【速報】橋下市長「石原さんと一緒にやらせてもらって、僕にはいい部分しかありません」 - BLOGOS編集部
※この記事は2014年05月29日にBLOGOSで公開されたものです
5月28日、日本維新の会の石原慎太郎、橋下徹両共同代表が名古屋で会談、日本維新の会の分党が決まった。同党には12年の総選挙で石原氏ら太陽の党が合流していたが、橋下氏が結いの党との合併を目指す中、自主憲法制定などを強く主張する石原氏との対立が表面化していた。29日午後、橋下氏が大阪市の定例記者会見を行い、その中で今回の分党についても質問を受けた。(石原氏の会見はこちら)
会見要旨
―昨日の石原氏との会談について分党するということになりました。
綺麗に別れようということで合意をしましたので、維新の会は今日の19時から執行役員会議を開いて機関決定をします。喧嘩別れじゃなくて、お互い思うところもあるだろうから、それぞれの道を歩もうと。でも、一致してやるところは一致してやっていこうということで、まぁ分党という形をとります。
―分党は石原氏からの提案だったのか
そうですね。石原さんの決意は固かったので、2~3言葉のやり取りはしましたけれど、石原さんとも長くお付き合いさせてもらっているので、石原さんのその覚悟というか、決めたことに対して石原さんがどうふるまわれるかというのは、十分すぎるほどわかっているつもりなので、そこはお互い頑張りましょうということで名古屋では別れたんですけどね。
―合流してからの一年半を総括して、どう思うか?
こういう形になったのは、トップである僕のマネジメント力量のなさというか、それが最大の要因ですね。やはり個性豊かな議員をまとめるのがトップの役割ですけれども、最後こうなってしまったというのは、やっぱりトップの力量がなかったなと思っております。
ただ、これまで石原さんと一緒にやらせてもらって、僕はいい部分しかありません。それはメンバー60何人もいれば、いろんな思いがあるかもしれませんが、僕は石原さん好きですしね。やはりあれほど人間的に面白いといったら失礼かもしれませんが、本当に面白い、あれぐらいの人はいないですね。学ぶところも本当に多くて、またメディアでいろいろ報じられているところとか、そういうところはいろいろあるんでしょうけれども、2人で話をさせてもらえれば本当に時間を忘れるぐらい、いろいろ学ばせてもらいました。将来のヨミとか知識の深さとか、なんと言っても人間の洞察力とか、やっぱり作家さんだなと。作家といっても芥川賞作家ですから、やはりそこはすごいなと。
また、40も離れている僕に対してのいろんな接し方についても、優しいとか、ヘラヘラしているわけじゃなくて、あのままですが、でもやはり尊重してくれるところは尊重してくれるし、まともに議論にも応じてくれるし、お願いすれば、折れるところは折れてくれるし、とにかく僕にとってはこの2年間、いい部分しかないですね。
もちろん見解で割れるところもあったし、ちょっと石原さんからもきつく言われるたり、言い合いになるようなところもありましたけれど、政治というのはこういうもんなんだとか、永田町というのはこういうものなんだなとか、いろんなことを学ばせてもらって、あれだけ学ぶことが多い人はいないんでしょうか。
―最初の会合の時に、石原さん以外はいらないという主旨の話をしたということについて
確かに僕は言いましたよ。石原さんにも飲んだ席では「橋下さん、あれは言いすぎだな。平沼君もよく耐えた」と言われた。 ただ、石原さんにもうまく伝わってなかったのかもしれませんが、あれは先に東京サイドから喧嘩を売られたんでね。
橋下なんかとやったって、っていうのが石原さん周辺から出てたんでね、それはしっかり言っておかないとなと思った。 それでも、石原さんが、橋下君も思う所があるだろうけど会ってくれと言うから会った。(この点について、石原氏の説明はこちら)
昨日も、政治というのは個人の人間関係だけではうまくいかないが、お互い、これから頑張ろうと話をあした。
―こういうことになるのであれば、東国原さんは出て行かなかったと思うが
知りません、わかりません。
・【5月29日】橋下徹 大阪市長 記者会見 生中継 - ニコニコ生放送
また、ほぼ同じ時刻に、石原氏も会見を行った。なお、政党助成の制度上、党から脱退した(分派)と総務省に届け出があれば、政党助成金は分配されないが、1つの政党が解散し分割されたという形式である「分割」とすれば、双方に未交付金が助成される。今回、日本維新の会は「分割」という形式を取り、議員数に応じ双方に助成金が配分されるようにするとみられる。
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