだけで、効率的なオフィスが実現できることが客観的に証明できるようになりました。
―職場において「コミュニケーションが重要」というのは、誰しもがなんとなく理解していますが、確かにその事実を客観的に裏付けるデータはあまり見たことがありません。
ウェイバー:様々な見方があると思いますが、私は仮説よりもデータを重視します。データによって相関が証明できれば、それは本物でしょう。
例えば、私は今スキンヘッドです。その理由は、ちょっと髪が薄くなってきているということもありますが、以下のようなデータがあるからなのです。1年ぐらい前にペンシルベニア大学から発表された研究によると、ある男性の写真を多くの人に見せて意見を聞くと、髪があるバージョンよりもフォトショップで髪をはずしたバージョンの方が、強さや成長性を高く評価するというデータが出たのです。一方で、髪があるバージョンより魅力が下がってしまうのですが、私はもう結婚しているのでそれほど問題ではありません。そういう風にいつもデータを使っているんですよ(笑)。
―日本のビジネス雑誌でもよく「飲み会を通じたコミュニケーションが大事だ、いや大事じゃない」といった論争があります
ウェイバー:どちらの意見も客観的じゃないですよね。だから、いつになっても、どの提案が正しいかはわからない。アメリカでも同じようなことがありますよ、「この3つのステップでクリエイティビティを増加する」といった話です。いつも同じ話が繰り返されているのだとしたら、それは正しくないということですよね。しかし、データがあれば、3つのステップではなくて、「この相関があるから、これをやればおそらく成功する」ということが言えるようになります。
人間に進化をもたらしたのは“ソーシャルと技術の力”
―ピープル・アナリティクスでは、会話の中身はわかりません。測定されているのは、話し方の速度や声量の変化、声の高さや強弱といった会話の特徴、会話した時間や人数などです。人間は感情のある生き物ですし、会話の内容が考慮されていないデータを基にした施策がどれほど効果的なのか、という点について懐疑的な読者も多いと思うのですが。
ウェイバー:確かに、そう考える人もいるでしょう。ただ私は、人は感情を持った生き物であると同時にソーシャルな生き物、つまり人と人のつながりの中で生きている存在だと思うんです。人間は、猿から進化したわけですが、その進化をもたらしたのは感情ではなくて、ソーシャルと技術の力ではないでしょうか。そして、その進化を効率的に進めるためには、コミュニケーションが必要なんです。
従来、人間はコミュニケーションが好きなんです。私たちが、「会社」という組織で働く理由は、一人でやるよりチームで相乗効果を発揮した方が効果的に何かを達成できるからではないでしょうか。もし、自分一人だけで部屋にこもって、大きな業績を達成できるのだとしたら会社は必要ありません。
もし他の人と協力が必要ならば、コミュニケーションが欠かせません。また社内では、業務に関係のあるコミュニケーションも重要ですが、それ以外の個人的なソーシャルサポートも必要だと思います。もし自分の家族が病気で苦しんでいるとしたら、それを職場で他の人に話すべきだと思います。話さなければ、周囲は自分が業務をサボっているとみなすかもしれませんが、話をすれば周囲が自分を支えてくれるからです。そういう意味では、会話の中身がどれだけ業務と関連しているかは、それほど問題でありません。業務関連の会話とソーシャルサポート関連の会話の両方がデータとして有効です。もちろん会話の中身も面白いと思いますが、そのパターンが最も重要なんです。
例えば、今日はインタビューですから、私たち2人が中心になって話をしています。しかし、もし私たちが新しいアイデアを生み出したいと考えているのならば、この2人だけでやりとりするパターンだけでは効果的ではない。それは中身を見なくてもわかることです。
―雑談も含めたコミュニケーションが多い方が、生産性が上がるといった例が著書の中で紹介されています。コミュニケーションの重要性というのは、いわゆる「家族的経営」「日本的経営」 といった文脈で捉えられることが多いと思うのですが、アメリカでも同じような問題意識があるのでしょうか?
ウェイバー:アメリカは非常に広いですし、様々な企業があるので一概には言えません。なので、あくまで一般論ですが、いままでも近代的な会社の中では、コミュニケーションや周囲との関係性が重要だという考えはありました。問題は、それを裏付けるデータがなかったことです。ですから、仮に「従業員同士のコミュニケーションが円滑な方が、業務の効率も上がる」と感じていても、マネージャーにその効果を証明することができなかったのです。
私は、ピープル・アナリティクスを会社組織の改革に生かすという研究を始めて、データを基に経営ソフトウェア会社も設立しました。会社内における人間関係は、 “何らかの形”で業務へ影響を及ぼしていたと思われますが、それが“何か”を客観的に示すことができませんでした。ですから、特に大企業などでは、まだまだ組織の論理、上下関係が重視されている。私は、そういう意識を変えたいと思っているんです。
コーヒーメーカーの配置やランチテーブルの長さが重要な要素
―実際に、ピープル・アナリティクスを利用して業務改善をしている例には、どのようなものがあるのでしょうか?ウェイバー:本の中では、コールセンターの事例を紹介しています。コールセンターにおいて、業務の生産性を高めるためには、従来「いかに私語をなくすか」や「いかに休憩を調整して、人員配置に穴がないようにするか」といったアプローチがとられて来ました。しかし、データを解析した結果、チームのメンバー全員が一斉に15分間休憩する時間を設けた方が、相互のコミュニケーションが高まり、業務に好影響をもたらす可能性が高いということがわかったのです。
興味深いことに、こうしたアプローチは、コールセンターだけではなくどんな企業にも役に立つのです。何故なら先ほど言ったように、仕事を達成するためには、コミュニケーション、コラボレーションが必要だからです。コラボレーションを効果的にするために、コミュニケーションパターンが重要になります。
コールセンターは、電話対応に掛かった時間や従業員の離職率など、生産性の数字がとても客観的です。それに対して、例えば製薬会社の研究所の生産性は測定しづらいでしょう。しかし、そうであったとしても3年間程度の長期のデータがあれば、例えばコミュニケーションパターンや量が新しい薬を発見する確率にどのように影響するのかを測定することが出来ます。
本の中では、客観的なデータが示すことが出来る事例を紹介しましたが、実は今、製薬会社と共同のプロジェクトを進めています。データによると、その製薬会社の中で、新しい発見するために必要なことは、自分のチームの研究者と話すことではないのです。
例えば、もし自分がアルツハイマーの薬を研究しているとしたら、他のアルツハイマーの研究者と話す必要はそれほどありません。しかし、風邪の薬を研究している研究者と話すと、その会話の中から新しいアイデアが生まれる可能性が高いのです。しかし、本当にそのコミュニケーションがどの程度影響しているのか、を測定するのはデータ上難しい。それでも、長期的なデータがあれば、分野の違う研究者同士の会話の数が研究にどのような影響を与えるのかが測定できるようになるでしょう。
―ちなみに、今の技術で、今後課題になってくる部分というのはありますか?
ウェイバー:特に日本において顕著だと思うのですが、職場だけではなくバーやレストランでのコミュニケーションも非常に重要ですよね。しかし、現在データの取得に利用しているバッジでは、そうしたインフォーマルなコミュニケーションの様子は取得できません。取得できるのは、職場でのコミュニケーションだけです。
ですから、もしこのデータと、例えば携帯電話からのデータ、位置情報などのデータが取得できれば、インフォーマルなコミュニケーションの効果も証明できるようになるでしょう。しかし、そうなるとプライバシーの問題が出てきます。もし、会社がいつも自分の携帯電話のデータを取得しているとしたら、「いったい何をやっているんだろう」と疑問を持つのが当たり前ですよね。
―この本は、どういう方に読んでほしいですか?
ウェイバー:いろんな人に読んでほしいのですが、いつも個人の業務に集中しているような人は、この本を読むことで、強いグループを作ることや、その関係性にも注意を払ってほしいと思います。
マネージャーのような立場にある人には、もう少し会社の“ソーシャル的な構造”に注目してほしいと思います。ピープル・アナリティクスを用いた解析によれば、いままで重要だと考えられていなかったことも、業務改善を行う上で重要な要素となります。例えば、社内でコーヒーメーカーを置く位置や、ランチテーブルのサイズといった要素です。おそらく多くの経営者が、自社のランチテーブルの大きさに注意を払ってなどいないでしょう。しかし、それが社内の組織構造よりも重要なんです。
ですから、そうした人と人とのつながりに基づいた職場の構造が、非常に重要だという視点を読者に提供したいと思っています。
―本日はありがとうございました。
プロフィール
ベン・ウェイバー(Ben Waber):ソーシャル・センサー技術を用いた経営コンサルティング・サービス会社「ソシオメトリック・ソリューションズ」の社会兼CEO。MITメディアラボで博士号を取得し、現在は客員研究員をつとめる。ハーバード・ビジネス・スクールの元上級研究員。日立製作所の中央研究所やリコーの中央研究所で働いた経験を持つ。研究はワイアード誌、ニューヨーク・タイムズ紙、ナショナル・パブリック・ラジオで取り上げられており、ハーバード・ビジネス・レビュー誌の「革新的なアイデア」や、テクノロジー・レビュー誌の「新興技術トップ10」に選出されているTwitter:@bwaber
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