“グーグル的”ではないネットメディアが求められている~「メディアの苦悩」編著者・長澤秀行氏インタビュー前編~ - BLOGOS編集部
※この記事は2014年06月04日にBLOGOSで公開されたものです
ニュースアプリの登場や、ハフィントンポスト、東洋経済オンラインの躍進により、“次世代のメディア”に対する期待感が高まりつつある。一方で、既存のマスメディアもデジタル化の波に対応すべく試行錯誤を重ねている。マスメディア、ネットメディアは現在、どのような状況にあるのだろうか。また、こうした状況の中から生まれてくる“次世代のメディア”とはどのようなものなのだろうか。電通で30年以上、広告ビジネスに携わり、先日「メディアの苦悩――28人の証言 」を光文社新書から上梓したばかりの長澤秀行氏に話を聞いた。マスメディアは段階的に凋落しつつある
―長澤さんは、長年電通に勤務され、広告代理店の立場からメディアに携わってきました。最近のメディア全体の動向について、どのように感じていますか?長澤秀行氏(以下、長澤):私は、30年以上電通でメディアの広告を扱う業務に携わってきました。いわゆるクライアント担当の営業ではなく、メディア側の広告営業をメインに新聞を15年、その後の18年はネット媒体を担当してきました。ネットについては、本当に初期の時代、それこそヤフーの立ち上がり以前から関わってきました。
新聞などのマスメディアの時代からネットメディア黎明期、ガラケーの時代、そして現在のようなスマートフォンの時代という流れに身を置いてきた私が感じたのは、マスメディアの段階的な凋落です。広告のパワーが落ちているという側面もあるのでしょうが、メディアそのもののパワーが落ちているなという実感があります。代理店の中では、部数や視聴率に表れない、“広告の反響”もある程度データ化されています。こうしたデータを見ても、コンテンツに対してのアクションが徐々に弱ってきていると感じています。
―そうしたマスメディアの凋落の要因にはネットメディアの台頭があると思いますが。
長澤:ネットが誕生した際に、新聞や雑誌もデジタル化への対応をしてはいるんです。asahi.comやYOMIURI ONLINEや毎日JamJamなど各紙はヤフーより前にニュースサイトを立ち上げています。ですが、紙の販売と紙の広告収入という既存秩序を破壊しようとするものは、あくまで副次的に扱うというスタンスでした。なので、当初のネットニュースは、情報を紙より先に出さない、出したとしても速報のタイトルだけといったようにユーザーにとって利便性の高いものにはなりませんでした。
このように、マスメディアがデジタルをサブ的に扱ってきた結果、現在のネットメディアの世界ではヤフーがポータルメディアとして圧倒的ナンバー1の地位を占めています。ヤフーは、自らは取材しないものの各通信社、新聞社等から配信されたニュースをセレクトしてリアルタイムに、タイトルをつけて提供していくというモデルを確立しました。
ヤフーというポータルサイトは、ニュースメディアではあるものの、ジャーナリズム的志向はなく、「ニュースもひとつの情報ソース」とみなして、天気予報や乗り換え路線や映画情報等、生活情報を非常に幅広く、汎用性が高いサービスとして提供しています。なので、とりあえずヤフーに行けば、「なにかわかる課題解決エンジン」ということで、情報パワー不足の新聞社やテレビ局のマスサイトにユーザーがいかなくなってしまった。
朝日新聞や日経新聞以外の大手新聞社等はヤフーに記事を提供することで、配信料やアドネットワークでの広告収入の一部をヤフー経由で受けとっています。このやり方が最適であると考えているとしたら、新聞社、テレビ局にとってデジタルはその程度のものでしかないということなのですが、背景には新聞社の構造問題があると思います。
例えば、本の中に登場しますが、新聞協会の会長でもある読売新聞の白石社長は、非常にネットの現状を悔しがっていたように思います。ただ、どうしても新聞の場合は販売が強い。つまり、デジタル上での課金を促進することは、現状の販売店制度の利益とは相反するわけです。朝日新聞もデジタル課金を行っていますが、それほど大々的ではないですし、この問題を突破しているのは、大手では日経新聞だけじゃないでしょうか。
大手新聞は、既存の販売制度に切り込むことが出来ない
―欧米の新聞は、日本ほど部数が多くありません。日本と比較すると欧米の新聞がスムーズにデジタルへ移行できた要因の一つには、販売制度の違いがあるのでしょうか?長澤:あると思います。逆に、しっかりとしたデリバリーの基盤があるがゆえに日本の新聞は強いんだ、と考えることも出来ます。これは朝日新聞の木村社長も言っていました。
ワシントンポストにしてもニューヨークタイムズにしても明確なデリバリーの経路を持っていません。だからこそ、デジタルにシフトしていますし、デジタルでどれだけマネタイズできるかという課題に積極的に取り組んでいます。日本の場合は、今まで築いてきた基盤が強すぎるがゆえにデジタルに対しての取り組みが遅れてしまいました。
その影響もあって旧来のマスメディアは、ここに来てデジタルネイティブ、スマホネイティブといった若年層にリーチできなくなってしまっているように思います。今の若い世代の多くは新聞を読みませんし、ニュースはヤフトピでチェックしている。あるいは、SmartNewsやGunosyで見ているという人もいるでしょう。現在の新聞は、シニア、リタイア世代しかカバレッジしていないんじゃないか、と感じています。
いままで日本の社会は、ある程度民主主義的に発展してきたと思います。ジャーナリズムは、その社会安定性を支えたひとつの要素だと思いますが、マスメディアの影響力が、ある世代に特化してしまうと、その基盤が弱る可能性が出てきます。こうした状況に対して、各メディアのトップはどのように考えているのか、という問題意識が私の中にありました。
一方で、そうした機能を代替しうるかもしれないネットメディアもしくはネットプラットフォームのトップに、このような社会的な意識がどの程度あるのかという疑問もあります。少々青臭いですが、今お話したような社会の安定性の視点から 現在のメディアのあり方に危惧を感じたことが、今回の著作を執筆するに至った動機です。
―今回、多くのメディア関係者にも取材をされる中で、ネットメディアの作り手と、旧来のマスメディアの作り手で、何か違いを感じましたか。
長澤:まず旧来のマスメディアの方に関しては、明確に危機感が足りないですね。自分たちの事業が危機的な状況にあるのはわかっている。わかっているのであれば、学生には電子版を無料で提供するぐらいのことをやれば良いと思うのですが、それが販売の抵抗でできない状態にあるわけです。これは購読料だけでなく読者データを持たない新聞社という課題も同時に顕在化していくと思います。様々なデータを確保し活用するポータルメデイア等との差への危機意識、つまりデータ重視の時代において新聞の基礎データ(デ―タジャーナリズムへの意識は高まりつつありますが)がない状況です。
現在、新聞社が抱えている課題は、「若い人が新聞を読まない」ということです。ただヤフトピやSmartNewsで見ているというだけで、若者のニュースに対するニーズがなくなっているわけではない。そこに対して、記者 Twitterやデジタル版といった対応を朝日新聞はしているわけですが、そうしたコンテンツのデジタル化は進めていても、デリバリーの部分の対応はしていません。ここについての危機感が薄いと思います。電子版を重視するならば、電子版のマーケティングをどうするのか、というような明確な戦略があるべきだと思いました。コンテンツの閲覧データはこれからのメデイアの成長には不可欠ですがそれをアグリケーションメデイアに握られているという課題もこれから顕在化するでしょう。
先日の吉田調書のスクープやハフィントンポスト日本版への出資なども含めて、いろんな試みをしているのですが、既存のデリバリーシステムに対してメスを入れるという段階にまでは来ていません。このレベルの危機感で本当に大丈夫なのか、というのは思いますね。
―ネットメディアについては、どうですか?
長澤:ネットメディア、ネットプラットフォームに携わる方々は、場を提供するだけではなく、その場の社会的な信頼性、安全性というものをどのように確保するか、ということにもう少しコストをかけるべきではないかと思います。あまりガチガチにやりすぎると、表現の自由の問題にも関わってくる ので、非常にデリケートかと思いますが、アンモラルコンテンツや広告のチエックやさらにはユーザーへのメデイアリテラシー教育などにもきっちり投資すべきだと思います。
また、有料メルマガのようなマンメディアについては、やはりマネタイズの手法について真剣に考えるべきでしょう。これはおそらく社会の仕組みにも関わってくる問題だと思います。アメリカに、「プロパブリカ」(※調査報道を専門とするアメリカのNPO)という媒体があるように、欧米では、いわゆるジャーナリズムが社会の安定性、民主主義を支える基盤だという意識があると思います。
だからこそ、プロパブリカのような機関を善意の第三者が寄付という形で支えようとする。もしくは、ジャーナリストがメディアを立ちあげた時に、パトロンとして バックアップしようという動きがありますが、日本ではそうした動きがまだ見られません。広告メディア、課金メディアだけではなく、善意で成り立つ寄付のメディアを誕生させることによって、これからの社会安定性を確保するという考え方が出てきてもいいのではないかと思います。
例えば、津田マガ(メディアアクティビスト津田大介氏のメルマガ)は課金メディアですが、あれだけのボリュームのものを継続的にアウトプットしていくのは、資金面で考えてもかなり苦しいと思いますので、そこを支えるような第三者が出てきても良いのではないでしょうか。津田さんが行っている活動の中でも、ポリタスのようなメディアは非常にすばらしいと思いましたし、私自身、都知事選の投票の際に参考にしました。
しかし、あのメディアはほとんどマネタイズできてない。こうしたサイトの活動は、誰かが支えても良いんじゃないかと思うんです。中立性は担保するという前提ですが、善意でメディア、ジャーナリズムを支えるという動きがあってもいいんじゃないかと。もしくは、そうしたメディアを支えるような機関を立ち上げたり、ハフィントンポストのように既存の組織が支援し連携するような動きがあってもいいと思うんです。記事に口はださないがメデイアを支える事業者や個人は社会的尊敬をうけるというメデイア風土を醸成していく試みです。僕はそれに挑戦したい。もともと広告や購読はそういうメデイアを支える役割も果たしていました。
「既存のマスジャーナリズムがしっかりしているから問題ない」というご意見もあるかと思いますが、やはり“マスゴミ”的な側面も否定はできないところがあるので、オルタナティブなメディアの視点が必要だと思います。こうした新しいネットメディアとマスメディアを見比べながら、生活者、読者が情報を判断していくということが重要なんだと思います。
―今回の著書を書くための取材を通じて、長澤さんが考えられる理想のメディアの形はどのようなものでしょうか?大まかなイメージでも結構ですので教えてください。
長澤:建前論かもしれませんが、やはりメディアというのは、普通の商品とは異なる思想や文化といった社会の根幹を支えるものを売っている商売だと思います。LINEやTwitterやFacebookのようなソーシャルメディアプラットフォームであっても、そういう意識をもったメディアであってほしいと思います。「マネタイズができればいい」「読者は、一つの識別IDであってマネタイズの記号でしかないPVを生み出す鶏」というような意識ではなく、読者一人ひとりがものを考え、生活し、判断している人間なんだと。そういう意識を経営者、編集者には持ってほしいと思います。
また、デバイスフリーの時代ですから、スマホやタブレットなどあらゆる媒体をフル活用してマネタイズしていくというリアルタイムマルチ経営の視点を持つ必要があるでしょう。
さらに重要な要素として、読者とのインタラクション性があります。読者と相互に影響を及ぼすような仕組みを取り入れないと、これからのメディアはダメだと思います。その際、ただ、読者に対して議論の場を提供するだけではなく、そこである程度議論をファシリテートする役割を果たす必要があります。そうした機能がないと、不毛地帯になってしまうので、そこも含めて必要だと思います。いわば「題字=メデイアブランド」の仕切りです。
社会的責任、マルチデバイスのマネタイズ意識、読者とのインタラクション。この3つをもつメディアが出てきてほしいですね。これは言い方をかえれば、グーグル的ではないメディアだと思います。グーグルがメディアかというと違うかもしれませんが、彼らはあくまで利用者が利用する際の情報探しの利便性を受動的に提供することで成立している。メディアというのはもう少しコンテンツに対して主体的であるべきだと僕は考えています。
今挙げたような3つの要素を兼ね備えたメディアが、次世代のジャーナリズム、メディアを引っ張っていってほしいと思います。グーグル的な世界では、そこまでユーザーの情報感度やメデイアリテラシーは急速には高まりません。そのため、グーグルで検索したことがすべてになってしまう。そういう世界ではオリジナリティーは生まれませんから、それに対抗する主張的なメディアにその場の提供も含めてもっと出てきてほしいですね。
以下、後編に続く
*著者イベントのご案内
『メディアの苦悩』出版記念鼎談
「メデイアとメデイアリテラシーの課題と そしてどうする」
日時:7月3日 夜
会場:代官山 蔦屋書店 1号館2階 イベントスペース
http://tsite.jp/daikanyama/access/
登壇者:津田大介氏(メデイアアクテイビスト)
菅谷明子氏(在米ジャーナリスト、岩波新書『メディアリテラシー』著者)
長澤秀行
※会場書店での関連書籍の購入者の限定イベントになります。
プロフィール
長澤秀行(ながさわひでゆき)1954年生まれ。1977年東京大学文学部国史学科卒業後、電通入社。新聞局で新聞広告を15年担当し、ネット創成期に各新聞社のネットニュース事業の立ち上げに携わる。インターネットメデイア部長などを経て、2004年インタラクテイブ・コミュニケ―ション局長、2006年(株)サイバー・コミュニケーションンズ(cci)代表取役社長CEOとして、メディアレップ事業を指揮。アップル、フェイスブックなど海外メディアやアドテクノロジー企業との連携にも注力した。
2013年退任後、電通デジタル・ビジネス局局長を経て、現在は一般社団法人インターネット広告推進協議会事務局長として、インターネットの健全化に力を注いでいる。本書が初の著書となる。
Twitter ID @naga8888
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